第29話 行方不明の毛玉
金貨の枚数を修正しました。
毛玉はその日、ヒューゴの部屋の窓から出て、普通に洗濯場の控え室で人間になり、洗濯の仕事をしてから、森へと帰って行った。
一方、その頃のヒューゴは、子供を取られた鬼子母神のように、血眼になってミーヤを探していた。
もちろんミーヤの置き手紙は読んだ。
『よばれているので、かえります。』
普通に考えたら『ああ、毛玉は森へ帰ったのね』です済む文面だ。
ところがヒューゴは『ミーヤは何者かに拐かされた!』と言いだした。
『呼ばれている』を、甘い言葉や食べ物で誘いだされたに違いない、そう言って政敵や犯罪組織の洗い出しをはじめたのだ。
ミーヤを呼んだのは森であり、野生の本能だ。少なくともミーヤはそのつもりで置き手紙を書いた。
執務を放り出して、犯罪組織を壊滅させる手筈を整え、政敵の汚職の証拠を集める傍ら、侍従や影を呼び、城の中や天井裏、庭を捜索するよう言いつけた。
『怪我をした後とはいえ、野生生物を城に閉じ込めたのは、間違いだった』
そう頭ではわかっても、ミーヤが自分の意思でヒューゴの元を去ったと認めるのは、堪らなく苦しかったのだ。
それを人は『逃避』と呼ぶ。
日が暮れるとヒューゴは馬に飛び乗り森へと向かった。
以前ミーヤと会っていた大きな木の下で、まんじりともせず朝を迎える。
昼を過ぎる頃にヒゲの濃い諜報員がやって来て、跪いて言った。
「陛下、自分がここで毛玉様を待ちます。城へ戻って少しお休み下さい」
城の人間のほとんどは『えっ? ペットの毛玉がいなくなっただけだろう?』とヒューゴの奇行に驚いていたが、このヒゲの濃い諜報員はわかっていた。
毛玉がいなくなることは、皇帝陛下に大打撃を与えるのだ。
ヒューゴは城へと戻った。木の下で『来ないかも知れない』とミーヤを待つことに耐えられなくなったからだ。
城へと戻ったヒューゴは、犯罪組織を壊滅させ、政敵に汚職の証拠を突きつけて追放した。ついでに『動物商人に新しいペットを持って来させましょうか?』と言った侍従をクビにした。
次第にヒューゴの心は荒れて、城内はピリピリとした空気に包まれた。ヒューゴの怒気に当てられて、城の上を飛んでいた渡り鳥が数羽、目を回してボトボトと落ちてきた。
「身代金を用意しなければ……。私の直轄地のダイヤモンド鉱山を売りに出してくれ」
ヒューゴの切羽詰まった様子に、側近たちは青くなった。
『傾国の美女』とはよく聞くが、『傾国の毛玉』では笑い話にもならない。このままではヒューゴが、毛玉のために国を傾けた愚王として歴史に残ってしまう。
「陛下、どうかお気を鎮めて下さい。泣き出す女官が後を絶ちません。そしてダイヤモンド鉱山は売ってはなりません!」
誰もがヒューゴの余裕のなさに驚き、そして震え上がった。これは尋常ではない。毛玉が戻らなかったら、大変なことになる。
急遽、城内、城下の両方にお触れが貼り出された。そこには、宮廷絵師が描いた写実的な毛玉の絵姿があった。
『皇帝陛下の寵愛する毛玉が行方不明。見つけた者には金貨20枚、有力な目撃情報には金貨5枚の報奨金あり』
金貨20枚は庶民の年収程度、金貨5枚は月給程度だ。ちなみに洗濯下女の日給は銀貨3枚〜5枚だ。
* * *
ヒューゴは抑えきれない焦燥感を抱えたまま、執務室の窓を大きく開け放った。少し頭を冷やす必要性を感じたからだ。
ダイヤモンド鉱山を手放す話は、側近たちに猛反対された。鉱山は完全にヒューゴの私有財産なのだから、本来は使い途に口を挟まれる筋合いはないのだが。
『皇帝の品位を守るため』などと無駄に華美な物を押し付けるくせに、ミーヤのために自分の財布から出そうとしている金には文句をつける。
(皇帝などという地位は、高いところに座らせられているだけで、不自由なものだな……)
だからこそ、ヒューゴはミーヤに惹かれた。
手足も見当たらず、鋭い牙も爪も、鳴き声すら持っていない。毛玉の持ち物はただひとつ。『自由』だけだ。
少なくとも、ヒューゴにとって毛玉はそういう存在だった。
ヒューゴは、自分の肩に、背中に、脚に、腕に……。重く纏わりついている何本もの手を振り払うことが出来ない。
その重苦しさを忘れたくて、自由な毛玉を囲い込んだ。贅沢に物を与え、甘やかして、ヒューゴの用意した『不自由』を選ばせようとしていた。
なぜなら、自分には選択権がないから。
皇帝として立ったからには、全てを捨てて自分勝手に自由を選ぶことは出来ない。
だからこそ、自由しか持たない毛玉が選んでくれたならば、今いる場所が少しはマシなものに見えてくる気がしたのだ。
(本当は最初からわかっていた。毛玉は誘拐されたのではない。窓から逃げ出したのだ)
そんなことは、きっと城の誰もが知っている。わかっていて認められなかったのはヒューゴだけだ。
(毛玉は自由を選んだ。何も持たない森の毛玉であることを望んだんだ……)
実際には、ミーヤは『とりあえず、一回帰りたい』といった気楽な気持ちで部屋を出ただけなのだ。
まあ、そのあたりの考え方が、自由と呼べないこともない。
それにヒューゴはミーヤの守護者となったばかりだ。縁が切れたわけではないのだから、そう落ち込むほどのことではない。
(随分と……醜態を晒してしまったな……)
それは間違いない。
ヒューゴが八つ当たりのように追放した政敵と、壊滅させた犯罪組織が若干気の毒だが、元々褒められた連中でないので仕方ない。
さて。
ミーヤがヒューゴの部屋を出て、すでに五日が過ぎている。
森の大きな木の下にも現れずに、ミーヤはどこで、何をしているのだろう?
読んで下さりありがとうございます。
今のままでも、ヒューゴは歴史の教科書で、
『毛玉皇帝』とか呼ばれる気がしますね。
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《次回予告》
その頃、ミーヤは……!
次話『第30話 だいしゅきポイント』
えっ?! なにそれ……!?




