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空界上のサンクチュアリ  作者: 葵山理輝
第1部 出逢い
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第一聖域 悪魔少年の日常はそれはそれは禍々しく辛い日々です

今日も蝉が鳴き喚いている。俺がこの『私立桜坂学園』に入って2度目の夏がやってきた。

 春には桜が満開になり何とも美しい光景となるこの学園へつながる並木道も今となればただ、蝉がウジャウジャとその短い人生に嘆きを訴えるかのように鳴き叫ぶ声が聞こえるだけの木々が生い茂った並木道に過ぎない。

 梅雨が終わり、本格的な夏が始まろうとしている今の時期。

 朝から突き刺さるかのように眩しく照らされる日差しについ、「これだから夏は……」などと心の嫌気を吐き捨てるかのように呟くと、せめて顔だけでもという難儀な気持ちで左腕を振りかざし、日差しをから身を守る。

『夏は嫌いだ』

 特に好きな季節があるわけでもない。ただ、格別夏は嫌いだ。とりあえず早く暗くなってくれればそれでいい。『悪魔』は太陽が苦手なんだぞ。

 そんなことを思いながらも、この俺―――神木リオ『悪魔』はこの朝からうだるような熱気と邪悪なる日差しの中、蝉がウジャウジャと鳴き叫ぶこの並木道を軽いハイキング気分で通過し学園へと向かうのだった。

 総勢400人だったかな? 中途半端に都会なこの街に人際大きくそびえ立つデカイ学園。

 毎回この学園に来る度に思う。デカすぎやしないか?

 中身も広すぎるって思うほど広いし、その上こんなにも豪華で綺麗な教室。これぞ真のゆとり教育というものなのか。

 いやいや、何も変わらず今日も1日1日を平和に、日々を『普通』に過ごす。これぞ本当のゆとりと言うものだ。

 だる過ぎる授業を寝て過ごすと言う、何とも親に失礼な過ごし方をしていた俺は授業を一時的に封印すると同時に再び封印が解かれたかのように始まる昼休みのチャイム音に俺は目を覚ました。

 1時限目から昼までの時間を寝て過ごした俺にとって今日は一段と時間が早く感じた。

 背伸びをしながら、さて、今日は何を食べようかと思い売店へと向かおうと席を立つ。

「リオ、貴方にお客さんですよ」

 偉く気品のある男の声が俺にそう問いかける。

「客?」

 その気品のある声の持ち主が憎たらしいほどの満面の笑みで教室の出入り口付近を指さす。

 だいたい検討は付くが、まあいい。分からない振りをして向いてやろう。

 俺は体中から出てくる悪寒を振り払い、そいつの指差す方向に顔を向ける。

 するとそこには……やっぱり。

 ―――またか。

 教室の入り口付近には穂夏が手を振りながら恥ずかしそうに立っている。

 深々と一礼をして失礼しますと言った後、学園指定のピンクのスカートをヒラヒラさせながら俺のもとへ近づいてくる。

 流石校内一の美少女にして生徒会長。相変わらず真面目だ。といっても何故にこの生徒会長が俺のもとにやってくるのかというと。

 俺たちは、幼馴染だからだ。

 天月穂夏――俺の幼馴染にしてこの学園の生徒会長。外見は雪のように白い肌で艶のあるその黒髪の長い髪は、白いリボンによってツーサイドに結われている。目つきも優しげなパッチリ二重の美少女だ。

 幼馴染と言っても、小学生の時に6年間クラスが一緒だったってなだけで、俺が中学に上がると同時に穂夏は家庭の事情でこの街を一度離れたのだ。

 それで、俺が高校に上がると同時にまたこの街に戻ってきた穂夏は再び俺と同じ高校に通い、また仲良くなったという訳だ。

「穂夏か、どうした?」

「あのね、リオ君に……お、お弁当を作ってきました! 受け取ってください!」

 まるで好きな相手にラブレターでも渡すかのような感じで俺の目の前に差し出される手作り弁当。悪い気はしない。むしろ、こんなにも可愛い女の子から手作りのお弁当を貰えるなんて普通の高校生なら翼を生やして空高く昇天するだろう。

 だが、君たちはまだ知らない。このお弁当こそがあの世へと通ずる黄泉への最終列車の切符であることに!

