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朝鮮誅伐6

 レムナント。それは世界を滅ぼす物。核さえもレムナントの前では霞み、力で及ばず。担い手の身体能力を限界を超えてまで引き出す能力があれば、一国を滅ぼすだけの破壊力を発揮することができれば、時には人の医学では不可能であろう絶対治癒を施すことすらやってのける不可思議な物質。

 時には剣となり、時には銃となりてその姿を変え、レムナントは使用者の心を喰らうことで圧倒的な破壊と絶対治癒を行うことができる。心を消費する量によってその力はどんな物体であれ破壊、斬り捨てられれば、どんな物さえも壊せずまったく使いものにならないものにさえ変貌して見せる。


 世界各地に突如として現れたこの人智を超えた兵器は、人々が持つにはあまりにも恐ろしいとかつて王明令(わんみんれい)が全てを裏組織が保管するようになり、レムナントは表舞台から姿を消した。

 その後も大きな戦争が続き、血で倒れ死にゆく人々に見かねた裏組織は自身たちでレムナントを手にし、戦場に赴くようになっていく。世界各地で始まった裏組織によるレムナント使用が今にも受け継がれ、レムナントを持つことが裏組織の人間としての証とされるようになった。


「こんな……!」


 視線の先で繰り広げられる殺戮ショーに愕然と肩を落とす伯蓮。こんな筈ではなかったと今では自分の早計だった一刀との共闘交渉に悔むに悔やみきれないでいた。バタバタと子供に蹴られる石ころの様に、部下たちが次々と地面を飛び跳ねては血反吐を吐いて白い骨と肌色の皮を撒き散らして行く。

 後ろへ二歩下がり、突き出された左腕を肘の部分を掴み、本来曲がる筈のない方向へ折り曲げる王輝。灼熱の痛みが脳を焼き、肉から抉りだされた腕の骨が痛々しさを物語る。なまじ理性の強い者ならば、その光景を見ただけで吐き気を催すことだろう。


 攻め寄せて来る二人組は、左右から銃剣で脇腹を狙う。伯蓮の下で愛国を守った来た手だれなのか、王輝の死角を取りに掛ったその姿勢は未だ彼らが冷静に敵を倒そうとする思考を持ち合わせている証拠。油断などすれば裏組織の人間といえど死地へと赴くことになろう。

 身体を前方右に六十度ずらす。下半身は動かさず、脇腹の筋肉だけで上体を曲げた後、そのまま狙いを当て損ねた銃剣を手に取り跳躍。態勢をずらされた彼らの首へ足腹を叩きつける。今まで散々に鍛え上げてきた自慢の首の周りの筋肉が核をも恐れぬ兵器のまともな一撃に耐えられるわけがなく、筋細胞を尽く死滅させ、筋組織を絶ち、ついには骨を真っ二つに切断すると首は身体から離れてしまった。


 綺麗な噴水の如く噴出する血のシャワーを浴びながら、王輝は次の標的へと目を動かす。

 たった二分ちょっとで起きた出来事にポカンと口を開けて間抜け面していた彼らは、その圧倒的すぎる力の違いに身体を震わせる。――殺される。目を閉じれば脳が闇の中へと映しだすその文字の羅列に気持ちはすでにパニック状態。戦わねばという思いを持ちながらも、死にたくないと人間の本能が身体を前へは進ませない。


 事理明白(じりめいはく)。本当は最初からわかりきっていた事ではないか。たかだか一国を担うだけの影組織と、幾多の戦場を超えて幾つもの国々を支え安寧化させてきた裏組織との実力差。与えられる条件下の違いは極めてはっきりとしている。

 レムナントを持たさせてもらえるか否か。この距離の差が、自分たちと彼らとの厚遇の差。勝てるわけがなかった。


 炯々と血肉を求めて光る王輝の目に、ついに尻もちをついて失禁する者まで現れる。力の違いが段々と気付き始めた者たちから戦意は削がれていき、武器を地面に捨て首を項垂れていく。

