表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界清掃員作業日報  作者: 清掃の吉田さん
103/153

令和3年4月11日(日)清掃作業日報(光の洞窟

「…という段取りになりますので」

薄暗い洞窟の奥から、声が響いてくる。


「明日はよろしくお願いします」

榎本は書類をまとめつつ、目の前の老人に伝える。


≪ダンジョン廃止の手続き≫と書かれた冊子に

老魔術師は、歩きながら目を通している。


光の洞窟。ドラゴンズ・エンペラー。名作RPGシリーズの名物ダンジョン。

30年以上、ゲームソフト、小説、漫画、アニメ、TRPG…様々な媒体にて、

このゲームと、そしてプレイヤーとともにある。

いや、あった。


新作「ドラゴンズ・エンペラー・セカンドジェネシス」において、

光の洞窟、廃止。

往年のファンにとっては、衝撃の発表だった。


…ダンジョン廃止には、様々な理由がある。

老朽化、運営の行き詰まり、封印、様々である。


しばらく黙っていた老魔術師が口を開いた。

「…今時、こんなダンジョン、流行らないよね。無駄に長いだけ(笑)」


「でもダンジョンってさあ、長くて難しくて。あーだこーだやりながら、クリアしていくものじゃない。今じゃ発売日に全部わかっちゃう。それは面白いの?って。時代が変わったのかねえ」


「まあまあ強い剣がもらえる、じゃあ魅力がないんだろうけど」

実際のところ、洞窟から1kmほど離れた町で、最強の武器と剣一式が買えてしまう。「様式美」とまで呼ばれたこのゲームの伝統ではあったが、制作スタッフの刷新に伴い、メスが入ったようだ。


「たくさんモンスターも雇えなくなってきて。やりごたえが無くなってきたのはあるけど」

先日、宝物庫を守っていた老ドラゴンが退職した。

ダンジョン立ち上げから二人三脚でやってきたそうだ。

その灼熱のブレスは、数多のパーティーを焼き払ってきた。


「ドラさんには、あと1作だけ、あと1作だけ、って、無理ばかり聞いてもらって。でも去年、イチバチハンマーで翼の付け根やられて飛べなくなって…命中率チートなんて本当にダメだね、まっとうな勇者のすることじゃないよ!…体調崩して先月とうとう炎も吐けなくなって。魔医者から、もう引退しろだって」


宝物庫の扉の前に立ち、老魔術師がつぶやいた。


「最近はさあ、ほら、アールティーエー?っていうの?ああいうの流行ってるじゃない。孫に頼んで、マイチューブだっけ、それの動画見せてもらったんだけどさ、うちを『行く価値無し』とか『時間の無駄』とか言ってるんだよね。あー、それで誰も来なくなったのかあ、って。有名配信者の言葉には右向け右だね、魔法みたい」


どこか遠くを見つめながら、老魔術師は続けた。


「それでもまだやり込んで来てくれる人もいるしさ、なんとか頑張って続けたいとは言ってたんだけど、こないだ隣町に行ったらさ、うちの剣、ブッキオフで安売りされてたの(笑)なんかもう、いいかなあ、って思っちゃったの」


老魔術師は、壁を向き、そこに刻まれた30センチほどの傷を手でなぞった。

はじめてここを訪れたパーティーの、クリティカル跡である。

自分自身も戦闘に参加していた当時の記憶が蘇る。


・・・


少しの沈黙の後、口を開いたのは榎本であった。

「僕は『4』から遊びました。このダンジョン、難しかったです。お小遣いが少なくて攻略本は買えなくて、友達と一緒にノートに地図を描いて、少しずつ進みました」


奇しくも、榎本がはじめて遊んだRPGは、このゲームだった。

「こんな隠し扉、わかりませんよ!(笑)でも見つけたとき、すごく嬉しかったです」


振り向いた老魔術師に、榎本は続けた。


「それからPRGにハマって。今でもRPGが好きで」


「このゲーム、このダンジョン、この隠し扉が、僕の『始まり』かもしれません」


「その廃止作業に立ち会えて、幸栄に思います」


老魔術師は、歩きながら、天(井)をあおいだ。


「朝9時から、床の消毒作業から行いますので」

出口に戻ると、まぶしい春の日差しが二人を迎えた。


「まだ毒の床は生きてるから、明日も革靴じゃ危ないよ」

老魔術師の言葉を聞き、榎本は手帳に「※うかブーツを忘れない!」とメモをした。

老いてなお、魔術師の力は衰えていない。


光の洞窟ダンジョン自体は廃止となるが、

そのあとは跡地をリノベーションした酒場として、

旅人たちを暖かく迎えるスポットに生まれ変わるそうだ。

このダンジョンに、新たな時代が始まる。


「では明日、立ち合いをよろしくお願いします…それと」

見送る老魔術師に、榎本は声をかけた。


「隠し扉は全部、開けておいて下さいね」

営業先に評判の、榎本スマイルにつられて、老魔術師は、二ヤリと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