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選択的別姓 「桃太郎」 ~ダブルネームの悲劇~  作者: 如月妙美


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第四章:出航、そして鬼ヶ島へ

4-1. 集合日の混乱

 出発当日、午前5時45分。

 犬山一郎は約束通り、川上家の前に到着していました。彼は完璧に準備を整え、剣を腰に、盾を背負い、万全の状態でした。

「早めに到着するのが、礼儀というものだ」

 午前6時。

 桃太郎が川上家から出てきました。

「おお、犬山殿!来てくれたのですね。ありがとうございます」

「もちろんです、川上殿。いや、桃太郎殿と呼んだ方がいいですか?」

「どちらでも結構です」桃太郎は少し気まずそうに答えました。

 二人は他のメンバーを待ちました。

 午前6時15分。

 猿飛三郎が到着しました。

「よう、桃太郎!遅れてすまんな」

「いえいえ、来てくれてありがとうございます」

 三人は揃いました。しかし、何かが足りません。

「あれ?雉田さんは?」と猿。

「雉?彼女にもメールを送ったはずなんだが…」と桃太郎。

 桃太郎はスマートフォンを取り出し、送信履歴を確認しました。

「あ…」

 彼の顔が青ざめました。

 雉田花子には、田中太郎アカウントからしかメールを送っていなかったのです。しかも、集合場所は「田中家の前」、時間は「午前7時」と記載されていました。

「これはまずい…」

 猿が不安そうに言いました。「雉抜きは、かなりヤバいぞ。あいつの空中偵察なしで鬼ヶ島に行くのは、目隠しして戦場に行くようなもんだ」

「確かに…」桃太郎も顔を曇らせました。「敵の数も配置も、地形も何も分からないまま突入することになる」


4-2. 田中家での出来事

 午前7時。

 田中家の前には、誰も来ていませんでした。

 もし雉がメールに気づいていたら、彼女は今頃ここで待ちぼうけを食らっていたことでしょう。しかし、メールを削除してしまった雉は、当然ここにも現れませんでした。

 桃太郎は慌てて雉に電話をかけました。

「雉田さん!今どこですか?」

「え?桃太郎?どうしたの、こんな朝早くから」

 電話口の雉は、まだ布団の中でした。

「今日、鬼退治に行く日なんですよ!メールを送ったはずなんですが」

「メール?何のこと?」

「えっと、田中太郎名義で…」

「田中太郎?知らない人からのメールは、全部スパム扱いしてるわよ」

「それ、僕です!」

 桃太郎は必死に説明しましたが、時すでに遅し。雉は準備をしておらず、すぐに出発できる状態ではありませんでした。

「ごめんなさい、準備に最低でも2時間はかかるわ。装備も何も用意してないの」

「2時間…」

 桃太郎は、猿と犬のことを考えました。二人は既に準備万端で、出発を待っています。

「わかりました。今回は僕たち三人で行きます」

「待って!私の偵察なしで大丈夫なの?」雉の声が急に真剣になりました。「敵の数も配置も分からないまま行くつもり?それって自殺行為よ!」

「でも、村はもう待てない状況なんです。大丈夫、何とかします」

「本当にごめんなさい!」

 電話を切った桃太郎は、深くため息をつきました。雉の警告が頭に引っかかりましたが、もう後には引けませんでした。


4-3. 三人での出航決定と不吉な予感

 桃太郎は、猿と犬のもとに戻りました。

「雉は…来られないそうです」

「マジで?」と猿。猿の表情が曇りました。「やばいぞ、それ。雉の空中偵察がないってことは、敵がどこに何人いるかも分からないってことだろ?」

「その通りです」と犬も心配そうに言いました。「戦いの基本は『敵を知り、己を知る』こと。雉田殿の偵察能力なくして、どうやって敵の情報を得るのですか?」

 桃太郎は、二つの名字を使い分けていたことが原因で、メールが適切に届かなかったことを説明しました。

「なるほど、だから俺は二通メールを受け取ったのか」と猿。

「私は一通しか受け取っていませんでしたが、雉田殿は別のアカウントからのメールだったのですね」と犬。

「申し訳ありません。完全に僕のミスです」

 桃太郎は頭を下げました。

 猿が腕を組んで考えました。「正直、雉なしで鬼退治は無謀だと思う。空から敵の居城の場所、見張りの数、地形、退路…全部把握できるのは雉だけだ」

「おそらく鬼の数は十体以上はいるでしょう」犬が冷静に分析しました。「我々三人だけでは、数的に不利です。しかも相手の配置が分からなければ、奇襲される可能性も高い」

「それでも…」桃太郎は拳を握りました。「村人たちが待っています。今日行かなければ、また鬼の被害が出るかもしれない」

 沈黙が流れました。

「…わかった」猿が折れました。「行くからには、慎重に行動しよう。無理はしない。ヤバいと思ったら即撤退だ」

「同意します」と犬。「情報がない以上、慎重すぎるくらいでちょうどいい」

 こうして、桃太郎、猿、犬の三人は、不安を抱えながらも鬼ヶ島へ向けて出発することになりました。

 船に乗り込み、櫓を漕ぎ始めます。

「いざ、鬼ヶ島へ!」

 三人の掛け声は、いつもより小さく、海に消えていきました。

 船の上で、桃太郎は空を見上げました。いつもなら雉がここを飛んでいて、先に島の様子を偵察してくれるはずでした。

 しかし今、空には雲があるだけです。

「雉さん…」

 桃太郎の胸に、不吉な予感が広がっていきました。しかし、もう後戻りはできないのです。


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