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先生はESPでストーカー  作者: 依馬 亜連
本編

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21/40

21 「主題はともかくとして」

「これってどういうことですかッ!」

 女性にしては低音の恫喝が、美術室内に響いた。

 他生徒たちは思わずびくつき、声の主である少女を見る。

 そして三潮も、採点済みの銅版画を返却する手を止め、顔を強張らせていた。


 各課題は完成した後、三潮が採点を行うことになっている。

 その点数に不満がある者は、課題を期限内に修正あるいは再作成することも認められている。もっとも、それをする猛者はほぼ皆無だが。


 また満足した者は、課題を持ち帰るも美術準備室に預けるも自由、となっている。たいていの生徒は、「持って帰るのが大変」という理由で、三潮に預けっぱなしだ。


 その採点への不満を大声で露わにしたのは、オレンジ色の頭にピアスだらけの少女だった。ロックな外見だが、成績や授業態度は案外真面目で通っており、美術の授業も毎回熱心に受けている。


 それもそのはず、少女は数少ない美術部員なのだ。

 だからこそ、三潮にも怯まず食って掛かる。


「どうしてアタシの絵が、このおっぱい野郎と同じ点数なんです!」

 自分の銅版画──人と植物と動物が融合したような物体を描いた、幻想的かつグロテスクな作品をかざしながら空いた手で、友人と馬鹿笑いをしている六斗を指さす。

「お、俺ェ?」

 びっくりした六斗は、自分の整った間抜け顔を指さし、次いで己の作品を見下ろす。


 それは、バニーガールを描いた作品だった。前回の靴下一丁の裸婦画に比べれば、ずいぶんと進歩した方だろう。


 三潮は渋い顔で、不公平だと訴える少女をにらみつけていた。いや、内心では少女の気迫にびくついていた。


 しかし彼女はお構いなしに、絵に貼りつけされた付箋を指さし、彼をにらみ返す。

「こんな下世話な絵と、アタシの絵が、なんで同じ八十五点なんです!」

「えっ、八十五? あ、ホントだ! うひょーっ」

 今更自分の点数を確認した六斗が、能天気に爽やかスマイルを浮かべた。


 周囲の生徒たちは、両者の高得点ぶりに目を見張っていた。絵に厳しい三潮が、七十点を超える点数を付けることは稀だ。


「それぞれ主題は異なるが、技術面や独創性は高いものと判断した」

 低い声で、三潮がぼそりと返す。

「バニーガールが独創的なんですか? こんなもの、別にエッチな雑誌とかめくればいっぱいいるじゃないですか! そういうお店もあるじゃないですか! 独創的って言うなら、ボンテージとか、そういうのを指すんじゃないですか?」

