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【完結・番外編投稿中】正体不明の転生毛玉、人間嫌い皇帝の溺愛ルート入りました  作者: はなまる


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第44話 皇帝陛下の好物

 調理場は洗濯室の近くにある。下女のエプロンを着けたミーヤがウロウロしていても、そう不審には思われない。


 それにミーヤは建国記念祭の時に、調理場の手伝いで食器洗いをしていたのだ。調理場の面々とも多少の面識がある。


 ミーヤが調理場の入り口から、ひょこっと中を覗くと、料理人たちは休憩中だった。ちょうどランチの片付けが終わり、午後のティータイムの仕込みが終わった時間帯だ。


「あれ? お前さん、洗濯室のちびっ子だよな? どうした? 何か用事かい?」


 ミーヤはモジモジしながらも、調理場へと入って行った。


「りょうりちょうさんに、聞きたいことがあって……」


 料理長は、誰よりも長いコック帽をかぶっている人だ。


「ハハッ、帽子を被っていないと、わからないかい? 私が料理長だよ」


 声をかけてくれた男性が、膝の上に置いていた、一際長いコック帽を頭に乗せて言った。


「あっ、気づかなかった……ごめんなさい」


「いいよ、お嬢さん、なんのご用かな?」


「へいかの、こうぶつを、おしえてほしいんです」


「陛下? 皇帝陛下かい? なぜ?」


「かんしゃさいで、おとうさんに、作ってあげたいの」


 父親に、皇帝陛下の好物を?


「なかなか面白い発想だな」


 可愛い娘が『おとうさん、これ作ったの! 皇帝陛下の好物なんだって!』と、感謝祭の料理を差し出してくれるのだ。喜ばない父親はいないだろう。


「陛下は……そうだな」


 料理長は腕を組み、少し誇らしげに語りはじめた。


「まずは“鹿肉の赤ワイン煮込み”だ。これは王宮の伝統料理でね。じっくり三日かけて煮込む、豪奢な一品だよ。

 陛下は顔には出さないが、必ず完食される」


(赤ワイン……、三日も?)


 ミーヤは指をモジモジと捏ねた。


「それから“白トリュフのクリームパスタ”。これは秋限定の贅沢料理で、陛下は香りが好きでね。

 毎年、この季節を楽しみにされている」


(とりゅふ、ってなに? くりーむ……?)


 ミーヤはちょっと涙目になった。無謀な計画だったかもしれない。そんな豪華な料理ばかりが好物では、ミーヤの作れるものでは太刀打ちできない。


 料理長はクスッと笑い、ミーヤの目線に合わせてしゃがんだ。


「だがな。陛下が一番好きなのは、もっと素朴なものだよ」


「……?」


「“栗のパイ”だ。感謝祭の定番料理だよ。子どもの頃からの大好物で、今でも絶対に好きだよ。口に入れた時に眉間の皺が伸びるんだ」


(しわが伸びる……くりの……パイ!)


 ミーヤの琥珀色の目が、パッと輝いた。


「パイ生地は難しいが、中の栗のペーストなら、お嬢さんでも作れる。最近は街のパン屋でパイ部分を買って、中の栗のペーストクリームだけ作る家庭も多いんだ」


「わたし、やってみたい」


 ミーヤは両手をぎゅっと握りしめた。

 その様子に、料理長は目を細める。


「お父さん、きっと喜ぶよ。“娘が作ってくれた”となれば、なおさらだ」


(へーか……、よろこんでもらえるかも!)


「栗は今が旬だ。市場へ行けば、いいのが手に入るはずだ。ペーストクリームを作るなら、厨房を使っていいよ。この時間か、朝食の一段落した頃なら空いているからね」


「ありがとう、りょうりちょうさん!」


 ミーヤはぺこりと頭を下げると、顔を赤くしてパタパタと駆け出した。


(市場へ行こう! 大きくて、ピカピカの栗を買おう!)


