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すてきなまじょアイちゃん

作者: まーさん

 わたしの住む団地のすぐおとなりのお家には、魔女のおばあちゃんがいる。

 魔女なんか本当にいるはずないよね。だけどそのおばあちゃんは魔法が使えるの。

 絵本の魔女みたいに怖くないんだよ。

 ホウキは乗って飛ぶものでなくて、庭の落ち葉を掃くだけだけど。

 おっきな黒い猫は魔女のお使いではなくて、えんがわで寝ているだけだけど。

 黒い帽子でも黒い服でもかぎ鼻でも無くて、ピンクのフリルの付いた可愛いお洋服にくりくり白髪をリボンで二つにしばってて、まあるいお顔はいつもニコニコしてるけど。

 でも魔法の呪文を知ってるの。

 呪文をとなえて楽しくお料理すればどんなものでもおいしくなっちゃうふしぎな呪文。

 ああ、そうそう。おばあちゃんって呼んだら怒られるんだよ。

「アイちゃんってお呼び!」

 いつもそう言うの。

 だからアイちゃんってお友達みたいに呼ぶ。

 アイちゃんは、ピンクで元気でステキな魔女。


 わたしはモミジ。小学三年生。

 女の子なのにちょっぴり背が高いのとお母さんが散髪して前髪が短くなりすぎたぱっつんおかっぱ頭が悩み。

 お勉強はキライじゃないよ。お友達もそこそこいる。だけど自分でも学校ではジミなほうだなって思う。

 学校から帰って宿題をしたら、今日もアイちゃんのお家に遊びに行くの。

 わたしの名前とおなじ秋の終わりにまっかな葉っぱになる木のあるお家。

 すっかり寒くなって、お庭のモミジの木の赤い葉っぱはもう少なくなった。だけど今日もえんがわの座布団の上にシンジさんが寝てる。とてもおとなしい大きな黒い猫。

「シンジさん、アイちゃんいる?」

「にゃあ」

 あくびしながらお返事するシンジさん。猫なのにおりこうなのは人間だったから?

「どうしていつもおばあちゃんらしくないカッコしてるの? わたしでもピンクにフリフリレースのスカートはハズカシイかな」

 前にアイちゃんにわたしがそう言うとアイちゃんはシンジさんをおヒザに乗せてなでなでしながら笑って答えた。

「女の子は幾つになっても可愛くなくちゃって、シンジさんが人間だったときに言ってたからその通りにしてるんだよ。そうよねぇ、シンジさん」

「うにゃん」

 おぶつだんの横に飾ってある若くてカッコイイ男の人が人間だった時のシンジさんなんだって。本当かどうかはわからないけど。

「こんにちはー」

 声をかけて玄関を開けると今日もなにかおいしいものを作ってるいい匂いがする。

 今日もピンクのお洋服にひらひらエプロンのアイちゃんが出てきた。

「おやモミジちゃん。宿題して来た?」

「うん」

「ちょうどおやつができたから、いっしょに食べようかね」

 うれしいな。ちょっとお腹がすいてたんだ。

 冷たい水で手を洗ってお部屋に上げてもらうと、丸い座卓の上にお皿がおかれた。

 香ばしくていい匂い。

「おしょうゆのおもちだぁ」

「フフフ、めしあがれ」

 いただきますして一口ぱくん。おさとうの入ったおしょうゆの甘辛い味。中にはピンクの干したエビが入っててとってもおいしい!

「わぁ、もちもち!」

 少しすきとおって伸びなくてほんのり甘しょっぱくて、普通のおもちとちがうけどとってもおいしい。

「あんまりいっぱい食べるとお母さんの晩ゴハンが食べられなくなるからね」

「はぁい」

 でもとってもおいしいからもう一つぱくん。そこでアイちゃんがやっとおもちの正体を教えてくれた。

「このおもち、大根で作ったんだよ」

「ええー?」

 しんじられない。大根、きらいじゃないけどそんなに好きでもない。とくに大根おろしとか生のはニガテだけど、ぜんぜんそんな味しなかった!

