第18話 ミーヤの大ピンチ
頭に黄色い花を生やし、白い小さな翼でパタパタと飛ぶ毛玉。
そんな珍妙な生きものであるミーヤは、ちょっと難易度の高い餌場で他の小動物たちに遠巻きにされていた。
毛だけが生えている、純正毛玉だった時には無かった反応だ。今までは興味を示されたこともないが、特に避けられたこともなかったので、ミーヤは地味にショックを受けていた。
(鳥じゃないのに翼はダメだったかな?! それとも、植物じゃないのに頭に花が咲いてるから?)
考えてみたら、生物学的にかなりデタラメな存在になっている。
(こんなじゃ、誰も番になってくれないかも……)
ミーヤは成体ではない。毛玉年齢でいうと、おそらく前世と同じくらいの幼体だ。まだまだ番を探す年齢ではないが、少し不安になった。
自分がひどく奇妙なもののように感じてしまう。いや……それはあながち間違ってはいないのだが。
ミーヤはこの森で同族に会ったことがない。だから自分のことを、例えば渡りをする生物だとか、一族で引っ越しをしてたとかで、取り残されてしまった存在だと思っている。
きっと、どこかに毛玉の群むれがあって、そこにはミーヤの親毛玉や、兄弟毛玉がいるに違いない……そう思っている。
(だから大きな毛玉になったら、仲間を探す旅に出ようと思ってたのに……)
これでは生き延びて大人になったとしても、毛玉仲間に受け入れてもらえないかも知れない。ミーヤはちょっと泣きたくなった。
フルフルと丸い身体を震わせる。毛並みが水に濡れてしまった時によくやる動作だ。今は水滴ではなく、嫌な考えを吹き飛ばそうと思った。
(へーかは愛らしいって言ってくれたもん! 愛されポイントもたくさんくれた!)
国で一番偉くてあんなにキラキラしたヒューゴが、自分の姿を気に入ってくれているらしい事実は、自信をなくして萎んだ風船のようになったミーヤの心に、温かい空気を吹き込んでまん丸にしてくれた。
ちょっと調子に乗って、たくさんの毛玉たちにお姫さまのようにチヤホヤされている自分を想像してみる。毛玉たちが住んでいるのは、暖かくて危険な動物もいない天国のような場所だ。
毛玉天国……。果たしてどこにあるのか。それは誰も知らない。
(よし! 木の実をへーかにプレゼントしよう!)
いつも素敵な食べものをくれるし、何より『愛されポイント』をくれる人だ。今もヒューゴのお陰で元気が出た。大切にしないとバチが当たる。
ミーヤは毛並みで隠しているけれど、いつも小さなポシェットを肩から下げている。人間の姿の時に、古着を解いてちまちまと作ったものだ。
ナッツを五つも入れればパンパンになってしまう小さなものだが、『秘技ペッタンコ』でくっつかないものも入れて運ぶことができる。
(色紙に包んで渡せば、プレゼントだってわかってくれるかな?)
ミーヤはフンスと鼻息を荒くして、この辺りで一番おいしい木の実のなる木に向かった。
助走をつけて、ピョンと地面から跳ね上がりパタパタと羽ばたく。こうすると、ただ飛ぶよりも高く飛ぶことができるし、チョンチョン跳ねるより距離を移動できる。
目当ては大きな木の赤い実。今までは落ちて来るまで待つしかなかったご馳走だ。
外皮が硬くて日持ちして、中はもちもちと甘い。種の中身も食べられるのでミーヤはよく、木の下で辛抱強く待ったものだ。
何より、人間の市場では見たことがない。きっとヒューゴも食べたことがないに違いない。
(へーか、喜んでくれるかな?)
肩から掛けたポシェットに、あの実は二つ入るだろうか? もちろん、ヒューゴとミーヤの分だ。
(木の実を渡して……勇気を出して、一緒に並んで食べてみよう!)