 部下たちの戦意喪失の明らかさを見ていた伯蓮。激しい悔恨に血が滴るほどに唇を噛み締め、後ろへ退く。


尹本馬っ(いほんま)!」


 だがしかし諦めるわけにはいかないと。己が復讐と目的を思い出し、声帯が潰れんばかりの大声を上げて友の名を呼んだ。

 彼の声を聞き届けたのか、張りぼてで今にも落ちて来そうな上階の二階部分から一つの影が王輝の頭上目掛けて飛び降りて来た。


「っ!?」


 自身を押し潰そうとする殺気の強大さに気付き、王輝は地面を蹴って後ろへと下がる。彼が先ほどまで立っていた場所は大型乗用車でも落ちたのかと言わんばかりにコンクリート割って地面を砕いた。パラパラと宙を舞う人造石の間からこちらを睨む双眸が一つ。まったくの闇の眼には、何かを守らんとする強く熱い火が灯されている。

 尹本馬(いほんま)。朝鮮を守る王伯蓮の重鎮にして剣。斧で容易くは折れぬ大木の様な上腕に、鋼の様な下半身。熊さえも怯えもはや戦いさえも望まないだろう肉体は、王輝の二回りも上だ。


「本馬! 情けはいらない。全員倒せ! 首をへし折れっ!?」

「わかった。任せろ」


 伯蓮の叫びに静かに頷く本馬。王輝は彼に標的に捉えられ、四メートルはあった距離を一気に詰められた。瞬きしたわけでもないのに、気がつけばすぐ目の前へ姿を現した巨漢に咄嗟に両腕を出して防御の構えを取った。

 頭を鈍器で殴られたような鈍い衝撃を感じながら、自身の腕がバキバキと音が鳴っているのを聞いた王輝。三重にも厚く固められた鉄の壁さえも簡単に穴を空けてしまいそうな程の右腕が突き出されており、彼の身体を滅ぼさんと襲い掛かっていたのだ。


 そして、ついに耐えきれなかった王輝の身体は十メートル近く後ろへ飛び、壁を粉砕して外へと放り出された。


「一刀。あいつ」

「どうやら中々の実力者のようだな。今まで存在がわれなかったことが驚きだ」


 隅により、王輝の戦いぶりを眺めていた一刀と彰が多少の驚愕を顔に見せながら呟く。


「王輝は大丈夫か? 結構な衝撃音だったぞ」

「そんな軟な身体にはなっちゃいない。今まで基礎トレーニングはしっかりと行っていたからな。筋肉も骨も、鉄板で思いっきり殴られたとしてもびくともしないさ」

「変わりに俺が相手をするか?」


 それでも心配なのか、彰が選手交代を呼び掛ける。未だ起き上がってこの場に戻らない王輝の様子から、気を失っている可能性がある。伯蓮を守る刃はすでにこちらへと身体を反転させ、歩を進めていた。

 数秒の闘争で尹本馬と言う男の力量はある程度ではあるが把握した。長く裏世界で力を誇示続けた彰ならば敗れる事はないだろう。


 ――がしかし、一刀はその申し出にかぶりを振り、却下する。


「いや、この戦はあいつに任せる。この程度での戦いで根を上げるようでは、ここから先に待つ本当の地獄では使いものにならない」


 あくまでも彼らは影組織。レムナント持たず国の支持者。世界を駆け、人々の善意と悪意、憎しみと悲しみ、希望と絶望が何重にも織り交ざる螺旋の戦場を潜り抜けた経験は微々たるもの。レムナントを渡され、この世の真実と全てを抱え生涯を背負うを裏に生きる自身たちが、理想だけを一端と語るだけの者たちに負かされるわけにはいかない。

 まだ十代の若造だとしても、すでに闇に生きる覚悟を持ったのならば、生半可で留まる事は許さない。


 本馬の王輝打倒が目に入ったことで表情の硬さが取れた伯蓮は、腰元に備え付けたこの廃ビルの爆破スイッチから手を離す。


(いざという時のために用意しておいたが、まさかここまで桔ヶ也の部下が強敵だとは思ってもみなかった)


 敵の強さは自身が思う遥か高みであった。二極を倒すと心に刻み込んだこの男は油断こそせずとも、想定した敵対者との力量を完璧に測ることができないでいる。

 レムナントの持つ肉体強化。破壊強度。治癒技術。かつては一族が持ち得ていたこの兵器を、伯蓮は持つこと叶わず組織の中で奮戦してきたのだ。その目で焼き付けるだけの瞬間もなく、タイミングさえも取れない。そのために実際に見たという者たちの言葉を頼りに創造力を働かせるほかなく、受ける者たちの痛みの強さや致死量の程は、今この時を目の当たりにしてやっと理解した。


(あれは……人が持つべき力ではない――!)