「ほら、モミジちゃんの団地の向こうがわの家のおじいさんが、畑でいっぱいとれるからどうぞってくれたんだよ。せっかく作っても子供も孫も食べないからって」

「あ、それ多分マキちゃんのおじいちゃんだ」

 ちょうど今、学校で気になってることがあったのがそのマキちゃんのこと。同じ組だしお家も近いからマキちゃんとはとってもなかよしなんだけど……。

「こんなのだったらマキちゃんも食べられるかな……」

 大根のおもち、これも野菜だよね。でもこれだったら食べられるんじゃないかな。

「なんかあったのかい?」 

「今週ね、モミジ給食当番なの。同じ組のマキちゃん、お野菜が大きらいでいつも残してるの。この大根をくれたおじいちゃんのお家の子だよ」

 どのくらいお野菜がキライかせつめいしてあげる。

 いつもお昼休みにみんなが遊びに行く時間になっても食べなくて、結局パンと牛乳だけで終わったり、好きなものだけ食べるってこと。

「ははぁ、なるほどねぇ。だから孫が食べないって言ってたんだねぇ。でもお野菜を食べないのは勿体無いのもあるけど体によくないね」

「でしょ? みんな好ききらいはあるけど、すごいから心配なの。お家でも食べないみたいだし、なかよしのマキちゃんが病気になったらかなしいもん」

 そう言うと、アイちゃんは目を細めてとってもやさしい顔で笑った。

「モミジちゃんもお姉さんになったねぇ。よちよち歩いて来て紅葉の木を指さして『はっぱ、あか』って片言でしゃべってたチビちゃんがお友達のことを考えてあげられるようになったんだ」

 えへへ。

 わたしは覚えてないけど、まだとても小さいときに団地のお部屋から見えるお庭の木が気になったのか勝手にぬけだして、お母さんがおおあわてで探したらアイちゃんの家のお庭の木の下にいたんだって。ちょうど名前とおなじ紅葉の木。

 それからずっとアイちゃんとはなかよしなんだ。

「よおし。じゃあ、今度そのマキちゃんを連れておいで。いっしょにおいしいものをたべようじゃないか。きっとおいしい魔法で野菜キライもなおせるよ」

 今度はどんな魔法を見せてくれるのかな、アイちゃん。


 土曜日、お母さんにお昼はいらないって言って、エプロンを持って朝からアイちゃんのお家に来た。わたしがアイちゃんにお料理を教えてもらってお母さんにも教えてあげるので、楽しみにしてるみたい。

「マキちゃん、塾が終わってからしか来られないんだって」

「まあいいやね。今からだと遅めのお昼ごはんくらいにできるよ」

 エプロンをつけて手を洗って。今からわたしは魔女アイちゃんの弟子。

「じゃーん」

 アイちゃんがカゴから出したのはおっきなおっきな大根。葉っぱも青々してる。

「またマキちゃんのおじいちゃんにもらったんだよ。さっきまで土にうわってたやつだからしんせんピチピチだよ。立派だろう? あたしの足くらいあるねぇ」

「アイちゃんよりスマートだよ大根さん」

 そう言うとアイちゃんにメッてされた。

「何を作るの? この前の大根もち?」

「それもいいけど、ふろふき大根がいいかなと思ってね」

「ふろふき? お風呂入るの?」

「まあ、そんなとこさね」

 大根をキレイに洗ってお料理スタートだよ。

 とん、とん、とん。

 アイちゃんはいきなり大根を皮もむかずにとってもぶ厚く切った。えっと、国語辞典よりもちょっと厚いくらい。とんとんってするたびに、ピンクのリボンでゆわえた白い髪の毛とエプロンのフリルがふわんふわんってゆれるのが面白い。

