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先生はESPでストーカー  作者: 依馬 亜連
本編

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18/40

18 「野戦病院でもやっていけるよ、きっと」

 美術の授業は、三潮が不機嫌でなければ和気あいあいと進行する。

 皆でわいわいと雑談をしながらの作業を、基本的に黙認されているのだ。

 三潮の授業方針なのか、はたまた単純に放置しているだけなのかは、定かではない。


 しかし本日に限っては、集中力の散漫は危険を呼び込む。

 生徒たちは手に彫刻刀を持ち、銅版画を作成していた。

 女子生徒たちは時折世間話を交わしつつも、視線は常時手元に落とされている。握っているものが凶器であるため、無意識に緊張感を保っているのだろう。


 一方の男子生徒たちは残念ながら、全体的にそこまで利口ではなかった。

 ことさら浅はかさを丸出しにしているのは、もちろん自他共に認めるおっぱい星人の六斗。


「ほらほら、見て見て! 俺、こんなに速く刺せるんだけど!」

 机の上に広げた指の間を、彫刻刀で順番に素早く突き刺す遊び──いわゆるファイブ・フィンガー・フィレを、嬉々として披露していた。


「おおー、馬鹿だけどスゲー!」

「マジで命知らずだ! ホント馬鹿!」

「よく高校生になれたよなー」

 周囲の友人たちも、自分の指ではないので無責任に囃し立てる。


 三潮はそれには無関心で、他学年の提出物を黙々と採点している。そもそも六斗たちの声など、耳にすら入っていないのだろう。


 女子生徒たちは男子共を、呆れ顔もしくは小馬鹿にした顔で眺めていた。


 だが中には、真剣に不快感を示している者もいる。

「立涌君。見ていてヒヤヒヤするし、机に穴も開くし、迷惑です」

 その生真面目たちの代表・十和が立ち上がり、怯むことなく六斗の正面に進み出る。

 やっちゃったかー、と八重は自席で苦笑いだ。


 三潮は十和の声がするなり顔を上げ、彼女の動向を密かに見守っている。まるで野生動物のような敏感さだ。


 当の男衆は、十和の毅然とした態度に口笛を吹いた。

 しかし慣れないことはするものではなく、調子っぱずれ、またはかすれた音色が室内に響き渡る。少々、いや随分と格好が悪い。

「やだなー、十和ちゃん! それって、俺のこと心配してくれてるの?」

 六斗は流し目を送りながら、十和へとにじり寄る。


 媚び売り満点の仕草に、彼女のおしとやかな顔がまた険しくなる。

「心配じゃなくて、迷惑だと言ってるんです」

「それって、愛情の裏返し的な?」

「は?」

「図に乗るな」

 懲りずに体をくねらせる六斗へ、冷やかなトーンの二重奏が即座に撃ち込まれる。


 声の主はもちろん、十和と三潮だ。

 瞬間移動の無駄遣いをした三潮は、いつのまにやら六斗の真後ろで仁王立ちをしている。


 ヤクザも裸足で逃げ出すであろう眼力にて、ジロリと六斗をねめつけた。

「指を切り落としたいのならば、鋸を使え」

 本気にしか聞こえない提案に、生徒たちはゴクリ、と息を飲む。


 六斗もふざけた笑みを引きつらせ、少し及び腰になる。

「も、もう、顔怖いよー。みっちゃん先生ってば、本気で言ってんの?」

「私は常に本気だ。付け加えるなら、指を氷水で冷やしておくことをお勧めする」

「やだやだ! みっちゃんのアドバイス、マジで怖い!」

 首を振りながら、六斗は飛び退る。その先には十和がいた。


 あわよくば十和へ抱きつこう、などと思ったのだろうだが、彼女の反射神経は思いの外優秀だった。無音でヒラリと身をかわす。

 その回避行動と、三潮が六斗の首根っこを引っ掴もうと、手を伸ばすのはほぼ同時であった。


 三潮の筋張った腕が、国宝級と称される十和の胸にふにっ、とめり込んだ。

 幸か不幸か、十和の出で立ちはブラウス一枚の合服姿。

