《幕間》 影の人
毛玉はこれまで『愛されポイント』を消費して、三つのものを『生やした』。
一番最初は、頭のてっぺんの黄色い花。
これは出会い頭の事故のようなものだ。
わけもわからず『生やす』という言葉から植物のことだと思い、毒にも薬にもならない小さな花を指定した。転生チート小説の主人公が、まずは初級魔法を使ってみるような気持ちだったのだが……。
身体への追加オプションのことだとわかった時には、取り消しも変更も出来なくなってしまっていた。
幸い身体への害はなく、今も毛玉の頭の上でゆらゆらと揺れている。
二つ目は『白い翼』。
この時ミーヤは森の野生動物として、かなり吟味を重ねた。多くの生物が地上で暮らしている以上、危険時に空へと逃げられることは大きなアドバンテージになる。
最初の失敗を踏まえて、生やす場所や色もしっかり指定した。
ところが翼の飛行性能がイマイチだった。いくら思い切り羽ばたいても、蝶や蚊程度の高さと速度しか出せないのだ。
ミーヤは内心がっかりしたのだが、飛び跳ねながら羽ばたくことで、それまでよりも速く移動する技を身につけた。
それまで越えられなかった川や水たまりや、邪魔な障害物を越えられるようになったので、今ではけっこう気に入っている。
そして三つ目に生やした尻尾。
とても便利で使い勝手がいい。毛玉の世界は大きく広がった。
かなりの長さまで伸びるので、遠くの物に巻きつけて引き寄せたり、ヒューゴの部屋のポールハンガーにぶら下がってゆらゆら揺れたりできる。
さて、これら『生やしたもの』は、毛玉が人間になった時はどうなっているのだろう?
毛玉のてっぺんに生えている黄色い花。
これは人間になった際には、木彫りの素朴な髪飾りになる。あの融通の効かないシステムが、そんな配慮をしてくれるとは驚きだ。
それなら手を生やしても大丈夫なんじゃない?
ところが、そうは問屋がおろさない……らしい。翼と尻尾はそのまま生えている。
幸い、翼は小さいので畳んでしまえばそう目立たない。尻尾は収納可能だ。
だが、白い翼は天使と間違えられるだろうし、ライオン風味のお尻尾は悪魔のそれに似ている。
ミーヤはどちらも、決して人には見られてはいけないと思っている。
ちなみに、洗濯場でエレンに全裸で起こされた時は、すでに翼は生えていたが、洗い物に埋もれていたので見られずに済んでいる。
さて、ミーヤが診療所から直接ヒューゴの部屋に連れて来られて二ヶ月と少し。
すっかりお城での生活にも慣れた。
週に一度程度の、人間の姿になる際の対策もバッチリだ。洗濯場への安全なルートを開拓した。
それは――。
天井裏だ。
ヒューゴの私室の、備え付けのバスルームには配管のある天井裏への入り口があり、押してずらすと毛玉の入れる隙間ができた。
(こんなことができるようになったのも、翼と尻尾を生やしたおかげだね!)
天井裏はホコリっぽいし決して清潔な場所ではないが、森での暮らしを考えれば、そうは気にならない。
ミーヤは嬉々として天井裏の探検をし、洗濯場に続く道を見つけることに成功した。
城にはボイラー室があり、場内で使うお湯はそこで沸かして、各部屋へと供給されているのだ。
お湯や水をたくさん使う洗濯場は、太い配管がたくさん配置されていた。
ミーヤは人間になりそうな日……なんとなくムズムズしてきたら、天井裏を通って洗濯場へ行って、控え室で仮眠を取って人間の姿になり、服を着て出勤している。
そんなんでバレないの? などと言うのは野暮というものだ。ウルトラマンも仮面ライダーも、正体がバレないのは仕様なのだ。
ある日、ミーヤが天井裏を探検していると、天井板をミシリともさせずに移動している、黒装束の男を見かけた。
『天井裏』『黒装束』といえば……。
(忍者だ! 忍者がいる!)
ミーヤは気配を消して、コロコロと黒装束の男について行った。
(忍者は、スパイみたいな感じだよね? おんみつ活動……? 何を探っているのかな!?)
この黒装束は、いわゆる『王家の影』であり、敵国のスパイではない。以前ヒューゴの隠し子疑惑が浮上した際に、真相を解明したなかなか優秀な男だ。
ミーヤは野生生物なので、気配を消すことには長けている。それこそ、熟練の諜報員にも負けないほどに。
黒装束の男は、従業員の食堂の上で動きを止め、腰の物入れからラッパ状の金属管を取り出した。大きく開いた方を天井板に当て、反対側に耳をつけた、
(さいぞうさん、本物の忍者みたい! 手裏剣とか、持ってるかな!?)