 そして周りの野郎どもの目線が俺に対する殺気のように感じてならない……

「ああ、いつもありがと……な」

 俺は嫌な悪寒を隠すかのように顔を引きつかせながらも笑顔を作り、そのオレンジ色の綺麗な布地の袋に包まれた『普通』サイズの弁当を受け取る。

 よかった。今日は、『普通』だ。

「今日はリオ君の大好きなカニクリームコロッケを作ってきたの。お口に合うかわからないけど、食べてもらえると嬉しいです」 

 穂夏は自分も一人暮らしのくせに、親が仕事で何十年も帰って来ない、ほぼ一人暮らし同然の俺に気を使って時々弁当を作ってきてくれたりしてくれている。

 しかも、穂夏は料理が本当に上手い。俺はぶっちゃけ穂夏の作る料理が大好きだ。

 ただ、問題がある。

 それは張り切り過ぎてしまう癖があるという非常に厄介な癖だ。

 それで俺は何度も地獄を味わってきた。だからと言って、穂夏自信悪気があってやっている訳ではない故にその行為をむげにするのは何だか心苦しくなる。

 悪縁契り深しということわざがあるが……違った意味で今の俺にはピッタリなことわざだと思う。なかなか皮肉な話だ。

「そんじゃ、まあ頂くとするわ」

 包みから解放された弁当箱のふたを開けると、そこには黄金色に揚げられたなんとも香ばしい匂いを発するカニクリームコロッケがびっしりと詰まっていた。

 おぉ! これはまた美味そうだ。穂夏の奴め、また料理の腕を上げやがったな。

「今日のカニクリームコロッケはね、ちょっと自信作なの。お口に合えばいいんだけど」

 そして箸で掴み口の中へと頬張る――サクっと言う音を立ててその中身の濃厚なクリームが口の中全体に広がった。

 やべー。美味いぞ。

「どうかな?」

 穂夏は、不安そうな顔をして俺に訪ねてくる。

「美味い! これなら何個でもいける」

「本当?」

「ああ、物足りないぐらいだ」

 穂夏は、嬉しそうに顔を上げ、なんでか目に涙を浮かばせてる。

 それにしてもウマ過ぎないかこれ? やべ! 今日ばかりはもっと食べたい!

 だが、俺の物足りないという言動が悪夢を呼び覚ます。

「そういうと思ってまだ持って来たの」

 マジか!

 俺のテンションは上がる。何せこんなに美味い物をまだ食えるなんて嬉しい限りじゃないか。

 ドン!

「?」

 ものすごい超重量級の物が俺の机の上に大きな音を立てて置かれる。

 その光景に俺の思考はまるでシビレ罠にかかった哀れな飛竜のように止まる。

「あの~穂夏さん? これは?」

「張り切ってカニクリームコロッケ沢山作って来ちゃったの」

 その瞬間俺の淡い期待は崩れ去る。

 え? 何これ? 塔?

 俺の目の前には軽く10段以上はあると思われる重箱。そして聞くまでもないく中身は全部カニクリームコロッケだ!

 ていうかどこからこんなもん出したんだ? さっきまでは明らかになかっただろうが! しかも張り切って作ってくる量じゃありませんよ。穂夏さん!

「あのさ、穂夏さん。この量を全て俺に食えと?」

 そう尋ねると穂夏は満面の笑みで可愛らしく頷いた。

「うん! リオ君、私のお弁当毎回沢山食べてくれるもんね。だから、これぐらいはないとリオ君満たされないかなって。」

 いや、あのね。毎回満たされているのはあなたで、俺は満たされ過ぎて胃袋がとんでもないことになっていることにあなたは気付いていないだけで、それに気づいてくれればもう少しましなお弁当を作ってきてくれると俺は信じている訳で……

「ハハハハ、全くその通りだなあ。でも、もうカニクリームコロッケ6つも食べたから、もうお腹いっぱいかなァ~なんて……」

 すると、ポタリポタリと穂夏の手の甲に落ちてゆく雫。

 そして、消えるような声で穂夏は呟く。

「ごめんなさい………やっぱり私の料理はお口に合わなかったよね……」

地雷を踏んでしまった。もはや穂夏の涙するポイントが分かりません。

「ぐすん…ぐすん…私のカニクリームコロッケは何個でも食べれるって…ぐすん…言ってくれたのに、………やっぱり美味しくなかったんだね………」

 これこそが穂夏の弁当地獄! 生み出された魔の弁当を全て平らげないと穂夏は自分の料理に自信が持てなくなり酷く落ち込んでしまうのだ。

 俺は一回だけ作ってもらったお弁当の禍々しさにケチをつけたことがあるが、穂夏はそれだけで一週間学園を欠席し、その間俺は穂夏ファンの皆さんに数々の嫌がらせをされると言うことまで経験済みだ。

 そして俺はこの地獄を何十回……いや、何百回と味わってきた。

 それにまるでコンボ攻撃のように浴びせられるこの殺気……クラスの穂夏ファンの連中からだ。

「おい、神木の奴がまた生徒会長を泣かしてるぞ」「あの野郎俺たちの心のアイドルを~」「許せん! 許せんぞ! 神木!」「あいつ殺す」「また、前のように完食しなかったら、絶対に許さねぇからな。ムキーーー」

 クラスの野郎どもの罵声が聞こえる。

 毎度のことながら、なんでそうなる! 俺にこのカニクリームコロッケの塔を落とせと言うのか貴様ら!

 その罵声はヒートアップする。もはや『全部食わなければ、殺す』というワードしか聞こえなくなってきた。

 全ての男たちとって、憧れである美少女生徒会長を泣かすと言う行為=死というのがこいつらの考え方らしい。

 ふざけんな! こんな量の揚げ物を食ってみろ……胃袋が血だらけになるわ!

 俺は一度でも食い足りないと思った自分が哀れだ。

 そして、この理不尽な流れの中、流石に居たたまれなくなった俺はというと…

「ええーい! 食うよ! 食えばいいんだろうが!! 穂夏! 全部頂く!!」

「本当? 良かった」

 穂夏の顔は笑顔に戻る。

こうなったらもう後戻りはできません。耐えてくれよ! 俺の体!

そんじゃあ全部まるごと綺麗さっぱりまとめて頂きまーす!

 そして俺は無我夢中でひたすらカニクリームコロッケと戦い………


 時刻は―――放課後。


「おやおや、昼休みからずっとそんな状態ですけど、どうしたんですか?」

 またしても気品のある声を発する男が満面の笑みで俺に訪ねる。

「う、うるさい……聞かなくてもわかってるだろう。カニクリームコロッケ食いすぎて……胸焼けが酷いんだよ……」

 俺はその日昼休みから放課後の夜までずっと机の上でぐったりと倒れこんでいた。

 もうしばらくは、カニクリームコロッケはいいです…はい…… 


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