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黄昏日記

作者: 廿楽 亜久

 病院のベッドは案外硬いなんて、そんなくだらないことを考えられるくらいには、余裕があるつもりだ。

 いや、たぶんまだ事故にあったという自覚がないからだろう。確かに、運転手が見えるくらい、車が目の前に迫ってきた記憶があるが、それ以降の記憶はない。

 気が付けば、病院のベッドで寝ていて、脇で母さんが泣いていて、父さんはいつものように仏頂面で、母さんの肩を支えていた。

「何か欲しいものはある?」

「大丈夫」

「じゃあ、母さんたち、今日は帰るから。また明日来るわね」

「今日はいろいろあって混乱してるだろうから、早く寝るんだぞ」

 2人が帰って、俺はようやく先程からずっとベッドの傍らで、ひどい泣き顔を晒しながら泣いている女に目を向ける。看護師でもなければ、医者でもない。知らない人というわけでもない。逆に、いやって程よく知ってる人だ。

「なんでいんの?姉貴」

 俺の姉だ。

 5年前に交通事故で死んだはずの。

「だって、遼太が事故にあったって聞いて!」

「誰にだよ……というか、姉貴なんだ……マジで」

 意味が分からない俺を他所に、姉貴は俺が生きてることに純粋に喜んで泣いていた。

「実は俺、死んでたとか?」

「えぇ!?」

「なんでお前が驚くんだよ!?」

「じゃ、じゃあ、私、今死んでる人と話してるの!?」

「それ、こっちのセリフ!」

 そっちこそ死んでるんじゃないのか!?葬式に出た記憶だって、はっきり残ってるし、毎年墓参りにも行ってる。

 だというのに、この姉貴は記憶にある笑顔と変わらない笑顔で、俺に話しかける。

「生きててよかった」

「……うん」

 死んだ人間にそう言われると、なんともいえない複雑な気分になる。

 その後、退院するまで姉貴といろいろ話して、きっと死にかけてたから死んだ姉貴が見えるようになってるのだろう。ということになった。本当のところは、よくわかっていない。

 幸い、退院はすぐに出来た。残念なことに、脳に異常はなく、今起きてるこの状況も、俺の脳が異常を起こしたわけではないらしい。

「てか、まだ成仏してなかったんだな」

「いやー実は、しろしろって連絡は来てるんだけど、なかなか難しくって」

 困ったように頬をかいている姉貴に、少し、その連絡してきてる相手が誰なのか気になったが、聞いたところで関係ないかと、適当な相槌を打つだけにした。

 家に付けば、姉貴は慣れたように、自分の部屋に入る。少しは片付けられたものの、ほとんど姉貴の部屋は変わってはいない。昔、姉貴に女の子の部屋に入ってくるなと、怒られて以来、近づいてなかったが、今はなんとなく姉貴について部屋を覗く。

「女の子の部屋にノックなしで入ってくるなー!!」

「幽霊の部屋にノックしたほうがおかしいだろ」

「確かに」

 ポンッと手を打って納得すると、机に置かれた一昔前の携帯ゲーム機を持つと、電源を入れた。幽霊がゲームをしてることにも驚いたが、今だに充電が切れずに動いてるゲームもすごい。いや、違う。姉貴が充電してるんだろう。きっと。

「新しいの買えないから、いつもこれで遊んでるんだよねぇ……新しいソフトもゲーム機も買えないんだよ?ひどくない?」

「幽霊が毎日ゲームしてる方がひどいだろ。電気代とか。きっと成仏したら、最新ゲームで遊べるぞ」

「えーホント?でも、成仏って何か難しいんだよねぇ。わかるでしょ?」

「知るか」

 同意を求められても、俺が知るわけがない。

 俺は部屋に戻って、引き出しの奥にしまった、姉貴の持っていたゲーム機と色違いのそれを取り出すと、対戦できるソフトを掴み、姉貴の部屋に戻る。

「対戦しようぜ?」

「うん!!」

 それから、昔のように対戦ゲームで、しばらく戦った。不思議と、幽霊と対戦しているという感覚はない。昔、一緒にやってた感覚と同じだ。昔は、俺が圧倒的に勝ってたのに、さすがに死んでから、このゲームしかほとんどしてこなかったからか、圧勝は出来ない。いい勝負で、負けたりもした。