 途端、赤くなる両者の顔。


「あっ」

 一連のやり取りを見守っていた生徒たちが、思わず声を上げる。


 それに呼応するように、三潮が血を吹き出した。鼻ではなく、口から。

 ゴポリ、と赤い粘性の液体を吐き出す三潮に、今度は阿鼻叫喚の悲鳴が湧き上がる。


 美術室は一転して、地獄絵図へと生まれ変わった。

「先生、あまりにも純情過ぎます!」

「そんなのでこれから先、やっていけるんですか!」

 悲鳴に混じって、的確すぎる意見も飛び交っていた。


 眼前で吐血された十和は、しばらくポカンとした後で我に返り、半開きの三潮の顎を無理矢理閉じさせた。

「飲み込んでっ。先生、飲み込んで!」

 どうやら彼女も、ずいぶん混乱しているらしい。


「ぐっ……うぐっ」

 真っ赤な顔で首をブンブン振りながら、三潮は「それは無理だ!」と無言の内に訴える。


 食いしばった口の端から流れ続ける血に、十和も真っ青な顔で四方を見渡す。


 そして窓際に放置されていた、黄色いプラスチック製の筆洗を発見した。この際、それが誰の持ち物なのかは関係ない。

 すかさず走ってそれを引っ掴み、戻って来るや否や、三潮の顔を筆洗へ押し付ける。


「とりあえず、これに吐いて下さいっ」

「すま……ごほっ」

 押し付けられた筆洗を抱え、顔を上げずに三潮はうめいた。

「こんな時まで、謝らなくていいですから。早く血を止めて下さい」

 十和は返り血だらけのブラウスを気にする様子もなく、呆れ顔で彼の背中をさすりながら、洗い場まで連れて行く。


「十和、あんたスゴいよ……野戦病院でもやっていけるよ、きっと」

 一同を代表し、八重がぽつりと呟いた。


 そして彼女は、スプラッター映画に出演したような二人の出で立ちを眺め、快活な顔に精いっぱいの怒気を塗り込む。

 八重は般若の顔で、いつの間にか傍観者の体を装っている、事の張本人を怒鳴りつけた。

「コラァ! 立涌! あんた何してんだ!」

「はひぃっ」


 男兄弟と切磋琢磨して育った八重の怒声は、重い上によく通る。さり気なく部屋の隅へ移動していた六斗も、たまらず直立不動になった。


「知らんぷりしてんじゃあないよ! あの子たちの服血みどろにして、どうするつもりだ!」

「ちょっ……いくらなんでも、それ、ひどくない? 俺だって、悪気あったわけじゃないし。そもそも、ちょっとおっぱい揉んだぐらいで血を吐くって、どうかしてるでしょ?」

「みっちゃんがどうかしてるのは、今に始まったことじゃないでしょッ!」

「そうだ、そうだ!」

 ギャラリーからも、次々に賛同の声が上がる。


 三潮はその台詞に、すかさず不服を申し立てようとした。

「貴様ら、何をゴチャゴチャと──」

「大人しくして下さいっ」

しかし再び十和に頭を押さえつけられ、黙って血を吐いていた。


 血まみれの二人も見据えつつ、八重はなおも六斗を糾弾する。その雄々しさは、アメリカ大統領にも匹敵していた。

「とにかく! 二人の替えの服は、あんたが用意しなさい! ってか、今すぐ服脱いで、みっちゃんに貸しな!」

「ええっ?」

 端正な顔を最大限に歪めて、六斗が仰天する。


「そうだ、そうだ! 脱いでしまえ!」

 だが八重も、クラスメイトたちも、彼の狼狽などお構いなしだった。

 群集心理の恐ろしさを、六斗は十六歳にして痛感する羽目となった。


 この後、十和は運動部の友人から体操着を借りることができ、事なきを得た。

 一方六斗はワイシャツを、脱衣婆と化した八重によってはぎとられ、三潮へ貸与されることとなった。


 服に頓着しない三潮は、存外素直にシャツを受け取った。二人の身長がほぼ同じ、という点も功を奏したのだろう。


 ただ、

「なんだかこのシャツは……臭いな」

お気に入りの香水を振りかけたシャツに、身も蓋もない感想をこぼされ、タンクトップ姿の六斗は理不尽さを覚えるのであった。

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