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先生はESPでストーカー  作者: 依馬 亜連
本編

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13/40

13 「だってじゃありません!」

 昼食を食べ終え、美術室に残っているのは、三潮と八重の二人だけだった。

 十和は購買まで、ジュースを買いに行っている。

 居心地がことのほか悪いらしく、三潮は平時以上に不機嫌そうな顔になっていた。


「貴様は購買に行かないのか?」

 文庫本に目を落としながら、刺々しい声だけを八重に投げかける。


 食休みと称してうつらうつらしていた八重は、気だるげに斜め前の三潮を見た。

「ジュースって苦手なんすよ、逆に喉乾いちゃうから。スポーツドリンクを買う気分でもないし。みっちゃんは、十和にくっついて行かないんすか?」

「購買は人が多い」


 極度の人見知りを発動させた三潮に、八重はヒヒヒと笑った。

「十和に手、つないでもらえばいいじゃないですか?」

「……」

 三潮は文庫本をにらんだまま無言であったが、耳まで赤くなっていた。


 相変わらず反応が面白いな、と八重は三潮を観察していて気付く。

「あれ、その本って」

「露芝に借りた」


 三潮が読み進めているのは、SFコメディ小説だった。およそ彼には似つかわしくないジャンルだが、十和のお気に入りであるならば、読むのも必然だろう。


「面白いっすか?」

「人間が地球上で三番目に賢い、という件には驚愕した」

「それ、作り話ですよ」

「分からんぞ」


 ようやく本から顔を上げた三潮は、白い細面を小難しいものに変えていた。

「事実、我々はネズミあるいはイルカに、弄ばれているだけの小さな存在なのかもしれん。露芝が愛読するぐらいだ、世界の真実がここに内包されている可能性がある」

「みっちゃんは、十和を過大評価し過ぎです」

 呆れ笑いを浮かべる八重。


 そして、ふと小さなイタズラ心が芽生えた。

「あのさ、みっちゃん」

「せめて先生を付けろ」

「じゃあ、みっちゃん先生。もし十和に、実は彼氏がいましたー!とかなったら、どうするんです?」


 狼狽するか、泣きだすか、それとも理想の十和像を汚すな、と憤慨するか?

 少しわくわくしながら、文庫本を見下ろす三潮を見守った。


 しかし、三潮は動かなかった。

 だが、周囲が動いた。


 石膏像や、絵の具、描きかけの絵、壁に飾られた美術部員の力作、木製の硬い椅子、長机、そして弁当箱。

 美術室にある、ありとあらゆるものが表情の無い三潮を中心にゆらゆらと浮き上がり、そして渦巻きだした。

「ぎゃああ!」

 叫び、椅子から転げ落ちる。


 八重は十和の親友だ。三潮の瞬間移動能力だって何度も目にしているし、何度かお世話になっている。

 しかしこんな、空間を跳躍どころか捻じ曲げる現象は初めてだ。


 尻もちをついてガクガクと震える八重の前で、石膏製の胸像同士がぶつかった。

 それは割れずに、ぐにゃりと形を変え、一つの無意味な物体に成り下がった。

 見れば椅子も団子状に固まり、絵筆が三つ編みに絡まっている。

 そして動けない八重めがけ、螺旋を描きながら机が接近して来た。


 これはまずい!

 八重は本能でそれを察知し、叫んだ。

「冗談です! さっきのは冗談っす! 十和は生まれてこの方、彼氏いた歴ゼロ年の奥手ちゃんですッ!」


 途端、歪みが止まった。

 椅子は団子状のまま、ガタンと床へ落ち、絵筆も絡まったまま転がり落ちた。

 八重に食らい付こうとしていた机は、彼女の上履きと融合したところで横倒しになった。


「はぁっ……はぁっ……」

 何とか守り切った右足を抱きしめ、八重は荒い息を繰り返す。

 三潮に怒鳴りつけたいところだったが、あいにく全身が震えているため、それも叶わなかった。

 この現象は、恐ろしすぎる。



「ただいまー」

 そこへ拍子抜けするほど呑気な声が、出し抜けに入って来る。

 りんごジュースの紙パックを手にした、十和であった。

「おかえり」

 未だ呼吸の整わない八重に代わり、三潮が相変わらずの陰気な声で出迎える。


 二人へにこりと笑いかけた十和だったが、すぐさま室内の異常事態に気付く。

「先生……椅子がぐにゃぐにゃに丸まったり、筆がぐるぐるに絡まっていますが……何したんですか?」

 三潮は黙って、顔をそらした。嘘の下手な男だ。

 そして八重も膝が笑っているため、うまく立ち上がれずにいる。


 この二点だけで、十和は大体のことを察したのだろう。

「立涌君を離島送りにした時みたいに、何かしでかしましたよね」

「だって、市松が……」


「だってじゃありません!」

 窓ガラスを揺らすその怒声に、三潮ならず八重すらすくみ上がった。


「学校の備品をこんな有様にして、生徒の私物の絵筆までめちゃくちゃにして……何を考えているんですか!」

 普段の温厚さなどかなぐり捨てて、十和は怒鳴り続けた。

「よく見れば、八重ちゃんの靴もなくなってるじゃないですか! 私のお友達に、酷いことしないで下さい!」

 この通告で、愛想を尽かされると察知したのか。


 三潮が椅子を蹴倒して立ち上がり、ずいっと十和へ肉薄する。

 生真面目を通り越していっそ怖い、強張った表情に見下ろされ、十和もたじろいだ。


「な、なんですか?」

「露芝には……本当に恋人がいないのか?」

「ほぁっ?」

 彼女からすれば、突拍子がないにも程がある質問だっただろう。

 だが、三潮は真剣そのものだったし、それを静かに見守る八重も同じだった。


 願いはただ一つ。彼女が独り身である、ということ。


 妙にぎらついた両者の視線にさらされ、十和も半ばうろたえる。

「い、いませんけど……」

「では、意中の男は?」

「そんな方も、いませんっ」

 真っ赤になって、十和が叫べば。


 ゴロン、と硬質なものが床を転がる音がした。

 八重が音の先を見ると、融合した二つの石膏像が分離していた。

 机に食われていた上履きも、かすかな音を立てて吐き捨てられる。傷一つ、付いていなかった。

 椅子や絵筆も、次々と元の姿に戻って行く。


「助かった……」

 信仰心など持ち合わせていない八重だったが、この時ばかりは天を仰ぎ、ご先祖様からイエス・キリスト、果てはインドの象神にまで感謝をささげた。


 彼女の背後では、未だに十和と三潮が何か言い合っていたが、もはやどうでもいい話だった。

 しばらくは、三潮をからかうのを自粛しよう、と心に決める八重であった。

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