   * * *


 ミーヤは一度ヒューゴの私室へと戻り、大切にしまってあった下女の給料から、銀貨を何枚か取り出した。


(栗と、あと何を買えばいいのかな? お金、どのくらい必要? うーん……、3枚くらい?)


 銀貨3枚はミーヤの洗濯下女の日給だ。美弥の感覚でいうと、3千円くらい。子供が市場へ持って行くには多いが、感謝祭の買い物ならば妥当だろう。


 ヒューゴにもらった絹のハンカチに包んで、巾着袋の中にしまう。ちなみに中身の銀貨よりも、ハンカチの方が断然高価だ。


 従業員や業者が使う裏門から王宮を出て、城下町へ下りる。

 今日は感謝祭の前日。街は収穫を祝う飾り付けで溢れ、街角に流れてくる笛や太鼓の音が、ミーヤの足取りを自然と軽くさせる。


(くり、買うんだ! へーかのしわが伸びる、とびきり甘いやつ!)


 人間の足にはだいぶ慣れてきた。スキップなどもお手のもの。いや、足だけれども。


 広場の角にある靴屋の店先で、見覚えのある少年が靴を磨いている。以前、ミーヤに「赤い靴」をくれた、あの男の子だ。


「あっ、くつやさんの……!」


 ミーヤが声をかけると、少年は顔を上げ、驚いたように目を丸くした。


「えっ? あっ、お前……あの時の! すげぇ、ちゃんとした服着て……もしかして、お城で働いてるのか?」


「うん! せんたくの、おしごと、してるの。ほら、エプロン」


 ミーヤが誇らしげに下女のエプロンを広げて見せると、少年も嬉しそうに破顔した。


「よかったなぁ! おれはテオだ。この店の見習い! お前は?」


 ミーヤは今も、赤い靴を大切に履いている。


「……ミーヤ。わたしのなまえ、ミーヤだよ」


「ミーヤ、靴、履いていてくれてるんだ!」


「うん、おきにいり、だよ」


 お互い二人は少し照れくさそうに「えへへ」と笑った。


 テオはミーヤが手に握りしめている巾着袋に目を留めると、少し心配そうに言った。


「ミーヤ。その袋、そんな風に持って歩いちゃダメだ。今日は人が多いから、ひったくりに狙われる。ほら、紐を長くして、こうやって斜めに掛けるんだ」


 テオは手際よく巾着の紐を調節し、ミーヤの肩にかけてくれた。


「これなら安心だろ。……これから買い物か?」


「うん、くりを、かいに行くの」


「へぇ! おれも感謝祭の栗を買いに行かなくちゃならないんだけど……。でもさー、甘い栗とかわからなくて。ミーヤは、わかるのか?」


「わかる、よ。あまいのも、虫食いも、においでわかるよ」


「ほんとか? じゃあ、一緒に行って、選んでくれよ!」


 テオは店の中に声をかけて、そのまま二人で賑わう市場へと繰り出すことになった。


「わぁー、ひとがいっぱい……」


 ミーヤも市場へ来たのは初めてではない。ヒューゴの飼い毛玉になってからも、エレンやイレーヌと買い食いしたり、布や糸を買いに来たりしている。


 だが、市場はミーヤが知っているそれとは様変わりしていた。そしてとにかく人が多い。


 いつもは野菜や肉を並べている屋台の間に、見慣れない出店がいくつも混じっている。色とりどりの布の飾りが風にはためき、玉飾りがシャラシャラと音を立てて揺れている。


「感謝祭の前日は、こんな感じなんだ。明日の本番はもっとすごいぞ」


 テオが得意そうに言った。


 道行く人々の服が、いつもとは違う。普段は地味な色合いの服を着ている人たちが、今日は赤やだいだいの鮮やかな晴れ着を着ている。


「感謝祭って、みんな赤い服を着るの?」


「そうだよ。収穫の色だから。赤や橙は縁起が良いんだ」


 テオが指差す店の軒先には、赤い差し色のワンピースやスカーフが並んでいる。


(わあ、派手だ! でもきれいな色!)


