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朝鮮誅伐7

 何が起きた。


 伯蓮の頭の中はその一文で埋まっていた。レムナントの力に驕る裏組織を圧倒してみせていた筈の友が、突如苦しく声を張り上げて叫んでいる。鼻穴から垂れ落ちる血も拭かず、ただ何か訴えるかのように両手を空中で振り回す。


「どうした本馬? 何をそんなに――」


 恐る恐る彼に声をかけるも、反応はない。周囲の部下たちも困惑の表情を浮かべ尹本馬を眺めていた。


「もう終わりだ。伯蓮」


 誰もが彼を凝視している中、ただ一人。そう――唯一この青年のみが、表情一つ変えずただ不気味に笑って伯蓮を見ていた。


「奴以上にお前の戦力となる者はいまい。大人しく縄に付け」

「何を言っている。まだ終わってなどいない。本馬はまだ倒れてはいないではないか!」


 朝鮮の戦士は未だ屈せず、地を這うことはなし。しかし満身創痍であるのは誰が見ても明白であった。

 ここに来てまだ戦わせるのか――伯蓮の言葉に呆れた表情をしつつ、口から息を捨てる一刀。


 両者がにらみ合い、一歩も退かずの状態が続く中、鈍器で殴られたかのような鈍い衝撃音がビル全体に轟く。場にいる全ての者たちが視線を音が鳴り響いた方向へ向けると、そこには二つの影が状況の違った姿を見せていた。

 両手を字面につけ、全身の穴という穴から酸素をかき集めようと動かして呼吸する尹本馬。首を垂れて隠れてしまっているために表情まで読み取ることができないが、吐きだされ地を濡らす流血が、溜まり場を作っているところから深刻な状態にある事は理解できる。


 そして、本馬を見下ろしてしっかりと立っているのは、一刀の義弟にあたいする王輝。彼はうつ伏せる巨漢を見つめていた。先ほどまでの金切り声が嘘のように、今は涼しげな顔で安定した呼吸を行っている。

 僅か数分の勝負ではあったが、二人の周囲に広がる血だまりと地面のけずれから激戦であったことを強く語っていた。あれだけの闘争を行ったというのに、両者の状況は天と地。乗り越えて来た修羅場の数の違いが、互いの力の差を映し出しているのだろうか。


「何故だ……何故あのガキは澄まし顔で立っていられるんだっ!? 痛い筈だ。片足を失って安定しないというのに、何故――」


 こうも違う……。言葉とはせず、心の内で口に出す伯蓮の顔は確かに青ざめていた。失われた王輝の右足からは未だに血が排出されていく。ドロドロと流れ落ちる血の量は、もはや人間の致死量を超えていてもおかしくはない。それでも倒れず凛々しく立って見せるのは、やはり裏と影との境界を示している表れなのか。


「わからないのか。伯蓮」


 勝利を一度は信じた男を見ながら、一刀が語る。


「お前らが戦いを挑んだのは裏組織。裏組織にいる者たちには必ずレムナントが持たされる。世界に災厄ともたらす兵器。核をも御しえる力の代名詞だ」

「それが……何だというんだ」


 わかりきっていること。今更言われずとも、一瞬で全てを打ち砕く核の恐ろしさが縮こまってしまうほどに凶悪な兵器がレムナントであることくらいは、持たせてはもらえなかった王伯蓮にだって理解の範疇にある。

 しかしレムナントと言えど無敵ではない。担い手となる所有者の力が及ばなければ、それに上回る技術で対抗し得れば勝つこともでき得る。


 現に本馬は王輝を追い詰めた。死の寸前にまで追い込んでいた筈なのに、突如咆哮を上げさえしなければ勝利を手に掴んでいたであろう。


(それなのに――!)