「勝ったァ!」

 一度勝つたびに、小躍りしそうな姉貴は、最後と決めた勝負で勝つと、本当に踊りだした。

 跳ねる度に、制服のスカートが浮き上がり、地べたに座っている俺から、見えそうになるのだが、本人は全く気付いていないらしい。

「どうしたの?」

 何も反応しない俺を不思議に思ったのか、踊るのをやめて首をかしげる姉貴に、まさかパンツが見えそうでした。なんて言えるはずも無く、

「いや、そういえば、もう姉貴と同い年だな。と思っただけ」

 半分、出任せの言葉を返せば、姉貴は目を大きく広げると、余裕たっぷりに笑った。

「ザンネーン!遼太は誕生日まで、あと2ヶ月あるから、私の方がまだお姉ちゃんです!」

 えへん。と、ない胸を張りながら言い張る姉貴に、てきとうに相槌を打つと、頬を膨らませてくる。

「全然、話聞いてない!」

「聞いてるよ。細ぇってだけ」

「細かくないもん。年上の命令は絶対聞くことって習わなかった?」

「習ってない」

 なんだ、その横暴は。だが、姉貴はそんな俺の心まで読み取ったのか、なお頬をふくらませると、突然俺に向かって指をさした。

「お姉ちゃん命令!明日は、デパートにいく!」

「……は?」

「いいでしょ?どうせ日曜なんだし」

 退院翌日にデパートに行く人は、いったい何人いるんだろう。というか、それで母さんに言い訳とかしないといけないのは、俺なんだが、この姉貴は全く気にしていないらしい。


 翌日、母さんたちには、リハビリついでにデパートを見て回ってくるとだけいって、姉貴と一緒に命令通りデパートに来た。意外にも、松葉杖でもなんとかなるようで、今のところ、どうにもならないことはない。普通に歩く分には。

「おそーい!はーやーくー!!」

 姉貴が、俺の歩くスピードを全く考えずに歩いている以外は。何度か、見失いそうになりつつも、追いかける。

「あ、この服かわいい」

 そういうと、マネキンのところに立ち、同じポーズをとる。マネキンを透けているおかげで、擬似的に着ているようにも見える。ゲームは触れるのに、マネキンは通り抜けられるあたり、触りたいものとかは触れるのだろう。案外、幽霊は融通が利くというか、何でもありなのかもしれない。

「どう?」

「かわいいんじゃん?」

「すごいテキトー!!」

 怒りながらマネキンから出てくると、また次の場所へ歩きだした。

「絶対、遼太、彼女できないよね!」

「なんだよ。急に」

「普通『かわいいよ』っていうのに、『かわいいんじゃん?』って、ありえないよね!」

「あーはいはい。すみませんでした」

 めんどくさい。

「謝るのまでてきとうだし!本当に恋人だったら、どうするの?そんなんじゃ、すぐ別れちゃうよ?」

「その時はその時だろ。別に」

 そういうと、姉貴は大きなため息をついていたが、全く理解できない。しかし、なにかに気がつくと俺の方をじっと見てきた。

「そういえば、なんかこれってデートみたいだね。姉弟ってよりも恋人?間違えられちゃうかもよ?」

「それはない」

 幽霊だし、そもそも実の姉が恋愛感情の意味で、好きなんて人はそういない。

 姉貴もそれもそうだね。と笑って、また歩きだした。


 その夜、電気を切ると、しばらく不思議な感覚がした。すぐにその正体は、姿を現し、椅子の上に座っていた。電気は消えているというのに、その姿はぼんやりと、でもはっきりと見えた。

 こういうところを見ると、そういえば幽霊なんだってことを思い出す。

「何かよう?」

 いつも俺が寝るときには、自分の部屋に戻る姉貴が、この時間にいるのは珍しい。すると、姉貴は少しだけ寂しそうに笑うと

「私の姿、見える?」

 そう聞かれ、ようやく俺は気がついた。今日、姉貴を見失いかけたのは、姉貴がただ俺のことを考えずに突っ走るからだけではなく、姉貴の姿自体が、明らかに見えにくくなっていた。

 それは、きっと、もうすぐ元の生活に戻るってことを暗示していて、元に戻るってことは、また姉貴の姿は見えなくなるってことだ。

 その寂しそうな顔を見れば、俺だってさすがに姉貴がそれが嫌なことはわかる。でも、俺には霊感もなければ、事故に遭うまで、隣でゲームをしてることすら知らなかったんだ。

「……あぁ。そういえば、影薄くなった?」

 でも、俺が言えるのは、いつもと変わらない生意気な言葉。

「その言い方ひどい。でも、よかった。ちゃんと治ってるってことだよね」

 2人で考えた、姉貴が見えるようになったのは、事故で死にかけたから。つまりそれは、死にかけていなければ、姉貴は見えないってこと。

「明日、目が覚めたら、もう話せないかもって思うと、やっぱり少し寂しいよね」

「別に、忘れるわけじゃないだろ」

「そうだね」

 もし、明日見えなくなったら、なんて、もうすっかり姉貴がいるのに慣れてしまって、いないことがあまりはっきりと想像できない。数日前までは、それが普通だったはずなのに。

 だから、なにか言うとしたら……

「今度はちゃんと成仏しろよ」

 そんなつまらないことだけ。

「だから、結構難しいんだって!あ、でも、遼太の恋人見てみたいから、成仏はそれからかな。ちょっと、遼太の好み気になる……」

「ぜってー教えるか!じゃあ、来年の俺の誕生日がきたら、もう1回成仏しろっていってやるからな」

 意味が分からなそうに首をかしげる姉貴に、ため息をつく。

「来年の俺の誕生日がきたら、姉貴より、俺の方が年上だろ?年上の命令は絶対聞くんだろ?」

「!!それずるい!!生まれた年で言えば、私の方が上だもん!」

「死んだ人間が年取るとか聞いたことないし、つまり俺の方が年上」

「ずるい!ずーるーいー!!」

 騒ぐ姉貴を他所に、俺は布団を被った。

「じゃ、俺、明日学校だから、もう寝る。おやすみ」

 しばらく、布団越しに文句が聞こえてきたが、やがて止まり、最後に聞こえてきた言葉は

「おやすみ」

 そんなありふれた挨拶と

「またね」

 ありふれた別れの言葉だった。


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