二
凛と千代丸は猿ぐつわをかまされ、むしろにくるまれた状態で他の略奪品と一緒に大八車に放り込まれた。雪道を難儀しながら歩く不規則な足音、時折男達の悪態をつく声が聞こえる。むしろにくるまれているとはいえ、凍てつく寒さは変わらない。凛は眠りそうになる千代丸に身体をぶつけながら、自分の眠気とも戦っていた。
山の中に入ると猿ぐつわは外された。いくら叫んだところで誰にも聞こえないし、こんな山の中で逃げ出そうとすればまさに自殺行為だ。陽が出てきて少し暖かくなると目を閉じて眠った。暫くすると揺り起こされ、朽ちかけた山小屋に入れられた。そこで少しばかりの沢庵を与えられた。口に馴染んだ味がする。それもそのはず、山賊たちが凛の家から略奪してきた物なのだから。
口の中の沢庵を噛みしめながら、連れ去られて以来初めて家族のことを思い出した。誰か一人でも助かってはいないか。そうすれば、連れ去られた自分達を見付けてくれて家に帰ることが出来るのではないか。しかし、その可能性が低いことは何となく理解している。思わず涙が滲み、鼻をすする。隣の千代丸はそんな凛を気遣うように見上げた。
幼い千代丸に家族が惨殺されたことを理解出来るのかどうか凛には分かりかねた。それでも姉として弟の前で泣き言は言えまい。自分がこの子を守らなければ、そう決意して凛はグッと涙を飲んだ。
男達は火を入れた囲炉裏の周りで酒を酌み交わしている。凛と千代丸には目もくれず、ここ最近の戦果について盛り上がっているが、凛は恐怖で落ち着くことが出来ない。いつ男達の気紛れで殺されるか分かったものではないからだ。酔った男達が横になり大きないびきをかきながら寝てしまうまで、凛は千代丸の手を握ったまま、まんじりともせずに過ごした。
それから山小屋を出てどの位の時間が経ったかは分からない。山を下りる手前で大八車から降ろされ、年長者の男に連れられて大勢の人で賑わう宿場町までやって来た。川沿いに柳の木が立ち並ぶ裏道を黙って年長の山賊の後に続き、千代丸と手を繋いで歩いていく。
何の店なのだか凛には分からないが、同じような造りの建物が軒を連ねていた。通りには浮き足立ったように歩く男達、綺麗な着物を着た艶っぽい女達とすれ違い、ここが子供の来る場所でないということは理解できた。川の対岸にある通りも同じような状況だ。そのうちの細い路地に入り、一つの裏木戸を開けて中に促された。
「汚い子供だねえ……どこで拾ってきたんだい?」
「まぁ、色々あってな……みなしごなんだよ」
痩せて尖った顔に尖った鼻、細く鋭い目で値踏みされ、凛はたじろいで下を向いた。千代丸の肩までの髪は乱れ、顔には黒い汚れが付いている。自分の顔がどうなっているのかは分からないが、繋いだ互いの手も足にも何だか分からない汚れがこびりついて真っ黒だ。
「フン、おおかたこの子らの親はあんたらが殺しちまったんだろ? あんた幾つだい?」
キセルの灰を落とす甲高い音にビクッとした凛は震える声で答えた。
「こ……九つ」
「こっちはせいぜい六つか七つだろうね……こんな子供をどうすりゃいいんだい?」
千代丸はその歳の頃相応な背丈があるが、凛は小柄な上にやせっぽっちだった。ここへ来るまでに膝の辺りまで破けてしまった着物から覗く脚は、今にも折れてしまいそうな頼りない棒っきれのようで、それが余計に子供っぽさを強調している。
上がりかまちに腰を掛けた年長者の山賊が、お梅の機嫌を取るように自分の戦利品を売り込んだ。
「しかしこの坊主、類稀な顔をしてると思わんか? やり手のお前さんのことだ、新しい客を呼び込めるぞ。男色の客なんかは来ないのか?」
お梅は眉間に深い皺を寄せ千代丸に顔を近づけた。口まで窄めているものだから、元々尖っている顔がさらに鋭利な刃物のようになり突き刺さってきそうで千代丸は凛の後ろに身を隠した。山賊の言ったことに同調するようにお梅は一度頷いて座り直したが、溜息をついと首を振った。
「仕事が出来るようになる頃には、女でも作って逃げてるだろうさ。まぁでも、贔屓にしてもらってる役人からの紹介でね、女中を探してるって言われてるんだ。何でも、英国から来た鉄道会社のお偉いさんらしい」
「ちぇっ! 当てがあるんじゃねぇか、もったいぶりやがって……まぁ、こっちの坊主も簡単な庭仕事ぐらいは出来るだろう。所詮みなしごだ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
お梅の女郎小屋に預けられた凛と千代丸は風呂に入らされ、その後は食事も貰うことが出来た。野菜が少しばかり入ったおじやだが、久しぶりのまともな食事だ。ここでも千代丸は一緒になった女達から可愛がられていた。
「千代丸っていうのかい? 可愛いねぇ」
「幾つ? 七つなの? あと十年ぐらいしたら、またおいで。色々教えてあげるからさ」
女達からドッと笑いが起きる。しかし今まで見たこともないような派手な着物を着た妖艶な女達に囲まれた千代丸は、気恥ずかしそうに黙って俯いているだけだった。
「ここから先へは入るんじゃないよ」
あてがわれた部屋の廊下の先を指差したお梅に言われ、凛と千代丸は素直に頷いた。鼻の下を伸ばした男と、さっき一緒に食事をしていた女が入って行くのを見て、子供が居てはいけない場所だというのは何となく分かる。それに何と言っても疲労困憊の二人は、布団に入ると寄り添いながら瞬く間に眠りに落ちた。