第一章:別姓夫婦と桃太郎(モモタロウ)の誕生
1-1. 川上家と田中家の出会い
昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんの名前は川上健一。お婆さんの名前は田中花子。
二人は結婚する際、選択的別姓制度を利用して、それぞれの姓を保持することにしました。お爺さんは「川上の家は代々この名前を守ってきた」と主張し、お婆さんは「田中の名を捨てるなんて、亡き父に申し訳が立たない」と譲らなかったのです。
結局、お互いの意見を尊重し合い、別姓のまま夫婦となりました。ご近所さんからは「モダンなご夫婦ですこと」と言われたり、「どっちの名字で呼べばいいんだ?」と困惑されたりしましたが、二人は幸せに暮らしていました。
お爺さんは毎日山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出かけるという、極めて伝統的なライフスタイルを送っていました。別姓は選んでも、生活様式は昔ながらというギャップが、二人の特徴でした。
1-2. 桃から生まれた子の命名問題
ある日、お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこと、大きな桃が流れてきました。
「まあ、なんて立派な桃でしょう!」
お婆さんは桃を家に持ち帰り、お爺さんと一緒に包丁で切ろうとしました。するとパカーンと桃が割れて、中から元気な男の子が飛び出してきたのです。
「これはこれは、天からの授かりものじゃ!」とお爺さん。
「大切に育てましょう」とお婆さん。
しかし、ここで問題が発生しました。子どもの名字をどうするかです。
「我が川上家の跡取りとして、川上太郎と名付けよう」とお爺さんは主張しました。
「いやいや、田中家の血も引いているのだから、田中太郎でしょう」とお婆さんも譲りません。
議論は三日三晩続きました。
最終的に、区役所の窓口で相談した結果、「両方の姓を併記する」という折衷案が提示されました。こうして、子どもは「川上・田中太郎」という、二つの姓を持つ珍しい名前で出生届が受理されたのです。
ただし、正式な戸籍上の表記は「川上太郎(通称:田中太郎)」となり、公的書類によって使い分けることになりました。
1-3. 桃太郎の成長とアイデンティティの混乱
桃太郎――便宜上そう呼びますが――は、すくすくと成長しました。
しかし、二つの名字を持つことは、思った以上に複雑な問題を引き起こしました。
小学校では「川上太郎」で登録されていましたが、病院では「田中太郎」として診察券が作られていました。銀行口座は「川上・田中太郎」という併記で、郵便物の宛名は日によってバラバラでした。
クラスメイトからは「お前、名前何個あるんだよ」とからかわれることもありました。
「僕は一体、誰なんだろう」
桃太郎は思春期になると、アイデンティティの危機に悩まされました。自己紹介のたびに「えーっと、川上です。いや、田中でも大丈夫です」と説明するのに疲れ果てていました。
高校生になった桃太郎は、SNSのアカウントを二つ作りました。一つは「川上太郎」名義、もう一つは「田中太郎」名義です。それぞれのアカウントで微妙に異なるペルソナを演じ分けるようになりました。
川上太郎アカウントではクールで理知的な投稿を、田中太郎アカウントでは親しみやすく情熱的な投稿をするという具合です。
こうして、桃太郎の二重生活が始まったのでした。