「全身を真っ赤にするより、小物を赤で揃えるとか、ベストやエプロンを赤にするのが最近の流行りなんだ。ほら、スカートも裾に差し色で赤やオレンジが入ってるのが多いだろう?」


 テオが商品の説明をしてくれる。靴職人の見習いだけあって、流行には詳しいらしい。


 赤い花やオレンジの蔦が、裾や襟、袖口を彩っている。ミーヤは最近、マルタに刺繍を習っているので興味津々だ。


「おーい、ミーヤ! ぼーっとしてると迷子になるぞ!」


 テオに呼ばれて、急いであとを追った。


 栗を売っている屋台は、市場の中央広場にいくつもあった。どの屋台も、大きな麻袋に入った栗が、ずらりと並んでいる。


「これ、どうだ?」


 ミーヤはそっと栗に鼻を近づけた。フンフンと匂いを嗅ぐ。毛玉の時よりも、嗅覚が少し落ちているのだ。


(これは、少し古い。こっちは……虫さんのにおいがする。あっ、このへんは良さそう)


「これと、これ、あとこっちの」


 それでも甘い栗はおいしい匂いがするし、虫のにおいもわかる。


「わかるのか? すげぇな!」


「うん、こっちは虫さんが、なかでねてる」


 テオが目を丸くした。ミーヤは得意になって、どんどん栗を選別していく。


「お嬢ちゃん、わしにも見繕ってくれるか?」


「あたしも頼んでいいかい?」


 近くで見ていた人たちも、感心して頼んできた。


「お嬢ちゃん、勘弁してくれよ。それじゃあ、こっちのが売れなくなっちまうよ!」


 店番の男が悲鳴をあげた。


「虫なんて入ってないって!」


 男がそう言って、ナイフを取り出してミーヤの弾いた栗の皮を剥いた。


「……入ってるな。えっ、あれ、これもこれも入ってる……」


 ミーヤはえっへんと胸を張った。


 他の客に頼まれた分の栗も選ぶと、お礼にと果物や焼き菓子をもらった。


「虫さんがいるのは、あまいくりなんだよ」


 肩を落とす店番に教えてあげたが、あまり嬉しそうではなかった。


 選んだ栗を袋に入れてもらっていると、見慣れた栗色の髪の毛が視界の端っこに見えた。

 栗を売る屋台の前で立ち止まって、動かない人影。


(あれ……イレーヌ?)


 イレーヌは栗を手に取り、しばらく眺めてから、そっと元の場所へと戻した。


「いまさら、栗を買ったって……。お父様も昔はあんな人じゃなかったのに」


 イレーヌの小さな呟きは人々のざわめきに紛れて、誰にも聞かれるはずのない独り言だった。


 だが、今のミーヤには頭のケモ耳と人間の耳、両方があるのだ。その気になれば、どんな小さな音でも拾える。


 洗濯室の誰よりも、シャンと背筋を伸ばしているイレーヌが、今日は俯いて歩いている。


「ミーヤ! 次はパン屋へ行くぞ。パイのうまい店を知っているんだ!」


 テオはちょっとせっかちだ。


 ミーヤはこの時、イレーヌに声をかけなかったことを、後々、後悔することになる。


 明日は、感謝祭の本番の日だ。



読んで下さりありがとうございます。


若くしてその地位についた料理長。実はけっこうなたたき上げです。十二歳になるとすぐに見習いで調理場に入り、一人前ななるまでに十年、その後八年で第抜擢、みたいな感じです。

続きが気になる人はブクマを、面白かったら☆評価、作者との交流は感想ですよ!


《次回予告》

いよいよ感謝祭の当日です。ミーヤは無事に、

栗のパイを作れるのでしょうか!?

次話『第46話 栗クリーム』

さあ、伝説のはじまりです! えっ、そうなの!?


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