「嫌なら他の男のところに行ってもいいんだよ?.」
「嫌なら他の男のところに行ってもいいんだよ?」
これが私の彼氏の口癖だった。
3か月前から彼がこれを毎日言うようになった。
「行くわけないでしょ。
それだったら付き合ってるわけないし。」
私は毎回それを否定した。
それでも毎日、事あるごとに行ってくるもんだから、私は否が応でもあることを確信し始めていた。
―――――彼は私のことなんか…………もう好きじゃないんだって……............。
そして、また今日も彼は言った。
「嫌なら他の男のところに行ってもいいんだよ?」
―――――バンッ!!
私はもう、我慢の限界だった。
「毎日毎日いったいなんなの!!?
別れたいなら素直に別れようって言えばいいじゃない!
冷めたんなら冷めたで納得するし、何も文句言わないし!
いい加減にしてよ!!!」
私はそう言って、彼の部屋から飛び出した。
いったい何日経ったんだろう。
いったい何か月経ったんだろう。
彼の部屋を飛び出して、私の気は晴れた。
でも、心の片隅で彼のことをちょくちょく思い出していた。
彼の大きな手。
彼の大きな体。
彼の太い腕。
彼の匂い。
彼の野太い声。
私の頭に手をのせて、わしゃわしゃして笑う彼。
私が泣いているときには、後ろからぎゅって抱きしめてくれた彼。
いつも私に気を使ってくれた彼。
高校のときに突然告白してくれた彼。
友達だと思っていたら、いつの間にか気になって好きになって............大切な人になった。
―――――――やっぱり私は彼のことがまだ好きみたい。
彼の部屋を飛び出したあの日以来連絡を取っていない。
よくよく考えれば、いつも私のためにいろいろしてくれた彼があんなことを言うのには、きっと理由があったんだろう。
「(理由も聞かずにカッとなった私も悪いかな……………。)」
私は携帯を手に取り、見飽きた名前と見慣れた番号に電話をかけた。
―――――――プルルルルルルルッ………ガチャッ。
「・・・・・・・・・あ、もしもし?」
ブツッ………ツーツーツー……――――――――。
電話にでたと思ったら、彼の電話は切れた。
「うわっ、きもっ。
あんたのせいなのに、扱いひどくない?」
私はすでに切れた電話に文句を言った。
数日後、突然電話がかかってきた。
彼からの電話だ。
(今頃になって何よ!?)
私はそっと通話ボタンを押す。
聞こえてきたのは、騒がしい喧噪。
――――――――――そして、振り絞るような掠れた声。
「あ……あのとき.........は…………ご......ご......」
(何を言いたいわけ?
てか、なんで声掠れてるの?
ばっかみたい。)
私はあきれて電話を切ろうとしたそのとき、
「誰か早く医者を呼んで!!!」
とおばさんのような声がした瞬間――――電話は切れた。
(まじ意味わかんないんですけど。)
少し時間が空き、彼からまた電話がかかってきた。
(ほんと意味わかんないし。)
私は通話ボタンを押すと同時に声を張り上げた。
「何よ!!
意味わかんないんだけど!!」
そして、返答は私の予想を裏切るものだった。
「さっきはごめんなさいね、○○さん。」
おばさんの声だった。
しかもその声は枯れているのか、少し掠れていた。
「えっと、どなたでしょうか?」
「△△の母です。」
「それで御用は……?
△△は?」
「―――――△△は……………先ほど息を引き取りました――――――」
「え………………?」
「信じられないとは思うのですけど、○○さん宛ての手紙が見つかりましたので、少しでいいので来ていただけないでしょうか?」
数日して、彼の葬儀がすべて終わった時に、私は彼の実家へ向かった。
―――――正直彼の実家に行く気はなかった。
性質の悪い嘘だと思った...............いや、嘘だと思いたかったから。
切符代などの交通費は、向こうが出すというので仕方なく私は来た。
「御足労感謝します。
きっとあの子も喜ぶわ。」
彼の母親は平然と言った。
―――――目を真っ赤に腫らして――――――
「これです。」
母親に部屋まで案内され、彼の手紙を受け取った。
彼の手紙はところどころ染みがあったり、インクがにじんだりしているところがあった。
「○○へ
あんなこと言ってごめん。
○○を傷つけたと思う。
ヨリをもどそうとか、他に言い訳を言わないよ。
あんなことばかり言ってたけど、俺は○○を冷めたのでも嫌いになった訳でもないんだ。
今から俺が書くことは、嘘や偽りはなくて同情を誘うわけでもないから。
□月◇日
いつからか体が不調なのはわかってたけど、いつまでたっても治る気配がないから俺は病院に行った。
検査をし、検査結果で医者から言われたことは―――――がん。
余命は長くても半年だった。
このまま俺といても、俺は○○を傷つけてしまっただろう。
立ち直れないような深い傷を…………。
○○の言う通り、別れたいなら素直に別れたいって言えばよかったかもしれない。
でも、俺はそれが言えなかった。
傷つけてしまいそうだったから。
だから、俺は他の男のところに行けって言い続けた。
俺以外に良い人はたくさんいるし、最後まで俺は一緒にいれないから。
俺の代わり、いや俺よりも大切な人をつくってほしかった。
だから、愛想をつかして俺を嫌いになってほしかった。
そうすれば、○○は傷つかない最善策だったから。
○○をあきたなんて勘違いさせてごめん。」
という文面だった。
「―――――ばか。」
彼の手紙を片付けようとすると、一枚の小さな紙がひらりと舞い落ちた。
「なにこれ?」
ひっくり返し、表をみると――――――――
「やっぱ、こんな手紙だせないや。
また文句言われちゃうし。
きっとこの手紙を○○が読んでるときは、俺はもう死んでるかな?
それとも、見られることなく捨てられるか。
どちらの結果になろうと、これを最後に書こうと思います。
こんな俺の告白を受け入れてくれてありがとう。
こんな俺を好きになってくれてありがとう。
こんな俺と一緒にいてくれてありがとう。
○○とは、いろんな初めてを共有したよね。
ときどき泣かせちゃったことも、怒らせたこともあったよね。
ついつい意地悪なことしてたけど、ほんとは恥ずかしかったから照れ隠しだったんだよね~(笑)
○○ならきっと、もっと素敵な人に会えるよ。
俺なんかより悪い人なんてきっといないし。
最後の言葉になるかな。
ダラダラと言っても意味ないし。
○○の隣にはもういれないけど、
○○からは忘れられた存在になると思うけど、
俺は今も昔もこれからも○○が大好きだよ。
空から彼氏と過ごす様子を見守るよ。
新しい彼氏と末永くお幸せに。
俺は○○を、愛してました。」
彼はもういない。
あんなこと言って出ていかなきゃよかった。
そしたら、一分一秒の瞬間をあの人と共に過ごせた。
彼の大きな手。
彼の大きな体。
彼の太い腕。
彼の匂い。
彼の野太い声。
私の頭に手をのせて、わしゃわしゃして笑う彼。
私が泣いているときには、後ろからぎゅって抱きしめてくれた彼。
いつも私に気を使ってくれた彼。
これらはもう二度とない。
あのとき.........出ていかなければ、あと一度だけでも触れ合えた。
あと一度だけ、一瞬だけでいいから――――――――――