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5 「俺の方が望み大だから」

 十和たちの通う辻が花高等学校は、平均よりもやや賢い位置をキープしている「一応」進学校であった。

 にもかかわらず、中には「どうして入学出来たんだろう」と思わせる生徒がいた。

 十和は人知れず彼らを、「高校デビューの方向性を間違えた、ちょっと可哀想な人たち」と評していた。


 その評価に含まれる人物が、十和のクラスにも一人いる。

 立涌(たてわく) 六斗(りくと)いう美少年だ。動かず黙っていると人形のように美しく、髪型も日替わりでセットしているお洒落さんだ。

 友人だって多いので、それだけを見れば高校デビューに大成功した人に見える。


「十和ちゃん、十和ちゃん。ピザって十回言って」

「言わない」

「じゃあ、キスって十回」

「言うわけないでしょう」


 しかし口を開くと、親戚の小学生レベルであった。

 加えて挙動も馬鹿丸出しであるため、美少年の肩書きがかえって空しい。

 そして六斗は十和の腕を引っ張り、おもちゃを欲しがる幼児のように駄々をこねる。


「ねーねー、十和ちゃん! 俺とあそぼーよー」

「嫌です」

 ぶん、と十和が不機嫌顔で、その腕を振り払う。


 なお彼女が特別六斗に好かれている、というわけではない。六斗は女子生徒全員に対して、このような態度を取っている。

 色んな女子生徒にちょっかいを出しては、ほぼ全員から邪険に扱われているのだが、彼はめげない。その粘り強さが、高校への入学を果たしたのだろうか。


 今も、下駄箱で靴を履き替える十和の肩をもみ、食い下がっていた。

「俺おごるからさ、今から一緒に映画観ようよー。ちょっとエッチなフランス映画をさ、カップルシートで観ようよー」

「観ないし、立涌君と二人で出かけるつもりもないです」

「俺はあるよ! 一緒に行きたい、ラブホの目星もつけてる!」

「何考えてるんですか、あなたは!」


 カッとなって振り返った十和の視線は、真後ろに立つ六斗を通り越して、廊下で立ちすくんでいる男性に焦点を合わせた。

 それは真っ白な顔の、三潮だった。


 どうやら先ほどの、六斗との会話を聞いていたらしい。


「あの、先生……」

 本能が危機を察知し、三潮へ声をかけるが遅かった。

 三人だけを残し、周囲の景色が瞬く間に変化した。



 それは、鬱蒼と茂る森の中だった。白いワンピースを着た女性の幽霊が這い出てくる、古井戸でもありそうな雰囲気だ。


「えっ、ちょっ……なにこれ、うそーっ?」

 三潮の瞬間移動癖については知っていたものの、自身が飛ばされるのは初めてだった六斗は、周囲を見渡してわめいている。

 その頭を、三潮が無言でためらいなく殴った。鐘を突くような音がした。


「いたっ……ちょっ、先生いたい! 顔こわい!」

「黙れ、あるいは死ね」

「落ち着いて下さい、先生!」

 真顔で連打する三潮から、六斗は身をよじり、十和は三潮の腕にすがりつく。


 腕にかかった重さと柔らかさに我を取り戻し、三潮の動きが止まった。

 そして真っ赤な顔で姿を消し、十和から一メートル程距離を取るが、幸いにして今日は鼻血を吹き出さなかった。


 代わりに浅い息で、ぼそぼそと声を出す。

「露芝は……この男と、浅からぬ関係なのか?」

「え?」

「先ほど、フランス映画や、ラブホテルといった卑猥な単語を交わしていたが」


 途端に十和の顔も赤くった。赤面した彼女に、三潮もうろたえる。

「やはり、この男を……憎からず思っているのか?」

「フランス映画は全部が卑猥じゃないですし、この人とは何の関係もないですっ」


 クラスメイトと教師から「この」呼ばわりをされ、さすがに六斗もムッとする。


「十和ちゃんと俺は、ちゃんとクラスメイトでしょー? 悪いけどみっちゃん先生より、俺の方が望み大だから」

「何だと」

「だってこれから、体育祭とか文化祭とかあるじゃん? そんな時に二人で居残りして、なんとなくモヤッとした雰囲気になって、そのまま……的なこともあるかもしれないでしょー」


 三潮の淡白な顔立ちが、衝撃によって鬼神の形相になっていた。

「モモモッ、モヤッとするのか、露芝!」

「しません!」

 ぴしゃりと言い切ると同時に、地面を踏みしめる。


 そこで何か、土とは違う硬い感触を、足の裏に感じた。

「あら、看板……?」

 腐葉土に半ば埋もれる形で、ぼろぼろの木の板が打ち捨てられていた。


 赤と黄色のカラーリングが気にかかり、しゃがみ込んで土や葉っぱを摘み取る。

 すると無言で三潮もしゃがみこみ、骨ばった手で腐葉土を払いのけた。

「ありがとうございます」

 微笑んだ十和だったが、看板を見た途端に凍りつく。


──クマに注意!

という警告文が、露わとなっていたのだ。


 それを見降ろし、三人は示し合わせたように息を飲む。

「先生……今更ですが、ここはどこですか?」

 震える声で、十和が問うた。


「日本、だと思うのだが。私も気が動転していたので」

 三潮の顔は、ますます白くなっている。もはや上質紙レベルだ。


「クマって、今の時期……起きてるよね? 腹空かしてるのかな?」

 片隅に追いやっていた生物の知識を引っ張り出し、六斗が不穏な言葉を口にする。

「……」

 彼の問いに、二人は答えなかった。正確には、答えられなかった。


 のっそりとした重量級の足音が、枝を踏みしめながら近づいて来ていた。

「まさか……」

「いや、マタギや山伏の類かもしれん」

「んなわけないでしょ! のっしのっし歩いてるし! ヤバそうな鼻息も聞こえるし!」

 男二人が小声でわめき合うが、不穏な足音は近づいてくる。


「みっちゃん! 早く、早く学校に戻って!」

「急かすな! 集中せねば、また見知らぬ場所へ飛びかねん!」

「ヒヤーッ! 役立たずー!」

 ヒステリックな声で応酬する、六斗と三潮。


 とうとうたまらず、十和は三潮のシャツを握りしめ、叫んだ。

「いやぁ! 怖いよぉッ!」

 その悲鳴に、三潮の庇護欲ならびに潜在能力が突き動かされ、再び三人の姿は唐突に消えた。



 そして次に現われたのは、十和の部屋だった。

 彼女は自分のベッドへ、ぽふん、とお尻から着地。


 そして目の前にいる、色素の薄い教師を見上げる。

 苦み走った表情で、お互いに見つめ合った。


「それで……どうして私の部屋なんでしょうか」

「私の本能が、安全な場所として選んだのだろう」

「ここじゃなくて、自分の部屋を選んで下さい」

「すまん」

「謝ればいいと思ってるで──何してるのよ、立涌君!」


 先ほどまで棒立ちだった六斗が、がさごそと家探しを始めていたのだ。

「十和ちゃんの、下着チェーック!」

「立涌……貴様ァァーッ!」

 タンスをガンガン開閉する六斗へ、吠えた三潮が乱打を浴びせた。


 今度は十和も、あえて止めなかった。

 この過剰防衛により、十和の下着は魔の手から守られた。

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