ミーヤはさっそく呼び名を決めたらしい。『さいぞうさん』は、霧隠才蔵からの連想だろう。
ミーヤは黒装束の真似をして、そっと天井板に耳(と思われる部分)をつけてみた。
ガヤガヤと昼食を取っている人々の声が聞こえる。毛玉の聴覚は集音器なしでも精度は高い。
ざわめきに混じって真下にいる男性の声が聞こえてきた。
「最近、皇帝陛下は丸くなったと思わないか? 執務室では雑談もしておられるらしいぞ」
「雑談?! ……あの抜き身の刃物みたいな陛下が? 想像もつかんよ!」
ヒューゴの噂話だ。黒装束の男が小さなメモ用紙を取り出して、何やら書きつけている。
(へーかの、評判とかを、調べているのかな? じゃあ、さいぞうさん、敵じゃない……?)
ヒューゴの味方ならば、自分にも敵ではない。ミーヤは挨拶をすることにした。
コロコロと黒装束の前に転がり、身体を前に傾ける。ミーヤ的にはペコリとお辞儀をしたつもりだ。
黒装束はパッと飛びすさって身構える。しかし音はさせなかった。手には小さなナイフ。残念ながらミーヤの思うような卍形の手裏剣ではない。
毛玉の姿を確認して、スッと警戒を解く。
「け、毛玉様……?」
(毛玉さまって……、わたしのこと?)
ミーヤは首を傾げた……つもりだが、実際には全体的に傾いているだけだ。
(前に傾き、今度は横に傾いておられる……。具合が悪いのか? どうする?! 保護して陛下のところへお連れした方がいいのか?)
黒装束は、咄嗟に判断に困った。天井裏で捕獲のための大騒ぎをするわけにはいかない。
「毛玉様……、こちらへ……」
手を差し出し、囁くように呼びかける。
(陛下はどうされていた? 確か、シャツのボタンを開けて、腹のあたりをポンポンと……)
黒装束の男は、シャツのボタンを四つほど外し、腹をポンポンと叩く。
「毛玉様、どうか、この中へ……。天井裏は危のうございます。陛下のところへ帰りましょう」
ミーヤは男のあらわになった胸元を見つめて、目を丸くした。
(さいぞうさん、毛が生えてる!!!)
黒装束は毛深いタイプの男だった。ヒゲも濃いし胸毛もある。なんならチラリと臍毛も見えている。
だがミーヤは胸や臍に毛が生えている人間などは見たことがなかった。
美弥の父親も、ヒューゴも胸毛も臍毛も生えていない。
(な、なんで? さいぞうさん、人間じゃない?)
胸毛くらいで人外扱いされるとは……。
ミーヤはくるりと踵を返すと、一目散に逃げ出した。後にはシャツのボタンを四つも外して、呆然とする黒装束が……。
* * *
「……報告は以上です」
「ご苦労だった。下がって良いぞ」
夕方、影からの定期報告を聞くヒューゴに、男が顔を上げて言った。
「時に、陛下。天井裏で毛玉様にお会いしました」
「ミーヤに? ああ、最近は天井裏が気に入っているらしいな。何か問題があったか?」
「はい、あっ、いいえ。陛下の元へお連れしようと、こう……ボタンを外して呼んでみたのですが、お逃げになられました」
若干、申し訳なさそうに言う。
「そうか……。ミーヤはシャツの中には入らなかったんだな?」
対して、ヒューゴは非常に満足そうにしている。
「はい。脱兎の如くお逃げでした……」
「そうか。ミーヤは……、俺のシャツ以外には、入らないんだな……」
ヒューゴは口元を押さえて、ニヨニヨと緩む口を隠した。だが、声には明らかに喜色が滲んでいる。
「そうか、そうか……」
まだ言っている……。ご機嫌を隠しきれていない。
男はヒューゴの執務室を出て、自然な足取りで消えて行った。
すでに黒装束を解いた男は、どこにでもいる……毛深い下級使用人だ。
どの部署で、どんな仕事をしているのか、知るのは皇帝陛下と毛玉だけだ。
読んで下さりありがとうございます。
さいぞうさん、時々、打ち間違えて『さいとうさん』になってしまいます。
《次回予告》
物語が進みます。きっかけはミーヤの見た夢。
毛玉の見る夢は……?
次話『第28話 帰巣本能、または帰宅願望』
ああ、またタイトルでネタバレしてる……泣