 掴み掛けていた勝利が手から零れ落ち、闇の中へ消え去ってしまった途端、それを嘲笑うかのように話を振りかけた一刀に、伯蓮は怒りを隠しきれず露出する。


「お前の仲間は強かった。だが強かっただけ。動物的本能が王輝よりちょっと上だっただけ。それだけじゃ、あいつには勝てないよ」


 彼はそう述べると、王輝の方へ顔ごと向けた。

 つられるように伯蓮も同じ方向へ目を向けると、思いがけない瞬間を目の当たりにする。


 何かがはじける音がしたかと思えば、少年の失われた筈の右脚が光の粒子を纏いながら生まれていくではないか。白い骨が現れ、それを骨格筋と神経が吸着され、そして次は容易に破壊されてしまわぬように強い筋肉と厚い皮が覆っていく。現代の科学も恐ろしく進化を遂げてはいるが、完全な肉体復活はなし得るは不可能と断言されてきていた。

 魔法かなにかではなければ――そう考えられてきた医学を超えた超現象が、伯蓮の前で実現される。


 本当ならば素晴らしく、感嘆とすべきところなのだろうが、彼は唇を噛み締めて憎々しく双眸に怒りを帯びた。

 新しく生えた自身の右脚の感触を確かめるべく、王輝が地面の音をならせ足踏みする。地面一杯に広がるどす黒い血溜まりが、先ほどまでの激戦を語っている。


「レムナントの持つ治癒能力。五体が不満足となろうとも、心さえあればレムナントの恩恵によって再生される。神さえも卒倒するだろうな」


 嘲りを止めず伯蓮を見つめる一刀。


「肉体強化は人間の中に眠る力の限界を突破し、外へと放出させる力。破壊強度は捧げる心の量に比例した破壊力をレムナントに帯び、接触した対象物を内から破壊していく。

 わかるか? 接触した対象物とは、森羅万象全ての事を指している。人間だって例外じゃない。人間は脆いからな。外からできた傷よりも、内から生まれた傷の方が痛みもダメージも大きい。当然だな。対応のしようがないもんな」


 激しくせき込んでは鼻と口から血を噴き出す友の背中は、とても見れたものではない。王伯蓮は怒りの対象である二極傘下の男の言葉を耳に入れつつも、向かえ討つ好機を空気を感じ取り始める。


「お前の仲間は王輝を追い詰めた――つもりだった。でも王輝は常に最高の一撃を敵へと打ち込んでいた。外的損傷を与えることに専念したお前の所とは違い、王輝は内的損傷へと勝負を持ちこんだ。そんなことも露知らず、蝕まれていくのを感じずに、奴は着実に死へと向かっていった」


 四つん這いとなってもはや戦闘など到底不可能な状況の本馬へ、王輝の容赦ない膝蹴りが彼の溝を貫く。くの字に曲がり、巨体が宙を舞う。そこへレムナントに心を捧げ、六メートルは大跳躍した王輝が重力に乗ってその身体を彼の背中へと落として行く。これ以上にないほどの絶叫がビルにこだまする。

 本馬の身体は背骨が折れたのか、あらぬ方向へと曲がり、腹部が腫れあがっている。断絶された箇所も見られ、皮から肉が抉りだされて神経も顔を出していた。


「王輝が狙ったのは奴の自律神経。自身が意図しなくとも自然と動きを示してくれる神経の中でも重要なところだ。普通ならできるもんじゃないが、レムナントの持つ破壊強度がそれを可能にした。脇腹へ打ち込まれた足蹴りで内臓に纏う神経を刺激。自律神経の中の一つである交感神経が集う首回りをに強打を叩きこんでいくことで神経を馬鹿にした。

 俺が王輝の勝利を確信したのは、奴が鼻血を出していることにも気付かず攻撃を止めなかった瞬間だ。あの時にはすでにもう、自然と行えていた呼吸がやり辛くなってたことだろうよ」


 倒れ、ピクピク痙攣するだけでもはや動かぬ敵を確認すると、構えを取った王輝の手刀が首筋へと流れ落ちる。鮮血が空中へと散布され、キャベツでも切ったかのような音が数秒間を続くと、痙攣していた本馬の身体がその動きを静止した。

 斬り終えた王輝の手は赤とも青とも取れない色へと変色しており、掴んでいるのは本馬の肉と皮。グチュグチュと嫌な音を立てながら、彼はそれを茫然自失な伯蓮の部下たちの方へ投げ捨てた。


 朝鮮の中で最も強さを誇った尊敬した上司が若造に殺されたことへの恐怖が、その行動の一手で爆発する。彼らとてここにいる以上は伯蓮の下で良き実績を残してきた優秀者なのだろう。だがしかし、このような惨殺な光景を目の当たりにしては、己らが想定したイメージとはだいぶかけ離れた事を実感してしまった。彼らはもう勝ち負けなどどうでもよく、ただ生き残りたいという生への執着が脳を支配していることだろう。

