11 「お前の私服が、想定外だった」
辻が花市の隣街にあるショッピングモール入り口で、十和は柱にもたれかかっていた。
待ち合わせをしたはずの八重が、時間を過ぎても来ないのだ。
細身の腕時計へ視線を落として、彼女は柳眉を潜める。
ちゃらんぽらんに見えて、八重は時間や食事マナーには厳しいのだ。
学校においても、無遅刻・無欠勤・無早退の素行優良児である。
何か、トラブルにでも遭ったのだろうか?
それとも自分が待ち合わせ時間、あるいは場所を勘違いしているのだろうか?
「うーん……でも手帳には、十一時に南出入り口前で待ち合わせって書いてるし……」
小振りのカバンから取り出した手帳を広げていると、不意に日が陰る。
顔を上げ、十和は思わず悲鳴を漏らしそうになった。
彼女の前には柄が悪い上、いけない遊びを嗜んでいそうな二人組の男がいた。
「お嬢ちゃん、一人?」
そして典型的な質問を、十和へ投げかけてくる。
しかしそこは、三潮の非常識に対処してきた彼女だ。いつもの、毅然とした顔立ちに変わる。
「友人と待ち合わせています。厳密には一人ではありません」
「ダチって女の子? じゃあ、俺らと遊ばない?」
金髪を通り越して黄色い頭になっている男が、そう言いながら十和の肩にもたれかかってくる。
このような望まぬスキンシップならば、六斗によって免疫がついている。彼女は素早く身をよじった。
「友人が女の子であっても、あなたたちとは遊びません。他を当たって下さい」
「えー? 俺らは君と遊びたいのにぃ」
もう一人の、首からゴテゴテした十字架ネックレスを垂らした男が、すかさず十和を挟み撃ちにする。
「そうそう。君とパフェ食べるのが、俺らの希望なわけ」
「そしてその後、君のことも食べちゃおうかなー、なんて」
遊び人二人に挟まれ、十和は眉間に思いきり皺を作った。
恐怖よりも腹立たしさや、鬱陶しさが募る。
このままでは、八重が来ても気づいてくれないかもしれない。
いやそれどころか、彼女を巻き込んでの揉め事に発展しかねない。とかく八重は、口が悪いのだ。
ここは大人しく、警備員を呼ぶべきだろうか。
十和がしばし黙考していると、急に黄色頭が後ろへ飛んだ。
いや、第三者の強い膂力で引っ張られ、投げ捨てられたようだ。
「あ? 何すんだてめぇ!」
十字架男が気色ばんだ顔で第三者へ振り返るが、すかさず胸ぐらを掴まれて、鼻っ柱を殴りつけられる。
目と脳を回し、十字架男はその場にへたり込んだ。
第三者こと三潮は、それを能面の形相で見下ろしている。
「失せろ」
「へっ……?」
うめくような低い恫喝に、黄色男はぽかん、となった。それに構わず、三潮は粛々と言葉を続ける。
「さもなくば、ゴミ収集車送りとする」
彼が細い顎をしゃくった先には、ゴミ袋を次々と飲み込んでは圧縮する、ゴミ収集車の物々しい姿があった。
その声音と眼力から、三潮が本気であると悟ったのだろう。
「はぃぃ!」
意識混濁気味の十字架男を抱え上げ、黄色男が悲鳴に近い声をうなずく。
そして、よたよたと逃げて行った。
男二人を追い払ったにもかかわらず、三潮は普段通りの表情に乏しい顔で、十和と向き直った。
そして、いつも通り赤面する。
「先生ありがとうございます……そして、どうして赤くなっているんですか?」
「お前の私服が、想定外だった」
目をそらし、しかし時々十和を盗み見ながら、三潮がぼそぼそと言い訳する。
「休日ですから、私服に決まっていますよ」
「そうではない! ただ、そのような装いも、似合うのだと……」
「ひぇっ? ……あっ、ありがとうございます……」
最後など、ほとんど超音波に近い領域の声音だったが、彼に慣れてしまった十和には辛うじて聞き取れた。
それがために十和も、制服よりも随分と丈の短い、ふわふわとしたスカート姿を見下ろして赤面する。
だが、照れに照れた顔が、ある事実に気付いて固まった。
「いえいえいえ、ちょっと待って下さい。先生、ここまでどうやって来たんですか?」
「いつも通りの瞬間移動だが」
今更でもある問いに、三潮は一瞬面食らう。
そして十和は、強張った顔に驚愕の色を塗り固めていた。
前述の通り、ここは辻が花市の隣街。
普段の二人の生活圏からは、電車で一時間ほどかかる場所だ。
しかしショッピングモールや映画館など、遊び場が一通り揃っているため、十和は友人としばしばここを訪れている。
この辺りは繁華街でもあるため、治安はあまり良くない。ナンパ男に遭遇することは稀だが、今回が初めてではない。
にも関わらず、三潮が現れたのは今日が初だ。
この際、どのようにして十和の危機を察知したのかは、どうでもいい。
それよりも重要なのは、
「先生って普段、こんな距離まで瞬間移動出来ましたか?」
これだ。
指摘され、三潮は今更ながらに驚いた様子を見せる。
「言われてみれば。気付かぬ間に、飛距離が伸びたのか?」
眉間に深い皺を刻みながら、小難しい顔でうめく。
そして十和は、何ともうすら寒い心地になっていた。
三潮の行動範囲──彼曰く飛距離が伸びたということは、すなわち彼の魔の手が広がったということに他ならない。
十和は暗い表情を浮かべた。
「先生。せめて休日ぐらいは、自分の時間を楽しんで下さい」
「んー……」
珍しくも、三潮はあいまいにはぐらかした。それが少々憎らしく、十和は猫の手パンチで三潮の腕を叩いた。
なお、この直後に現れた八重も、とばっちりで叩かれる羽目となる。
「バスが遅れただけなのに、あんまりだ」
と、彼女がふてくされるのは、これから五分後のことである。