 力とは常に調和をなし、均衡を保つために必要不可欠な世界の根源の一つと言える。歴史の中で、これ以上要らぬまでに多くの哲学者、論理学者たちが語り続けて来た。国の平和を求めぬ人間などいない。なればこそ他国との同盟を築き、互いの軍事力を強化することで攻め込まれない状態を作らねばならなかった。

 現実と理想、どちらを語る主義者たちにしろ、それは同じだ。核が今もなくならずあり続けるのは、世界の均衡勢力を壊さぬための抑止力だからである。


 しかし、核を超える存在が小さな人の両手に収まるところに生まれてしまった。ただの力ではない。誰もが夢見た魔法の様な力を携えた兵器。これが人々の目に入らぬようにと隠したかの英傑たちは正しかった。欲望の塊である人が正しき規律の中でこれを使わねば、世界の均衡は瞬く間に滅んでしまうことだろう。

 そうなれば、待っているのは掛け値なしの絶望の時代。


「本馬っ! 奴らの持つレムナントを回収しろ。あれは、この世に存在してはならない!!」


 手に滲み出る汗を拭きながら、伯蓮は背中を見せて敵へと進行する友へと叫ぶ。

 小さく頭を縦に振って応えた尹本馬に、二人の強敵はただ動かず凝視する。


 すると突如、彼の身体が宙に浮き、そのまま右にある鉄骨の束へ吹き飛ばされる。茫然と口を空け、呆ける伯蓮が飛ばされた彼の方へ視線を向けた。いやな鈍い音が鳴ったような気がしたが、本馬はすぐに立ち上がって自身へ攻撃を仕掛けた相手を睨む。

 両肘から上部分の服が破け、露わになった腕も皮がはがれて血を滲ませながら肉が顔を出している。感覚が生きているなら間違いなく痛い筈なのに、表情からそれを伺える様子はない。


 すでに神経が死んでしまったのか、それとも慣れた痛みなのか。彼の経歴を詳しく調べなければ理解するのはこの時は無理であろう。


「おい……。まだ終わってないぞ。勝手に殺すな」


 王輝は闘志消えず、煌めくその眼光で本馬を射抜く。


「行くぞ」


 腰を下げ、膝に掛る力を強めた彼の肉体は忽然と姿を消す。目を大きく開き、一瞬だが驚愕した本馬は、だが次にはすでに左腕を上げて腹斜筋に力を込める。バンっとテーブルに両手を強く叩きつけたような音が廃ビルに反響し、彼の身体が大きく揺れ動く。見れば王輝の足裏が彼の脇腹を捉え、めり込んでいるではないか。

 今まで長く乏しかった尹本馬の表情が苦悶に歪む。鍛え上げたその肉体が、よもやたった一発の足蹴りめり込むまでのダメージを受けるとは考えてもいなかったのだろう。


 さりとて、咄嗟に良き判断を取れたと、戦いを眺める一刀は思った。


(王輝は初撃を左腕に捉えていた。それが外れた途端、空中で身体のねじって足へと意識を集中して脇腹を狙った。一秒も満たないその判断に追いつき、反射的に脇腹を締めた危機察知能力。伯蓮の部下は本当に大した戦士のようだな)


 本馬が右腕を出し、王輝の足を掴む。そのまま自身の前へ引き込んだところで彼の空いた方の足で追撃を首元へ食らう。同時に顎を定められ、脳を揺らされると掴んでいた手から力が抜ける。

 自由となった足でしっかりと床を踏むと、王輝は上半身を大きく回し、振りかぶった腕で胸部を強打。


 これには堪らず本馬も血を吐いて地面に膝をつく。敵を前にし弱った態勢を見せるのは殺してくれと言っているのと同じ。王輝はたたみ掛けようと膝蹴りを彼の頭蓋へと向け放つ。

 頭蓋へ到達しようとしたその蹴りに、手だれの男の瞳が光る。


「まずいっ!」


 敵の様子が不気味だと感じた彰が叫ぶ。――しかし時はすでに遅し。本馬の大木並の腕が天高く上へと昇る。弾力ボールのように地面を強く蹴って上げられた腕の威力は通常の倍のある衝撃を生んでいく。

