25 「ちょっと、やり過ぎですけどね」
高校に入学以来、十和は初めて学校を休んだ。
日差しもますます強くなり、空気も熱を持ち始めているというのに、ベッドの上でタオルケットにくるまっている。
その顔色は優れない。
「お腹……腰も痛い……」
ほとんどの女性が毎月見舞われる、血の洗礼が原因だった。
急に暑くなったことで、身体が弱っていたためだろうか。今月はことさら、痛みが酷かった。
本日の早朝、真っ青な顔で台所に立つ娘を見かねた両親から、学校を休むよう命じられたのだ。
ぐったりしながら、それでも自分たちの弁当を作りきった娘を、どうやら不憫に思ったらしい。
ただ十和としては少々、ありがた迷惑でもあった。
「もう……テストも近くなってるのに」
頬を枕に押し付けながら、不本意そうに呟く。
文字通りの生理現象を除いては健康体であるため、一日寝て過ごすことに罪悪感も覚えていた。
そのためか、頭の中では学校にまつわる思考がポンポンと、無秩序に湧き上がる。
三潮は十和の欠席を知り、落胆しているだろうか。いや、確実にしている。見ずとも分かる。
八重には明日、ノートを借りなければならない。お礼として、お菓子でも作る必要があるだろう。
ノートから、数学の授業が連想された。数学教師は出席番号順に生徒を当てるので、今日の解答者は十和のはずだ。少しばかり、欠席したことを幸運に思ってしまう。
だが、掃除当番でもあったのだと、続いて思い出す。同じく当番の葦手には、悪いことをした。彼女にも、お菓子を焼いてお詫びをするべきだろう。
それにしても、三潮はきちんとご飯を食べるだろうか。投げやりな食事を取らなければ良いのだが。
「どうして生徒が先生のことを、こんなに心配しなくちゃいけないのかしら」
自分の思考を振り返り、その不毛さにふうと息を吐く。
それにつられて、身体の奥がずきりと収縮し、十和は苦悶の表情でうつ伏せとなる。
暑いのを承知で、温かい飲み物が欲しかった。
だがあいにく、母も仕事に出ている。頼れる人間はいない。
重い腰回りに発破をかけて、十和はえいっと起き上がった。視界も一緒に、上を向く。
そしてベッドのすぐ隣で、三潮がこちらをのぞきこんでいるのを見とめた。
彼はなぜか、大きな紙袋を携えていた。
加えて、痛みに翻弄されている彼女よりも、苦しそうな顔だった。
十和はその苦悩の表情と、しばし見つめ合う。
もはや恒例となっているので、彼の出没にも驚かない。
ただし、今回は出没時間が問題だった。
「まだ授業中ですよね? こんなところで、何をしているんですか」
職務放棄した三潮を、十和は怖い顔で見上げる。
枕もとの目覚まし時計を見れば、時刻は三時間目の途中である。
十和のクラスが丁度、彼の授業を受けている時間帯だ。
にもかかわらず、三潮はいっそ堂々と言い切った。
「露芝を見舞うために、授業は抜け出した」
「授業を優先して下さい」
「お前の身体の方が心配だ」
「ちょっと体調を崩しただけですっ」
ベッドの上で居住まいを正しながら、十和はぴしゃりと叱りつけた。猫の手パンチでパフパフと、マットレスを叩きながら。
月のものが訪れている女性は、ともすれば情緒不安になりがちだ。今日の十和も、少しばかり怒りっぽかった。
だがそれを知らない三潮は、ぷんすか怒る十和の手を押さえた。
「暴れると、身体に毒だ」
「そっ、そんな大したものじゃありませんからっ」
初めて触れた三潮の手は、予想以上に力強かった。そして見た目通り、ひんやりとしている。
手の平の感触を意識してつい、十和は顔が赤くなる。
おかげでまた、三潮は勘違いをする。
険しい顔で、じっと彼女の顔をのぞき込む。
「顔も赤い。熱もあったのか?」
ただの生理痛です! と大声で叫びたかったが、彼にそんなことを告白する勇気はない。
したところで、違う惨事が待ち構えている気もする。なにせ、相手は三潮だ。
「違いますっ。その、手が……」
「す、すまんッ!」
だから正直に打ち明けたのだが、語尾は尻すぼみに。余計に、気恥ずかしいものがあった。
三潮も一気に赤面しながら、後方へ飛び退る。
「すまん、触れるつもりではなかった! 誓って、やましい気持ちがあったわけでは!」
「分かってますから、落ち着いて下さい。また鼻血が出ます」
自分の出血に振り回されている現在、彼の鼻血の後始末は、遠慮したいものだ。
病人の手前、だからだろうか。三潮も深呼吸をして、いつもより早く落ち着きを取り戻す。
「それより、食欲はあるのか?」
まさか三潮に、食事の心配をされる日が来るとは。つい、十和は吹き出した。
「大丈夫ですよ。お母さんも、雑炊を作ってくれていますので」
「そうか」
彼女が笑ったことで、三潮も少し安心したらしい。眉間の皺が、薄くなる。
そして慌てた様子で身を屈め、足元の巨大な紙袋をまさぐった。
「危うく忘れるところだった」
「どうしたんです?」
問いかける彼女へ、無言で差し出されたのは花束だった。
いつかの攻撃的な赤い花束と違い、淡い色合いで構成されている。もちろん泥もついておらず、可愛らしくラッピングされていた。
花束の奥から、三潮が半分だけ顔をのぞかせる。愛らしい花々とは対照的に、ひどく強張った表情を浮かべていた。
「市松より、露芝の好む花を聞き出したのだが……」
「はい、とても私好みです」
彼女の好きな、マーガレットがてんこ盛りの花束を見つめ、十和はこっくりとうなずく。
続いて、ほんのり笑った。
「ちょっと、やり過ぎですけどね」
盛大過ぎる花束の陰に隠れつつ、三潮の眉が八の字になる。
「加減が分からなかった」
ますます十和は、おかしそうに笑った。
「でも、嬉しいです」
いつかのように叩き落とすことなく、十和は両手で花束を受け取った。そして優しく抱きしめる。
「ありがとうございます」
「ああ」
赤い顔でうつむいて、三潮もぼそりと応じる。
気が付けば腹部の痛みも、ずいぶんと和らいでいた。




