第6話 毛玉のお引越し
毛玉に戻ったミーヤは、巣穴の前で途方に暮れていた。人間のミーヤが無理に這い出たために、巣穴はすっかり崩れてしまったのだ。
(新しい巣穴を見つけないと……。気に入ってたんだけどなぁ……)
『秘技ペッタンコ(静電気)』を使って、鳥の羽や植物の綿毛を集めて作った寝床、泉で拾ったきれいな石コロ、朝ごはんにしようと思っていたハムのカケラ……。全て埋まってしまった。
(もっと落ち着いて出れば良かったな。せっかく手があったんだから、もっと色々持ち出せたはず……)
後悔先に立たず。でも色紙はほとんど持ち出せたし、ハンカチも無事だ。
(そうだ! せっかくだから、もしまた人間になっても平気な、広い場所に引越ししよう!)
ミーヤは元の毛玉に戻れた安心感もあって、ちょっと前向きな気持ちになった。
そして、やっぱりチョンチョン跳ねるのは気持ちいいなぁと、上機嫌で新居探しをはじめた。
一応、候補に考えている場所はいくつかある。
崖の下の小さな洞窟。毛玉には広過ぎるけれど、人間になればコンパクトで住みやすい。難点は雨が降ると崖上からザバザバと雨水が落ちてくることだ。
大きな木のウロ。これは毛玉にはピッタリだ。でも人間のミーヤには少し狭いかも知れない。横になるだけで精一杯な感じだ。
あと……虫が多い……。
毛玉は虫について『おいしそうじゃないしな……』くらいにしか思わないが、人間には不都合がある。薄くて柔らかい肌では虫の恰好の餌食になってしまう。
最後は、謎の遺跡だ。崩れている部分も多いが、石室のような部分は割と安定している。だが、何の建物なのかわからないため、何となく不気味だと感じてしまう。
それを抜きにして考えれば、毛玉としても人間としても、ここが一番だろう。
ミーヤは太陽が真上に来るまで新居候補を見て周り、日が暮れる前に大きな木へと行ってみた。
ハムの人はいなかった。気配もない。けれど、木の根元には橙色の色紙があり、その上には人間の爪程度の大きさのドライフルーツが三つ。
ミーヤはキョロキョロと辺りを見回した。それはいつものことなのだけれど……。
ミーヤは、危険を警戒したのではなく、ハムの人を探していたのだ。
(ハムの人……、朝に来ることが多いもんね……)
そんな……まるでがっかりしたようなことを考えたことに……。
小さな毛玉は気づくことはなく、いつも通りチョンチョンと跳ねて帰っていった。
* * *
さて、ミーヤがどこへ向かったかというと……。
謎の遺跡だった。
いかにも何かありそうな空気を醸し出している。だが、毛玉の生存本能に引っかからないということは、案外気のせいなのだろうか?
ミーヤは石室に入り、まずは『今日のお供えもの』を食べることにした。無花果の実のドライフルーツだ。
(茶色くてシワシワ……。何だろうコレ……)
嗅ぐと濃厚な甘い匂いがする。ミーヤは無花果を知らなかったが、ハムの人のくれる食べ物には信頼感がある。
思い切ってパクリと口に入れて噛み締めるとねっとりと歯に絡みつき、続いてプチプチと小さな種が弾けた。
(あまーい! おいしーい!)
ミーヤは一口食べるごとに、チョンチョンと石室の中を跳ね回った。
明日の朝ごはん用にと一粒残し、今夜の寝床のことを考える。
毛玉はどこででも寝られるが、ミーヤは寝床に関してはこだわりがあった。出来ればふわふわして暖かくあって欲しいのだ。
絹のハンカチは肌触り(毛触り?)は良いが、ふわふわとは言いがたい。
寝床の場所はもう決めてある。
石室にはいくつか、作り付けの棚がある。その一番上の棚はちょうど小さな窓が近くにある。
(ちょっと巣材を運ぶのが大変だけど、ここなら星を見ながら寝られる!)
