書庫の青年
この日、天迅のイライラは極度になっていた。
「眞郢皇子はいったいいつになったら姿を見せるのでしょうかねぇ。」
「儂に聞くな、先にいったろう?眞郢様は王位を継ぐことに積極的でない、と。」
宵はのんびりとした口調で言うがそれも苛立ちを大きくする。
それにしても、無理やり引っ張り出されてみれば1週間も待たされるというのは流石に皇子と言えど礼儀がかなっていないのではないか。
「うーむ。それならどうじゃ?暇な時間を潰すためにも、ここの書庫に足を運んでみるというのは。」
天迅は元々読書好きだ。
悪い話ではないだろう。
あしを踏み入れた書庫はさすが王宮、規模がかなり大きく読書のしやすい環境がバッチリ整っていた。
そのまま、いくつかの本を手に取ると、一番眺めの良さそうな窓の隣にある席を陣取る。
本を読みはじめてから10分ほどたつとこちらに向かってくる気配を察知する。
だが、殺気を放っている訳でもないし、気配を隠そうともしていないのでそのまま読書を続ける。
「おい、何故ここで本を読んでいる?」
気配は天迅のすぐ近くまでやって来ると名乗りもせずにいきなり不機嫌そうな口調て話しかけてきた。
見ると、年はまだ16~17歳くらいだろうと思われる青年が立っていた。
服装は気崩した部屋着、髪も結んでいない。
…なるほど、あの狸ジジイがここによこすわけだ。
「おい、聞いているのか?」
「失礼、何故か、という質問にたいしては暇だからと答えておきましょう。」
本気で相手をする価値もない、そう思いながらへらっとした庶民の天迅の顔と声で答える。
「ここにいると言うことはそれなりの役職の者であろう。サボりはよくないぞ。」
それを貴方が言いますか。
「いえいえ、言いましたよね、暇なので、と。ところで、貴方は誰ですか?」
笑顔の仮面を張り付けたまま問うと、あちらの顔は凍りついた。
「あ、えーと、余…私は、李 功利だ。」
確か李功利は主上付きの側近だった人でとしは、30半ばだった。
「そうですか。李功利様でございますね。私は紫天迅。末の皇子、葵眞郢様の教育係を申し使った者です。以後お見知りおきを。」
相変わらず笑顔を絶やさない天迅に対して、青年の表情は完全に沈黙した。