男と老人
「天迅、儂とお前は古い付き合いじゃろう?」
白髪で白い髭を蓄え、顔には幾つものシワを刻んだ一見仙人のようにもみえる人物は、言葉に似合わず20代半ばの男にそう声をかける。
「嫌だと、申し上げたはずですが。宵殿。」
若い男はすっきりと整った顔を盛大にしかめながら宵と呼んだ老人を睨み付ける。
元々鋭い目付きの男ではあるが、今はさらに意図して殺気を混ぜている。
普通の人間ならば、恐らく気圧されて縮みあがっただろう。
「まぁ、そう怖い声を出すな。」
老人は男の殺気を位とも容易くかわす。
「どうせ、お前のことだから今の生活費にも困っているだろう?どうじゃ、お前の言い分だけ金を払うぞ。」
「必要ない。帰ってください。」
男が殺気をさらに強めるが老人は気にする様子もない。
と、ここで男が急に殺気を引っ込め、鋭い顔が一瞬で細目で無害そうな顔つきに変わる。
そのおよ10秒後、部屋の扉が開き2~3人の少年が駆け込んできた。
「天迅先生こんにちは!」
「先生!もうみんな寺子屋に集まっているよ!」
「また、寝坊でもしてたのか?」
少年達に先生と呼ばれた男はさっきの怖さがえそのように消えて人が良さそうな笑みを浮かべている。
「すみませんね。ちょっとお客さんがきちゃったもので、問題用紙はそこの机にありますから、皆で先にそれを解いておいてください。」
はーい。という聞き分けの良い言葉と共につてててーと走って来た道を戻るのを見届けると、男はまた一瞬で鋭い顔つきに戻る。
「お分かりでしょう。もう私は別の人生を歩んでいる。私はわざわざあそこに戻る気などない。
例え宵殿の命令であっても。」
今度は殺気を込めず、敢えて鋭い目付きだけで言う。
「断ることは出来ないよ。明日また来る。」
老人はそれだけ言うと、広さだけは無駄にある男の家を出ていった。
それを見ながら明日は寺子屋を休みにしようと決める男であった。