第43話 健康診断と感謝祭
今日は毛玉の健康診断の日だ。
以前、蛇に噛まれた時にお世話になった獣医師は、定期的に毛玉の健診に来てくれている。
「今度は、耳ですか……。はぁー。何なんでしょう? この毛玉様は……」
「健康なのだろう? なら良いではないか」
「そのうち、手足も生えるんじゃないですかね? オタマジャクシみたいに!」
なぜ半ギレなのか。
獣医師はこの毛玉生物に、とても興味がある。だがヒューゴは血液検査と口の中の粘膜採取までしか許してくれないのだ。
解剖させてくれまでは言わない。だが、出来れば連れて帰って観察したい。何なら自分が城に泊まり込んでもいいと思っている。
次に何かが生えるとしたら、是非ともその瞬間に立ち会いたいと思っていたのだ。
なのに、尻尾の時も、今回の耳も……! いつの間にか生えている!
「山羊や鹿も子供の頃は角は生えていない。瓜坊と猪のように毛色が変わる動物もいる」
「毛玉様のように、ポンポンポンポン、色々生えてくる哺乳類などおりません!」
「うむ。なるほどな、確かに……」
獣医師のもっともな言葉に、さすがのヒューゴも少しの譲歩する。
「では、陛下……!」
「次に何か生えそうな兆候があったら、必ず獣医師殿に連絡を入れよう」
「本当ですか!」
「ああ、約束だ」
兆候ならある。『パンパカパーン』だ。残念ながらヒューゴには聞こえないが。
ヒューゴとがっちり握手を交わし、上機嫌で部屋を出ようとした獣医師だったが、ドアノブに手をかけたところで「おっと」と足を止めた。
「……陛下、そういえば一つ、報告がありまして」
「どうした?」
「ヴォルガルド帝国の軍人を、近頃森で見かけるのですよ」
ヴォルガルド帝国は、以前ヒューゴが戦争をしていた国だ。昔からこの国に、ちょいちょい手を出してくる。
ヒューゴが歴史的に見てもかつてないほどに叩きのめしてしまったので、今は大人しくしている。
大人しく、していたはずだ。
「その上に、診療所までわざわざやって来て、薬や動物の実験や研究に興味はないか……と、亡命を仄めかされました」
「何だと? 実験の内容は?」
「動物を従わせる薬を研究しないかと……」
「動物……兵器、か?」
「おそらくは……。断りましたよ? 私は動物の健康を守るために獣医師になったのですから」
その言葉に、ヒューゴのシャツに隠れていた毛玉が、ぴょこりと顔を出した。新しい耳をパタパタと揺らす。ちょっと獣医師を見直したらしい。
この一風変わった獣医師ならば、自分でもさっぱりわからない毛玉の正体を、突き止めてくれるかもしれないと、チラリと考える。
だがやっぱり、あちこち調べられるのは嫌だと、シャツの中にモゾモゾと引っ込んでいった。
* * *
健康診断を終えたミーヤは、天井裏の探検へと出かけることにした。森へ行くにも洗濯室へ出勤するにも、中途半端な時間だったからだ。
(今日は、行ったことない方へ行ってみようかな!)
天井裏では時々、ネズミやネコを見かけることがある。ネズミは比較的無害だが、ネコはじゃれついて来たりするので厄介だ。
都会のネコは毛玉を捕食対象とはしていないようだ。
他に天井裏で出会うといえば……。
(いた! さいぞうさんだ!)
王室の影こと、毛深い諜報員だ。“さいぞうさん”はミーヤが勝手につけたあだ名で、本名は“ザック”という。
だが、職業柄名乗ることは不都合となるので、ここはあえて“さいぞうさん”と呼ぶのが正解だろう。
(さいぞうさん、今日は何を探っているのかな!)
ミーヤは黒装束の彼を“忍者みたいな人”と認識している。ほぼ間違っていない。
とても興味があるし、なんなら弟子入りして自分も忍者になりたいと、ちょっと思っている。
毛玉のポテンシャルは諜報員に、これ以上ないくらい適正がある。小さいくて目立たない、静かに移動できる、聴覚・視覚がチート、翼と尻尾で立体的な駆動が可能。
間違いなく素晴らしい忍者……いや、諜報員になるだろう。だが引っ込み思案でビビりのミーヤには、おすすめの職業とは言い難い。
さて、さいぞうさんを見つけたミーヤは、こっそり後をつけていく。
本職の諜報員を尾行。無謀とも思えるが、毛玉ならできるのだ。
さいぞうさんは文官たちのシガールームの上で、ピタリと止まった。いわゆる喫煙所だ。腰の物入れから集音器を取り出し、天井板につける。
ミーヤも天井板に耳をつけた。……元々の毛玉の聴覚器官の方だ。ケモ耳をつけようと思ったら逆立ちしなければならない。
すぐに休憩時間に一服しながら談笑する、文官たちの声が聞こえてくる。
「もうじき感謝祭だな。うちは毎年胡桃のパイを焼くんだ。楽しみだよ」
「所帯持ちはいいっすねぇ。俺は恋人と喧嘩したばかりで……。何も作ってくれないかもしれないっす」
「さっさと仲直りしろよ! 俺んところは、今年は娘が何か作ってくれるらしい」
「えっ、主任の娘さん、まだ10歳くらいっすよね?」
「ああ。でも娘が焼いてくれるパンなら俺は、黒コゲだって喜んで食べるよ」
さいぞうさんが、せっせとメモを取っている。どのへんが報告に値するのかわからないが、まあ、ヒューゴが決めることなのだろう。
ミーヤが反応したのは『感謝祭』『10歳の娘が作る』だ。
(感謝祭っていうのがあって、お父さんは娘がパンを作ると喜ぶんだ!)
百点満点の理解力だ。ミーヤはそろそろと後退りして、ヒューゴの部屋へと戻った。
(感謝祭って、お父さんに感謝する日なのかな? 父の日みたいな感じ? だったら、わたしもへーかに何か、作ってあげようかな!)
実際には『感謝祭』は秋の実りに感謝する収穫祭に近い。神殿では豊穣の神に収穫物を捧げる儀式や、それにちなんだ演劇やパレードが行われる。
だが庶民の間では、勤労感謝の日や父の日母の日に近い。普段からの感謝を込めて、プレゼントや手作りのご馳走が振舞われるのだ。
(パイやパン……はちょっと難しそう。でも美弥は、お母さんとクッキー焼いてた! あっ、でもへーかの好物の方がいいのかな?)
天井裏で聞いた会話の中で、文官たちは自分の好物についての話もしていた。
(へーかの好物……? なんだろう?)
ミーヤはヒューゴとの食事を思い出してみる。ヒューゴは毛玉のミーヤに、自分の皿から何かしらを取り出して、ミーヤの口元に差し出してくれる。
ヒューゴが食べている様子は、少しも思い出せなかった。目の前に差し出されるごちそうしか、見ていなかった。
ううーん、と頭を捻って考える。実際には傾いているだけだが。
(そうだ、いいこと考えた! 料理長ならきっと、へーかの好物を知ってる!)
ミーヤは人間の姿になって洗濯下女のエプロンを着けると、調理場へと向かった。
読んで下さりありがとうございます。
子供って『いいこと考えた!』って言いますよね。
えっ、最近の子は言わない?
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《次回予告》
次話『第45話 皇帝陛下の好物』
名前のなかったあの子との再会……!