「皮、むかないの?」

「むくよぉ。大根は重いから切ってからかつらむきにするほうが楽じゃない」

 くりくりしゅるしゅる。ぺろんと一枚ぶ厚くむけた。

「わぁ、なんかカッコイイ。やってみたい」

「でも包丁が危ないからねぇ……」

 学校の家庭科は五年生からだけど、カレーのじゃがいもくらい切れるもん。そういうとアイちゃんは包丁をかしてくれた。

「やってみるかい? 手を切らないように気をつけな。ちょっと分厚くむくのがミソだよ。ほら、色が違う所があるだろう? 筋が入ってるところ」

 うーん、見てるとかんたんそうだったけど……。

「見てるほうが怖いよ」

 よくお母さんも言うけど、わたしは平気なのにな。でもやっぱりうまくむけない。

「やっぱりムリ」

「手が小さいからねぇ。もう少し大きくなったらできるようになるよ。そうだ、つるんってキレイにむける魔法を教えてあげるね」

 なぁんだ、そんなのあるんなら最初から教えてよアイちゃん。

「じゃーん」

 包丁をおいて、アイちゃんがとり出したのは一本のつまようじ。

「むくんじゃないの? 刺すの?」

 そう言うと、アイちゃんはようじで大根にぴーっと傷をつけた。

「まあ見ててごらん。ミゾが出来たらここにこうやってしゅしゅしゅ……」

 皮の下にようじの先をすこしだけさし込んで動かし、皮のはじっこを浮かせたアイちゃん。

「さあて。ではいくよぉ。」

 アイちゃんはようじを置いて、今度は指を皮の下に入れてしゅしゅしゅっとこするように動かしはじめた。あらふしぎ、包丁じゃないのにぺろんとキレイにむけていく!

「すごーい。お洋服をぬいだみたい!」

 やっぱりアイちゃんは魔法使いのおばあちゃんだ。

「とれたてしんせんだからできるんだよ。モミジちゃんもやってみな。手を刺しちゃだめだよ」

「うん」

 ぎぎぎー。しゅしゅしゅ。わたしもアイちゃんのマネをしてようじで傷をつけた大根の皮を浮かせて手でむいてみるとかんたんにむけた。こんなにつるんとまんまるにむけた大根を見たことない! これなら危ないからってお家でなかなか包丁を持たせてもらえないわたしもお母さんのおてつだいができるね。

 ぶ厚くむいた皮は、もったいないから後できんぴらに使うんだって。葉っぱはおじゃことごはんに。アイちゃんはムダなく全部使う。

「もったいないだけじゃないよ。お肉やお魚だけが生きていたんじゃないからね。お野菜も生きてたんだから、命をいただくということ。だから感謝して少しでもムダのないようにおいしく食べてあげないとかわいそうでしょ?」

 アイちゃんは前にそう言ってた。

 あついころ理科でみんなでヘチマを植えた。毎日大きくなるのがうれしかった。あれも生きてた。大根さんも畑で大きくなったんだもんね。

 そう思うと給食に出てくるお野菜も残したらかわいそうだよね。やっぱりマキちゃんにもお野菜を食べてほしいな。おいしいって食べてほしい。お野菜のためにも、お野菜を育てたおじいちゃんのためにも、そしてマキちゃんのためにも。

 アイちゃん、わたしがんばるよ。

「皮がむけたら面とりをするの。人間もカドがあるより丸いほうがいいじゃない?」

「人間のカド?」

「ま、大人になったらわかるかな?」

 ときどきむずかしいことを言うアイちゃんはやっぱりおばあちゃんだ。

 くりくりって包丁でカドっこをまあるくしたアイちゃんと、わたしはじゃがいもなんかをむくときに使う皮むきをかりて大根に面とりというのをした。なんだか大根がカクっとしてるよりかわいくなった気がするね。

