007⇒拉致
黒い野犬の口からよだれがダラダラと流れ、
唸り声が聞こえる。
「………。」
私が一歩後ずさりをすると、野犬が一歩前に進む。
私はとにかく逃げなくてはと考えた。
だが、相手が人間ではなく犬だから余計に敵うはずがない。
…でも逃げるしかない。
『グルルッ』
野犬の声が聞こえた瞬間、私は走り出した。
それに合わせて野犬がジャンプをした。
野犬の牙が私の左腕に噛み付いて来たのだ。
「ぎゃああっ」
私はあまりの衝撃に倒れ込んだ。
野犬を下敷きにして。
ゴキキッ!
『キャウゥーン』
ちょうど私のひじが犬の喉を直撃し、
腕から牙が離れた。
ドザザーッ
その衝撃で犬は動かなくなった。
「…はあっ…はあっ」
「何をしておる。」
声がしたので振り返ると老人が立っていた。
「……あ…ああ…助けて!
犬に襲われかけましたぁー」
私は人がいないと思ってただけに喜びも大きく、
老人の元へ走り出していた。
「ああああああ」
バキッ
私は老人によって殴られた。
「んぎゃっ」
ドサッ。
「…お前があの犬をあんなにしたのか?
このメスブタめぇぇぇー!」
老人はスタスタと倒れている犬の元へ歩み寄る。
「おお〜っ…首の骨が折れとるじゃないか…
可哀相に…うんうん…
後でそこの山に埋めてやるからな…」
老人はそう言うと犬の首輪を外し始めた。
暗闇で見えなかったが首輪をしてたらしい。
つまり、この犬は老人の犬だったのか…。
「…ひっく…ひっく…」
私は殴られた頬を押さえながら老人を眺めていた。
老人はスタスタと私の元へ歩み寄ってこう言った。
「…今日からお前があの犬の代わりをやれ。」
「……え?」
ガシャン
私の首に犬の首輪を付けた。
「…いやっ…嫌だぁ」
バチンッ
「お前は犬だっ!犬が言葉なんか喋るはずがないっ!
それに飼い主の言う事が一番だっ!
わかったか!?」
「ひっく…ひっく…私は犬なんかじゃない!」
バチン!
老人は容赦なく私を殴る。
「お前は犬だっ!これから一生なっ!」
「いやだっ!いやだあぁぁぁぁぁぁ!」
「まだわからんのかっ」
バチンッ
ハチンッ
「…いたぁいよぉぉぉぉぉ…うわあぁぁぁーん」
あまりに泣き叫ぶ私に老人はハンカチを口に詰め込んだ。
そしてポケットから鎖を取り出し首輪に繋げた。
「さあ…行くぞ!」
老人は肩に犬を担ぐと私を鎖で引っ張り歩き出した。
私は手で口に詰められたハンカチを取ろうとすると
蹴っ飛ばされた。
グシッ
「家に着くまで絶対に取るなっ!
それから立って歩く事も禁止だっ!!
お前は犬なんだからな!
犬の様に四本足で歩くんじゃっ!!」
「…ひっく…ひぇっく…」
私はただ恐くて言われた通りに
犬の様に四本歩行をした。
「やれば出来るじゃないか…
しかし遅いな。もっと早く歩かんかいっ!!」
グシッ!!
また蹴っ飛ばされた。
私は泣くのを堪え、
すぐにまた犬の様に歩き出した。
港の隣には山があって、
おじいさんはどうやらそこに住んでいるようだ。
「…ワシは社会から逃げた人間じゃ。
だから誰も友達はおらん。
この犬だけがワシが唯一心を開いていたのに…
お前はそれを奪ってしまった…」
「……ごめんなさい…」
そう謝るとまた力強く蹴られた。
ゲシッ!
「犬は言葉なんて喋らんっ!」
「………。」
私は黙ったまま歩き続けた。
しばらく歩くと奥に小さな明かりが見えた。
「…さっ…家じゃ…」
私はトイレに行きたくなってたので
おじさんにトイレを貸して欲しいと言うと
また蹴られた。
「犬が言葉など喋らん!
それにお前は犬なんだから
人間様のトイレを使って用を足すなんて生意気なっ!!
そんなにしたけりゃ、そこら辺でやるんだなっ!」
「……!?」
「何を我慢しておる。
さっさとやるんだっ!
ワシ以外見てる人間などおらんっ!」
私はただただ首を横に振った。
「ふん!だったら我慢してるが良い!
どうせ後で我慢出来なくなる…
そこに犬小屋があるだろっ!今日からお前の家だっ!」
「……!?」
犬小屋を見た。
すごく汚くて…臭い。
おじいさんはそのまま奥へ行った。
「………。」
首輪と鎖は付いてるものの、
鎖をどこにも付けてない。
逃げようと思えば逃げられる。
「………。」
だが、ここが何処かもわからないし、
正直逃げる体力は限界だった。
だから私はこの汚い犬小屋で少し仮眠を取って
夜明け前に逃げようと考えた。
犬小屋に入ると1分もしないうちに
私は眠りの世界へと入った。
「…おい。」
「おい!起きろ!朝飯の時間だっ!」
「…はっ!?」
私はびっくりして犬小屋から出ると
外は既に明るく朝になっていた。
「おいしい肉汁だっ!食えっ」
大きな皿に香ばしい匂いを漂わせながら
湯気を立てて私の前に置かれていた。
考えてみれば、昨日の給食以来何も食っていない。
「……ゴクッ」
私は唾を飲み込むと我慢出来ずにむしゃぶりついた。
「…んぐっはぐっ」
「ははは…そんなに旨いか…?」
「んぐはぐむぐぐぐ」
何も考えず手でむしゃぶりついていた。
味はそこまでおいしいものではなかったが、
腹が減ってれば味なんて関係ない。
「んぐっもぐっズズズ」
「…この肉はな、昨日お前が殺した犬の肉だっ。
お前が殺したんだから責任持って全部食うんだぞっ」
「んぐっ…え?」
私がおじいさんを見ると、
おじいさんはニコリと不気味な笑みを浮かべた。
次回いよいよ最終話です。