 凶器と化した腕は、今まさに襲いかかろうとした王輝の足を捉える。スパンと食材でも切った小気味よい音が場に響くと、大量の血が王輝の脚から放出された。


「がっ……!?」


 絶叫すら上げられない、下半身の片方がなくなった激痛が肺を支配して意識を遮断しようとする。日々の訓練と経験からそう簡単に気を失うことがない身体へとなった王輝は、呼吸を整えて脳へと酸素を供給するために一旦後ろへ下がる。

 だが敵はそれを許さない。攻守が逆転した今、たたみ掛けるのはあちらの方だ。連発される拳の風を防ぐため、レムナントで守られた籠手を前に突き出す。がしかし、痛みは上腕部から放たれ、耐えきれず緩んでしまったガードから顔面へ拳が撃ち込まれる。


(こいつ! 的確にレムナントを避けて俺の肉体へ攻撃を仕掛けて来やがる!?)


 なんと正確な撃ち込み。冷静に、慣れた動きで裸部分を攻め入る本馬の攻撃。鼻から血を出しながら、苦悶していた表情はもうそこにはなかった。

 いくら下がれど撃ち込まれる攻撃の嵐に、逃げられないと判断した王輝は逆に攻め込む事を決断する。自身の間合いを入りこんだ敵の右腕を前のめりになる事で回避。そのまま懐へ入ってファイティングポーズからのジャブ。右、左、右と三発拳を打ち込むと、限界まで引き下げた左を顎へと繰り出す。確かな手ごたえを感じつつ、片足で左へずれて死角へ入る。

 

 死角へずれる王輝の動きを確かめ、本馬が左腹斜筋の痛みに堪えながら裏拳を彼の頬へと放った。片足のリスクから一撃をまともに受ければ態勢を維持できない王輝には死活問題。地面へ落ち行く彼の顔面へ足の甲を向ける。

 倒れてはならないとインナーマッスルと腹筋に力を込めて耐えるも、本馬の足上げが顔へ直撃。ビクンと身体ごと跳ね上がると反対側へ仰向けに倒れていく。天井部が視界へ入れると、鳩尾からくの字に身体が曲がる。筋肉の悲鳴と骨の軋む感じを受けながら、痛んだ内臓によって血を口から吐く。


 王輝の鳩尾へ組んだ両手を叩きこんだ本馬は、床へ倒れたその身体を踏みつぶす。雛の絶叫の様な声が耳に入るも、さらに踏みつぶす。床は軋み、コンクリートを削っていく。通常の人間ではなしえないコンクリート潰し。潰すだけの衝撃の入った攻撃を受けながらも、意識を保ち続けている王輝は流石と言えよう。


「おいおい。もうヤバくねぇか。まだ未来のある人間を、ここで摘んじまうのは惜しいぞ」


 高危険度にまで高まったこの状況に、見守り続けていた彰の表情から余裕を消した。


「そろそろ加勢に入るぞ。あいつは悔やむかもしれないが、生きてこそなんぼだろ」

「入るな。彰」

「お前何考えてんだよ! 弟分を殺す気か!」


 ここに来て尚も横入りを許さない一刀の言動に、彰が声を上げる。今までも確かにストイックなところもある一刀であったが、ここまでやられてもう死ぬかもしれないといった瀬戸際になってまで、王輝一人で戦わせようとするその姿勢に、彼は困惑を露骨に現した。


「大丈夫。王輝なら大丈夫。

 ――ちゃんと見えてる。すでに勝利の算段は出来あがっている頃だろう」


 目を離さず、斥候する戦いを眺めていた一刀が不敵に笑う。彼には勝利の采配がどちらに傾いているのかがすでに見えていた。故に何も手をつけず、傍観に徹していたのだ。

 全てを見透かしたその表情に、困惑していた彰は沈黙する。そして程良く緊張させていた筋肉を休ませ、再び観戦者へと役を戻す。


 彼が視線を闘争する両者へと戻したその瞬間、事態は突然動き出した。

 優勢に運ばせていた本馬の動きが止まり、むせかえすようにせき込み始める。さらに呼吸もし難いのか荒く、しまいには肩で息をするようになった。


「動いた。もう見る必要もないだろう。彰、やって欲しい事がある」


 組んでいた腕を解して、一刀が顔を彰へと向ける。状況が未だわからず当惑する彰は、何事かと口を半分開けると――


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 巨漢が今日初めて絶叫した。

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