「すごく分厚く切ったけど、中まで味がしみるのなかなかだよね?」

 お母さんがたまに作ってくれるおでん、中まで味がしみてないことあるもんなぁ。

「フフフ、そこで大根ちゃんにまたちょっとした魔法をかけるのさ」

「魔法?」

 そういうとアイちゃんはせっかくきれいにカドが丸くなった大根に、もう一度包丁を当てた。切っちゃうの? ってびっくりしたけどすぱんとは切らなくてちょっとだけ。

「こうやってね、かくし包丁って言ってね。十字に切れ込みを入れるんだよ。そうしたら中まで味がしみこんで早く煮えるんだよ。それにね、煮上がった大根には切れ込みが入っているのは見えないんだよ。どうだい、魔法だろ?」

 思わずうんうんってうなづいたら、アイちゃんはとくいげだった。

「次は味をつけるの?」

「まだまだ。ちょっと待ってな。お米をとぐから」

「えー?」

 今ごはんの準備しなくてもいいのに。そう思ったけど、お米を洗って出た白いお水をお鍋に入れたアイちゃん。お家ではお母さんは捨ててるよ?

 アイちゃんは白いお水の中に切った大根を入れて火にかける。

「お米のとぎ汁でゆでるとね、とってもイイカンジになるんだよ」

「イイカンジ?」

 あっ、でもわたしもこんな色の入浴剤入れたお風呂に入ると、冬もかさかさしなくてぽかぽかあったかできもちいい。大根さんもきもちいいのかな? そう言うと、アイちゃんは大根さんもきっときもちよくてお肌がすべすべになるよって笑った。