風通しも良いし、最高だ。
そろそろ夕方が近いけれど、ミーヤは今夜の快適な睡眠のために、寝床のふわふわ探しに出掛けることにした。
コロコロと茂みの中を転がる。羽毛は鳥の巣の下で見つかるので、知っている鳥の巣をいくつか見てまわった。
(今日は風があるからなぁ……)
茂みの中を丁寧に探したけれど、鳥の羽毛はひとつも見つからなかった。ミーヤはペシャンとうなだれた。
毛玉の身体は、具合が悪い時やがっかりした時、なぜか空気の抜けた風船のように、ショボンとなるのだ。
(あっ、そうだ! タンポポ野原に行ってみよう!)
途端にミーヤの身体がポフンとまん丸になった。
毛玉の身体には、夢や希望でも詰まっているのだろうか? 一体どういうことか、誰か説明して欲しい。
ミーヤは一旦遺跡へと戻るとハンカチを咥えて、タンポポ野原を目指した。
夕暮れが近づくと、森の光はゆっくりと蜂蜜色へと変わっていく。徐々に木々の間を抜けてくる日差しは温もりを減らし、草をなでる風が冷たくなる。
(早くしないと日が暮れちゃう!)
ミーヤは少し急いで、コロコロと転がりながら、獣道を横切った。
しばらく行くと、ぱっと視界がひらけ、黄色い花の群れ咲く、広い野原へと到着した。
風が吹くたび、黄色い波が野原の上をさらさらと走り、白い綿毛がつむじ風にくるくると舞い上がる。
夕陽がタンポポの花びらの黄色を、さらに金色に染め上げて、まるで光の束で編まれた絨毯のようだった。
(わぁー、オムレツみたい!)
毛玉の語彙に小学生女子の知識……。情緒とは程遠い感想である。
夕焼け空は茜から橙へ、橙から淡い紫へと移ろい、その色を受けた綿毛たちは、光の粒になって漂っている。
(さあ、ふわふわを集めよう!)
身も蓋もない。だがミーヤは野生の毛玉。美しい光景よりも今夜の寝床が重要なのだ。
ミーヤは地面の空いている場所を見つけると、そこにハンカチを敷いた。その上をコロコロと転がる。
パチパチ!
秘技ペッタンコの発動である。
ミーヤはチョンチョンとタンポポ野原を跳ね回った。綿毛が吸い寄せられて、ミーヤは見る見るうちに真っ白い毛玉になった。
綿毛が落ちないように、そうっと跳ねて遺跡へ戻る。それを三回繰り返した。
日がとっぷりと暮れる頃、ミーヤは満足のいく寝床を整えることが出来た。
* * *
それからしばらくは、ミーヤは忙しく過ごした。新しい住処を整えなくてはならないし、近所の危険な場所を把握したり、水場を探したり。
大きな木へは相変わらず毎日通っていたが、ハムの人に会えることはなかった。タイミングが合わないのか……、色紙とその上の食べ物はちゃんと置いてあるのに。
ミーヤは綿毛のベッドへ入り、ふと考えた。ハムの人とはもう、会えないのではないかと。
(ハムの人が、森に来なくなっても平気なように、新しい餌場を見つけよう!)
そう決心して目を閉じる。
だが、その晩はなかなか眠ることが出来なかった。空に雲が立ち込めるように、小さな不安が集まって何かの形になってしまう……。
そんな気がして、ミーヤは寝床でコロリと寝返りを打った。
そしてその晩……。
また小さな電子音が、ミーヤの耳の奥で鳴った。
『ピコン』
読んで下さりありがとうございます。
春は新生活の季節ですね。ミーヤも無事にお引越しがすんで良かったです。えっ、謎の遺跡ですか? えっと、うーん(何も考えていなかった)。そ、そのうち謎が明らかになる……かも(つД`)ノ ブクマ登録、☆での評価、感想お待ちしてます!
《次回予告》
新しい住処を見つけたミーヤ。
そして再び訪れる「人間の姿」の時間。
次話『第7話 ミーヤは拾イン』
手があるうちに、できることを全部やる!