 三潮の回答を、何倍にもして少女が打ち返す。


「ボ、ボンテージ?」

 聞き慣れない単語に、三潮は一瞬面食らい、脳内も恐慌を来たす。

 周囲の視線は、彼と少女と、そしてバニーガールの作者の六斗に集まっていた。

 三潮の血の気の薄い顔が、たまらず赤くなる。呼吸も、浅くなった。


 元来、彼は大勢から注目を受けることや、議論の類が苦手なのだ。険しい顔に似合わず、人見知りの塊なのである。

 三潮の視線は周囲に反し、うろうろと室内をさまよい、そして白いスケッチブックに行き着いた。


 スケッチブックの持ち主は八重であり、その真っ白な一面には雑多なペン字が踊っていた。

『ボンテージは、からだをしめつける服。やらしい服』

 殴り書きで、三潮の無知をフォローしてくれていた。


 貴様らはなぜそんな言葉を知っているのだ、と思わなくもなかったが、三潮も少女と向き直って言葉を返す。


「性的倒錯の種類は評価の対象外だ。そんな物を提出物に描いた度胸は認めるが」

「じゃあ努力主義ってことですか? 下手でも、頑張ればいい点数くれるわけですか? それならアタシ、今度から深夜まで居残ります」


 なおも食い下がる少女に、再び三潮は八重の方を見る。

『努力で満点くれるなら、あたしも十和も満点じゃね?』

 ややふてくされた顔で、助言あるいは小言が書きこまれていた。


 なお彼女と十和は、どちらも六十五点と平均点である。たとえ相手が意中の少女であろうと、三潮はそんなところで甘やかさない。


「努力も必須だが、全てではない。付け加えれば、貴様の作品には既に努力の跡が残っている。その点は、立涌も同じだ。主題はともかくとして」

「そんなのずるい……」


 ここまでまくしたてていた少女が、ロックな化粧を歪ませて、繊細な乙女の顔になる。

「アタシは、小さい頃から絵の教室に通って、ずっと努力してきたんですよ……美術部でも、いつも頑張ってたのに……それなのに先生は、こんなちゃらんぽらんな奴と同じ価値しかないって言うんですか?」

「いや、それは……」


 本日最大級に、三潮は困る。

 彼にも一応、男であることの自覚はある。にもかかわらず女性を、それも年下を半泣きにまで追い込んだという事実が、彼の根っこにある弱さを露呈させかけた。

 じっとりとした脂汗が額に浮かび、細面を伝っていく。



 しかしそれが、途中で柔らかなものに拭い取られた。

「先生、顔色が悪いですよ?」

 いつの間にか隣に十和がいて、タオルハンカチを三潮の頬に当てていた。心配そうに潤んだ相貌が、じっと彼を見つめている。


「大丈夫ですか?」

「ああ」

 端的に答えたものの、三潮は既に胃痛すら覚えていた。

「強がっちゃって」

 しかし、バレていたらしい。小さく笑われた。先ほどとは違う理由で、三潮は顔が赤くなる。


 代わって十和が、うつむく少女へ振り返る。

「あのね、葦手(あしで)さん。先生はね、努力とか贔屓とか、よく分からないものだけで点数を付けないと思うの。だって私なんて、六十五点しかないもの」


 十和が自虐と共にはにかめば、静まり返っていた教室に温度が戻り、笑いが蘇る。

 葦手と呼ばれた少女も、十和の点数の普通ぶりには、少しばかり目を見開いた。

 なにせ彼女は、三潮が恋焦がれている対象なのだ。


「そういう精神論を抜きにして、先生は葦手さんと立涌君の作品を同じぐらい素敵だと思ったから、同じ点数にしちゃったんじゃないかしら。違いますか?」

 十和はにこにこと言葉を続け、最後に三潮を仰ぎ見た。

 真っ直ぐな視線に背中を押され、三潮も小さくうなずいた。


 気が付けば荒れていた呼吸も、穏やかになっている。


 軽く息を吸い、考えをまとめながら、三潮も言葉を紡いだ。

「立涌には、天賦の才と呼ぶべき絵の素養がある。だが、いかんせん粗削りな上に、題材の選び方は斬新だが心底下劣で、品性の欠片もない。その点を考慮して八十五点にした」

 当の六斗は、評価内容の半分程度しか分かっていないのか、ぽかんとしている。


 アホ面の彼に構わず、三潮は続ける。

「葦手。貴様は絵の素養に関しては、おそらく人並み程度だ」

 勢いを取り戻した三潮の、遠慮のない批評に、少女はにわかに震えた。


「だが、築き上げてきた経験値が他を大きく凌駕し、非凡な感性を培っている。そのため題材は、常に不気味だが独創的だ。その創造力を評価し、八十五点とした」


 しかし、続くひねくれた賛辞に、少女は表情を少し緩めた。代わって、ちょっとばかりすねた様子も見せた。

「……それなら、満点にしてくれても」

「将来の伸び代を期待してのマイナス十五点だ。それとも貴様らは、高校生で才能を出し尽くす程度なのか?」

「違います」

 ようやく、葦手少女がにっこりと笑った。


 途端に、三潮はその場に座り込む程脱力したのだが、傍らに十和がいることを思い出し、なんとか姿勢を伸ばしたまま踏ん張る。


 微笑みながら、十和は彼へそっと耳打ちする。

「今の先生、立派でしたよ」

「う」

 不意打ちにこんな言葉をささやかれては、再び腰が砕けそうになった。なんとか教壇につかまり立ちをして、平静を装う。


 おそらくこれも、彼女には見抜かれているのだろうが。

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