 しばらく二人でお茶を飲んだりシンジさんをなでなでしてると大根がゆで上がった。それをお水で洗って、今度こそ煮るみたい。

「これなーんだ?」

 アイちゃんが戸棚の缶から出したのは黒っぽい固そうなもの。あ、でも見たことある。

「ワカメ?」

「ブブー。不正解」

「えー?」

「これは昆布だよ。ダシ昆布。とってもおいしい味が出るんだよ」

 そうなんだ。昆布ってお家ではおにぎりに入れる塩昆布くらいしか見たことない。

 ハサミでちょきん、ってふでばこくらいの大きさに切って、アイちゃんは洗わずに乾いた布で拭いただけでお鍋に入れた。

「昆布洗わないの?」

「おいしいところまでにげちゃうからね拭いてあげればいいんだよ」

「ふうん……」

 昆布の上におぎょうぎよく並べた大根。そこにお水。

「これだけ? お塩とか味をつけないの?」

「これだけさ。ああ、一つ忘れてた。呪文を唱えないとね」

 わくわく。どきどき。

「レナ・レナ・シクイオ~!」


 大根が煮あがるまでのあいだ、アイちゃんはこの前食べさせてもらって美味しかった大根もちの作り方も教えてくれた。

 キレイに洗った大根を皮のまますりおろして片栗粉とお塩と干しエビを混ぜててきとうな大きさで焼く。最後におさとうをまぜた甘いおしょうゆをつけるだけ。

 包丁も使わないからわたしでもホットプレートならお家でかんたんに作れそう。

「エビじゃなくて、きざんだハムとかベーコンとか青のりでもおいしいよ」

「わぁ、それもおいしそう」

 マキちゃんはハムが大好きだからハム入りのも作ってみた。

「モミジちゃん、呪文、呪文」

「あ、そうだった。レナ・レナ・シクイオ~!」

 少しはずかしいけど、これできっとおいしくなったよ。

 大根もちがこんがり焼けて、ふろふき大根もそろそろ煮えてきたころ。

 ちょっとお昼ごはんには遅めの時間になったけど、マキちゃんがやってきた。

「ごめんください……」

 はじめてだからかとてもおっかなびっくりの声。

 アイちゃんとだだだーっと走って玄関にむかえに行くと、ピンクのおばあさんにびっくりしたのかマキちゃんはお目めをまんまるにしてた。

「大丈夫だよ、マキちゃん。このおばあちゃんはアイちゃん」

「は、はじめまして……」

 マキちゃんはとってもれいぎ正しい。

「はじめまして。ちゃんとごあいさつができるいい子だね。入って入って。モミジちゃんのお友達はアタシも友達だよ」

 そうアイちゃんが言うと、マキちゃんはホッとした顔をした。

 朝から塾でお勉強してて、とってもお腹が空いてるマキちゃん。わたしももう腹ぺこさんだよ。

「いいにおい」

「そうだろう? ちょうどできたから食べようかね」

 まずは大根もち。

 わたしとアイちゃんが先に一口食べると、マキちゃんもぱくんと食べた。

「おもち、おいしい?」

「うん。もちもちしててとってもおいしい! ハムが入ってる!」

 エビのもおいしかったけどハムのもおいしいね。とろけるチーズのせたら合いそうだなぁ。

「フフフ、今マキちゃんが食べたおもち、何で作ったと思う?」

 ここでアイちゃんのタネあかし。

「じゃーん。これだよ」

 とりだしたのは大根。

「ええっ?」 

「そう。マキちゃんのおじいちゃんが作った大根だよ」

「そんなぁ……」

 マキちゃんはがっかりしたみたいな顔をした。

「お野菜食べられたね、マキちゃん」

「なんだかだまされたみたいな気がするけど、でもおいしいからいいや」

 怒ってもいないし落ち込んでないからいいよね。

「じゃあもういっこ特別のごちそうがあるんだよ」

 アイちゃんはそういって台所に行ってふろふき大根を持ってきた。ほかほかあつあつ。

 上にはおみそのソースがかかってる。とってもとってもおいしそう!

 だけど、今度はどこからどうみても大根だってわかるからか、マキちゃんは泣きそうな顔になった。いつもの給食のときの顔。

 まずはわたしが食べてみる。

 ほふほふ、あつあつ。

 すごく手間をかけたのわかってるけど、ホントにぜんぜん苦くもなく、昆布のだしだけで味をつけてないのにじんわりとおいしい。中まで柔らかい。おみそも甘すぎないししょっぱすぎないしとってもおいしい。

「ものすごくおいしい!」

「おみそはこのアイちゃん秘伝のレシピだよ」

「えー? おみその作り方教えてくれなかったー」

「それはまた今度。いちどによくばっちゃいけないよモミジちゃん」

 さあどうぞとマキちゃんの前におかれたふろふき大根。

 でもどうしても手が出ないマキちゃん。

「……ごめんなさい。ムリ」

「まあそう言わないで。モミジちゃんがいっしょうけんめい作ったんだよ」

「え? モミジちゃんが?」

「えへへ、ほとんどアイちゃんが作ったんだけど、皮むきとか面とりとかお手伝いしたよ」

 それでもマキちゃんのおはしは動かない。

 大根もちみたいにすがたが見えないほうがよかったのかなってわたしが言おうとしたら、アイちゃんがマキちゃんにやさしくたずねた。

「どうして野菜がきらいなのか教えてくれるかい?」

 そうだね。わたしも知りたいな。

「前はおじいちゃんの畑のお野菜好きだったの。でもね、作ってるところを見に行ったら、キャベツにイモムシがついてて……それ見てから食べられなくなったの。でもスーパーの虫のいないお野菜、美味しくなくて……」 

 あー、なんかわかるなぁ。わたしもイモムシはいやだな。

「そうだねぇ。きもちわるいかもしれないね。あたしも虫はニガテだけどね」

「アイちゃんでも?」

「女の子だもん」

 ピンクのフリフリだけどおばあちゃんなのに女の子って……と思わずマキちゃんとくすっと笑うと、アイちゃんはほっぺをぷうっとして怒った。

「でもマキちゃんはぜんぜん食べられないんじゃなくて、おじいちゃんの野菜は美味しくてスーパーの野菜がおいしくなかったと思うほどいい舌があるんじゃないか。これは気持ちの持ちようだけだよ」