 逃げだ彼らを見て、「やれ!」と彰が一声すれば、障害物に身を潜めていた仲間が銃で狙撃する。武器を捨てて逃亡するためだけに身体を動かしていたために、予想外の敵の来襲に対応する術はなく、動きを一度止めてしまったところへ容赦ない発砲が彼らの命を奪っていく。


 次々と堕ち、死んでいく部下たち。その光景を見ることができず、伯蓮は一刀をジッと見つめていた。


「交感神経は身体のバランスを調整するためにある。息をしたり、身体を激しく動かしたりする時に必要な酸素供給には交感神経の働きが不可欠になる。それができないとなれば、息はし辛くなり、身体を動かすための酸素も供給ができない。加えて何度も脳を揺らせてたんだ。脳に酸素が満足に運ばれなければ、意識だって散漫になる」


 悪魔のような男の言葉。懐へ治めている廃ビルの爆破スイッチへ自然と腕が動く。


「王輝が脚を治癒しなかったのは、奴に自分が優位であると錯覚させるため。まんまとはまったがために勝機どころか、死へと誘われていくことに気付けなかった。ご愁傷さま」

「この小僧があああっ!!」


 沸点を超えた頭が、伯蓮の手にスイッチを握らせ押させようと指が動く。

 だが顔面を思い切り王輝に殴られ、顔から壁に激突してスイッチを手放してしまった。


「ガハッ!?」


 激しい嘔吐感が襲い、口から吐瀉物を撒き散らす伯蓮。

 その姿をさも面白そうに一刀は破顔する。


「伯蓮。お前は俺が自分を殺しに来たと言っていたな。その答えはNoだ。確かに二極からはお前を殺すように命じられてきた。でも、お前は優秀だ。殺すにはどうしても惜しい」


 血に濡れ、死体が多く横たわる地を歩き、一刀は吐き気が収まらぬ伯蓮の近くへと寄る。


「王伯蓮。俺の部下となり、俺の作る世界の手助けをしてくれないか?」

「っ!? ふ、ふざけるなああぁぁああっ!!」


 双眸に赤き光を灯らせ、伯蓮は拳銃を取り出し彼の額へと銃口を向けた。


「貴様の部下だと?! それこそ我ら王家最大の屈辱だ! 貴様たちこそが、私の下となって世界再生に貢献せねばならない所を――! 最大の譲歩伴って共闘という関係にしてやると言ったのに! それを……! 貴様は……! 貴様はあぁぁああっ――!」

「それ以上言うな。伯蓮。王家の名が下がる」

「――っ!?」


 それまで、人を馬鹿にする態度で笑みを作り出していた男の表情が無心の睨みを効かせる。妙に冷えた両眼が伯蓮の全身の震えを誘った。


「時代は変わっていく。奴隷制は廃止し、貴族さえももう遠い昔の伝説だ。今までを築き上げたのは確かにお前の祖先である王家だろう。だが、過去に生きた人間の誉れが、今を生きる俺たちに受け継がれる事などない。

 過去は過去。今は今。それを受け入れられないだけだ。お前は」

「黙れーー!」


 最高潮に昇り詰められた伯蓮の激昂が拳銃の引き金に掛る指に力を込めさせる。


「撃てるのか? お前に」


 そこへ、表情なき青年の声が入り込む。


「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」

「フン。フィリップ・マーロウの言葉か。ああ言うハードボイルドな男には向かないさ。貴様は」

「ああ。そうだろうな。だから――」


 銃声が鳴り響く。鮮血が飛び散り、廃ビル内にいた誰もが二人の姿に視線をぶつけていた。


「撃たれる覚悟のない俺は、撃つ気なんて初めからなかったよ」


 銃声の元は、二人のいる後方三メートル。硝煙を昇らせながら、彰が銃口を下げた。

 眉間に銃弾を撃ち込まれた伯蓮は白眼を向き、そのまま地面へ崩れていく。頭蓋骨を貫いた弾は脳に直撃し、空いた彼の眉間から脳髄を零れ落とす。最後まで王家の誇りとやらにしがみ付いた男は、何とも呆気ない幕切れにその生命を絶たれ、屈辱の花を戦場に咲かせていくこととなった。

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