令和3年4月11日(日)清掃作業日報(光の洞窟
「…という段取りになりますので」
薄暗い洞窟の奥から、声が響いてくる。
「明日はよろしくお願いします」
榎本は書類をまとめつつ、目の前の老人に伝える。
≪ダンジョン廃止の手続き≫と書かれた冊子に
老魔術師は、歩きながら目を通している。
光の洞窟。ドラゴンズ・エンペラー。名作RPGシリーズの名物ダンジョン。
30年以上、ゲームソフト、小説、漫画、アニメ、TRPG…様々な媒体にて、
このゲームと、そしてプレイヤーとともにある。
いや、あった。
新作「ドラゴンズ・エンペラー・セカンドジェネシス」において、
光の洞窟、廃止。
往年のファンにとっては、衝撃の発表だった。
…ダンジョン廃止には、様々な理由がある。
老朽化、運営の行き詰まり、封印、様々である。
しばらく黙っていた老魔術師が口を開いた。
「…今時、こんなダンジョン、流行らないよね。無駄に長いだけ(笑)」
「でもダンジョンってさあ、長くて難しくて。あーだこーだやりながら、クリアしていくものじゃない。今じゃ発売日に全部わかっちゃう。それは面白いの?って。時代が変わったのかねえ」
「まあまあ強い剣がもらえる、じゃあ魅力がないんだろうけど」
実際のところ、洞窟から1kmほど離れた町で、最強の武器と剣一式が買えてしまう。「様式美」とまで呼ばれたこのゲームの伝統ではあったが、制作スタッフの刷新に伴い、メスが入ったようだ。
「たくさんモンスターも雇えなくなってきて。やりごたえが無くなってきたのはあるけど」
先日、宝物庫を守っていた老ドラゴンが退職した。
ダンジョン立ち上げから二人三脚でやってきたそうだ。
その灼熱のブレスは、数多のパーティーを焼き払ってきた。
「ドラさんには、あと1作だけ、あと1作だけ、って、無理ばかり聞いてもらって。でも去年、イチバチハンマーで翼の付け根やられて飛べなくなって…命中率チートなんて本当にダメだね、まっとうな勇者のすることじゃないよ!…体調崩して先月とうとう炎も吐けなくなって。魔医者から、もう引退しろだって」
宝物庫の扉の前に立ち、老魔術師がつぶやいた。
「最近はさあ、ほら、アールティーエー?っていうの?ああいうの流行ってるじゃない。孫に頼んで、マイチューブだっけ、それの動画見せてもらったんだけどさ、うちを『行く価値無し』とか『時間の無駄』とか言ってるんだよね。あー、それで誰も来なくなったのかあ、って。有名配信者の言葉には右向け右だね、魔法みたい」
どこか遠くを見つめながら、老魔術師は続けた。
「それでもまだやり込んで来てくれる人もいるしさ、なんとか頑張って続けたいとは言ってたんだけど、こないだ隣町に行ったらさ、うちの剣、ブッキオフで安売りされてたの(笑)なんかもう、いいかなあ、って思っちゃったの」
老魔術師は、壁を向き、そこに刻まれた30センチほどの傷を手でなぞった。
はじめてここを訪れたパーティーの、クリティカル跡である。
自分自身も戦闘に参加していた当時の記憶が蘇る。
・・・
少しの沈黙の後、口を開いたのは榎本であった。
「僕は『4』から遊びました。このダンジョン、難しかったです。お小遣いが少なくて攻略本は買えなくて、友達と一緒にノートに地図を描いて、少しずつ進みました」
奇しくも、榎本がはじめて遊んだRPGは、このゲームだった。
「こんな隠し扉、わかりませんよ!(笑)でも見つけたとき、すごく嬉しかったです」
振り向いた老魔術師に、榎本は続けた。
「それからPRGにハマって。今でもRPGが好きで」
「このゲーム、このダンジョン、この隠し扉が、僕の『始まり』かもしれません」
「その廃止作業に立ち会えて、幸栄に思います」
老魔術師は、歩きながら、天(井)をあおいだ。
「朝9時から、床の消毒作業から行いますので」
出口に戻ると、まぶしい春の日差しが二人を迎えた。
「まだ毒の床は生きてるから、明日も革靴じゃ危ないよ」
老魔術師の言葉を聞き、榎本は手帳に「※うかブーツを忘れない!」とメモをした。
老いてなお、魔術師の力は衰えていない。
光の洞窟ダンジョン自体は廃止となるが、
そのあとは跡地をリノベーションした酒場として、
旅人たちを暖かく迎えるスポットに生まれ変わるそうだ。
このダンジョンに、新たな時代が始まる。
「では明日、立ち合いをよろしくお願いします…それと」
見送る老魔術師に、榎本は声をかけた。
「隠し扉は全部、開けておいて下さいね」
営業先に評判の、榎本スマイルにつられて、老魔術師は、二ヤリと笑った。