 その後、アイちゃんはほうっと一つ息をついて、ゆっくりと優しく話し始めた。

「マキちゃん、こう考えたらどうかな? マキちゃんもお腹がすくね? 虫さんもお腹がすくんだよ。お腹がすいて食べるのならおいしいものを食べたいでしょう? 虫さんもいっしょなんだよ。おじいちゃんの野菜は虫が食べたくなるくらいおいしいんだよ。さっきのおもちもおいしかったでしょう?」

「うん……」 

「お薬をまいて虫がつかなくするようにも出来るよ。でもね、虫によくないってことは人にもよくないかもしれない。おじいちゃんはマキちゃんの体のを考えて、お薬をまかずにお野菜を作ってるんだよ。スーパーの野菜が全部安全じゃなくてまずいってわけじゃない。おじいちゃんの畑のはとれたてで、売ってるのはとれてから時間が経ってるからもあるね」

 そうだね。社会で習ったよね。お野菜が遠くの畑でとれてどうやって運ばれるか。お庭でとれたばかりのと比べると時間がたってるよね。

「おじいちゃんだけじゃないよ。給食に出る野菜も、お母さんがお料理してくれるのも全部みんな農家の人がいっしょうけんめい育ててるの。それに野菜も生きてるの。お料理して野菜の命をいただくのだから、残したらかわいそうだよね」

 さっきも言ってたね。もったいないだけじゃないって。

「そしてね、お料理した人の気持も入ってるんだよ。給食もお母さんも毎日みんなの体のことを考えて、この大根を煮るのにモミジちゃんはお友達が食べてくれたらいいなって思いながら作ったよね」

 うん。思ったよ。

「それにアタシの魔法の呪文もかけておいたから大丈夫!」

「魔法?」

「アイちゃんはね、魔女なんだよ」

 こっそりマキちゃんに言うと、信じられないって顔をしたけど、でもおはしを手に持った。

「一口だけでいいから食べてみな。虫さんはきれいに洗っていなかったから」

 おはしでふろふき大根のすみっこのほうを小さく切って、目をつぶって口に運んだマキちゃんをドキドキしながら見てる。

 もぐもぐ。

 マキちゃんがおどろいたみたいに目をあけた。

「おいしい……!」

 にっこりすごくいい顔で笑ったマキちゃん。

 マキちゃんはあっというまに一切れ全部食べちゃった。

 お野菜がキライなマキちゃんがお野菜を残さず食べた!

 やったーってアイちゃんとハイタッチ。

「ぱくぱく食べられるじゃない」

「すごくすごくおいしい! 苦くないし、本当に魔法がかかってるの?」

 マキちゃんもとってもうれしそう。

「ただお水と昆布で煮ただけの大根が食べられたんだから、他のお野菜もきっと食べられるよ。最初はムリしなくていいから一口づつでもね」

「うん!」

 よかったね、マキちゃん。わたしもうれしいよ。

 その後みんなでたのしく食べて、マキちゃんもすっかりアイちゃんと仲良しになった。

「あの、また遊びに来てもいいですか? モミジちゃんみたいに私にもお料理を教えてほしいな」

「もちろんさね。フフフ、魔法使いの弟子が一人増えたねぇ」

「魔法使い?」

「そうさ。でもこれはヒ・ミ・ツだよ」

 にっこり笑ったアイちゃん。わたしとマキちゃんもいっしょに笑った。

「じゃあ大根はまだまだあるから、さっそくマキちゃんも大根もちの作り方を教えようかね。おぼえて帰っておじいちゃんにも食べさせてあげな。きっとよろこぶよ」

「うにゃぁ……」

 にぎやかだねぇと言いたげに、黒猫のシンジさんは大きなあくびをしてまたえんがわでおひるねをはじめた。


 さあ、あなたもピンクの魔女アイちゃんのおいしい魔法の呪文をご一緒に。

「レナ・レナ・シクイオ~!」

 きっと笑顔になれるから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 私の近所にも、アイちゃんみたいなファッションのマイワールドなおばあちゃんが住んでいます^ ^ 野菜嫌いのマキちゃんが野菜の美味しさをわかってくれて良かったです。 自分で実際に…
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