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先生はESPでストーカー  作者: 依馬 亜連
本編

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25/40

25 「ちょっと、やり過ぎですけどね」

 高校に入学以来、十和は初めて学校を休んだ。

 日差しもますます強くなり、空気も熱を持ち始めているというのに、ベッドの上でタオルケットにくるまっている。

 その顔色は優れない。


「お腹……腰も痛い……」

 ほとんどの女性が毎月見舞われる、血の洗礼が原因だった。

 急に暑くなったことで、身体が弱っていたためだろうか。今月はことさら、痛みが酷かった。


 本日の早朝、真っ青な顔で台所に立つ娘を見かねた両親から、学校を休むよう命じられたのだ。

 ぐったりしながら、それでも自分たちの弁当を作りきった娘を、どうやら不憫に思ったらしい。


 ただ十和としては少々、ありがた迷惑でもあった。

「もう……テストも近くなってるのに」

 頬を枕に押し付けながら、不本意そうに呟く。

 文字通りの生理現象を除いては健康体であるため、一日寝て過ごすことに罪悪感も覚えていた。


 そのためか、頭の中では学校にまつわる思考がポンポンと、無秩序に湧き上がる。


 三潮は十和の欠席を知り、落胆しているだろうか。いや、確実にしている。見ずとも分かる。

 八重には明日、ノートを借りなければならない。お礼として、お菓子でも作る必要があるだろう。


 ノートから、数学の授業が連想された。数学教師は出席番号順に生徒を当てるので、今日の解答者は十和のはずだ。少しばかり、欠席したことを幸運に思ってしまう。

 だが、掃除当番でもあったのだと、続いて思い出す。同じく当番の葦手には、悪いことをした。彼女にも、お菓子を焼いてお詫びをするべきだろう。


 それにしても、三潮はきちんとご飯を食べるだろうか。投げやりな食事を取らなければ良いのだが。


「どうして生徒が先生のことを、こんなに心配しなくちゃいけないのかしら」

 自分の思考を振り返り、その不毛さにふうと息を吐く。

 それにつられて、身体の奥がずきりと収縮し、十和は苦悶の表情でうつ伏せとなる。


 暑いのを承知で、温かい飲み物が欲しかった。

 だがあいにく、母も仕事に出ている。頼れる人間はいない。

 重い腰回りに発破をかけて、十和はえいっと起き上がった。視界も一緒に、上を向く。


 そしてベッドのすぐ隣で、三潮がこちらをのぞきこんでいるのを見とめた。

 彼はなぜか、大きな紙袋を携えていた。

 加えて、痛みに翻弄されている彼女よりも、苦しそうな顔だった。

 十和はその苦悩の表情と、しばし見つめ合う。


 もはや恒例となっているので、彼の出没にも驚かない。

 ただし、今回は出没時間が問題だった。


「まだ授業中ですよね? こんなところで、何をしているんですか」

 職務放棄した三潮を、十和は怖い顔で見上げる。

 枕もとの目覚まし時計を見れば、時刻は三時間目の途中である。

 十和のクラスが丁度、彼の授業を受けている時間帯だ。


 にもかかわらず、三潮はいっそ堂々と言い切った。

「露芝を見舞うために、授業は抜け出した」

「授業を優先して下さい」

「お前の身体の方が心配だ」

「ちょっと体調を崩しただけですっ」

 ベッドの上で居住まいを正しながら、十和はぴしゃりと叱りつけた。猫の手パンチでパフパフと、マットレスを叩きながら。


 月のものが訪れている女性は、ともすれば情緒不安になりがちだ。今日の十和も、少しばかり怒りっぽかった。


 だがそれを知らない三潮は、ぷんすか怒る十和の手を押さえた。

「暴れると、身体に毒だ」

「そっ、そんな大したものじゃありませんからっ」

 初めて触れた三潮の手は、予想以上に力強かった。そして見た目通り、ひんやりとしている。


 手の平の感触を意識してつい、十和は顔が赤くなる。


 おかげでまた、三潮は勘違いをする。

 険しい顔で、じっと彼女の顔をのぞき込む。

「顔も赤い。熱もあったのか?」

 ただの生理痛です! と大声で叫びたかったが、彼にそんなことを告白する勇気はない。


 したところで、違う惨事が待ち構えている気もする。なにせ、相手は三潮だ。

「違いますっ。その、手が……」

「す、すまんッ!」

 だから正直に打ち明けたのだが、語尾は尻すぼみに。余計に、気恥ずかしいものがあった。


 三潮も一気に赤面しながら、後方へ飛び退る。

「すまん、触れるつもりではなかった! 誓って、やましい気持ちがあったわけでは!」

「分かってますから、落ち着いて下さい。また鼻血が出ます」

 自分の出血に振り回されている現在、彼の鼻血の後始末は、遠慮したいものだ。


 病人の手前、だからだろうか。三潮も深呼吸をして、いつもより早く落ち着きを取り戻す。

「それより、食欲はあるのか?」


 まさか三潮に、食事の心配をされる日が来るとは。つい、十和は吹き出した。


「大丈夫ですよ。お母さんも、雑炊を作ってくれていますので」

「そうか」

 彼女が笑ったことで、三潮も少し安心したらしい。眉間の皺が、薄くなる。


 そして慌てた様子で身を屈め、足元の巨大な紙袋をまさぐった。

「危うく忘れるところだった」

「どうしたんです?」

 問いかける彼女へ、無言で差し出されたのは花束だった。


 いつかの攻撃的な赤い花束と違い、淡い色合いで構成されている。もちろん泥もついておらず、可愛らしくラッピングされていた。


 花束の奥から、三潮が半分だけ顔をのぞかせる。愛らしい花々とは対照的に、ひどく強張った表情を浮かべていた。

「市松より、露芝の好む花を聞き出したのだが……」

「はい、とても私好みです」

 彼女の好きな、マーガレットがてんこ盛りの花束を見つめ、十和はこっくりとうなずく。


 続いて、ほんのり笑った。

「ちょっと、やり過ぎですけどね」

 盛大過ぎる花束の陰に隠れつつ、三潮の眉が八の字になる。

「加減が分からなかった」


 ますます十和は、おかしそうに笑った。

「でも、嬉しいです」


 いつかのように叩き落とすことなく、十和は両手で花束を受け取った。そして優しく抱きしめる。

「ありがとうございます」

「ああ」

 赤い顔でうつむいて、三潮もぼそりと応じる。


 気が付けば腹部の痛みも、ずいぶんと和らいでいた。

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