まずは一番下の枝へと飛ぶ。トンと着地して次の枝を目指して羽ばたく。そうしているうちに、様子を伺っていた他の小動物たちが顔を出した。
ミーヤが自分たちを襲う生きものではないと判断したのだろう。小鳥の鳴き声も戻ってきた。
餌場がいつもの雰囲気に落ち着いたことで、ミーヤの警戒心が緩んだ。木の上という今まで縁のなかった場所は、地上よりも安全に思えたのだ。
突然、何かが、死角から襲いかかって来た。
ミーヤは目当ての枝で、咥えたお弁当の実をポシェットの中に詰めている時だった。
シュッと空気を切り裂く音が聞こえた瞬間、咄嗟にミーヤは音の聞こえたのと反対側へと跳んだ。頬のあたりに鋭いものがあたり、チリリと痛みが走る。
枝から落ちながら、落下速度を落とすためにパタパタと羽ばたく。ミーヤがいた枝には、大きな蛇が鎌首を上げて、赤い舌をチロチロと出してミーヤを見つめていた。
パクッと丸呑みされるところだった。間一髪である。
ミーヤは地面に降りると、後ろを振り返らずに一目散に逃げ出した。慌てていたので飛べることを忘れて、家まで跳ねて帰った。
寝ぐらの遺跡へと戻って巣材の上で丸くなる。ガタガタと身体が震えて、心臓のドキドキが止まらない。
(もう大丈夫。ちゃんと逃げ切れた。今日も生き残ることが出来た!)
頬には小さな傷が出来ている。蛇の牙が掠めたらしい。そう大きな傷ではない。
ミーヤは川で傷をよく洗ってから、まだ日が高いけれど寝てしまうことにした。
お弁当の実はポシェットには入っていなかった。逃げる途中でこぼれ落ち、どこかへ転がってしまったのだろう。
夕方近くに、ジクジクした痛みで目が醒めた。熱が出たらしく、季節は夏の盛りだというのに寒くてたまらない。
ヒューヒューと喉が鳴った。ミーヤは鳴き声を持たない毛玉なのに。
(ほっぺたの傷、蛇の牙で出来た傷だ。あの蛇は毒を持っていたんだ。水で洗っただけじゃダメだったんだ……)
体調不良の原因はわかったけれど、どうしたら良いのかわからない。毛玉のミーヤにも、洗濯下女のミーヤにも、薬草の知識はない。
妹尾美弥の頃は熱を出すと家族の誰かしらが、冷却シートをおでこに貼ってくれた。たまごの入ったお粥を食べて、小さな瓶に入った甘い風邪薬を飲めば、次の日の朝には元気になった。
今のミーヤは、それらを何ひとつ、手に入れることはできない。
浅い眠りと覚醒を繰り返して、どんどん体力が削られてゆく。まどろみの中で、チロチロと赤い舌を出す蛇の夢を見た。蛇は青くてきれいな目をしていた。
(こんなことなら『愛されポイント』で、翼じゃなくて毒消しとかの薬草を生やしてもらえば良かった)
『毒にも薬にもならない花』を生やすことが出来たのだから、可能だったはずだ。
ミーヤはダメモトで、頭の黄色い花をちぎって、もしゃもしゃと食べてみた。
(苦い……)
残りは傷口に貼ってみる。
人間ならば簡単だけれど、毛玉には大変な労力を要する動作だ。なのに少しも楽にはならなかった。
(ほんとに、毒にも薬にもならない花だ……)
無駄に体力を使っただけだった。そして、しばらくするとポンッと間の抜けた効果音と共に、寸分違わぬ同じ花が咲いた。
ミーヤは重い身体でノロノロと転がって、ポテポテンと壁の寝床から降りた。
水を飲もうと思ったのだ。水は人間の時に、小さな瓶に入れて置いてある。
ミーヤはもう、壁の寝床には戻れなかった。石室の冷たい床に転がって、また夢を見た。
暗闇から蛇がきれいな青い目で、じっとミーヤを見つめている。赤い舌をチロチロと動かす。あれは確か臭いを嗅いでいるんだよなぁと、美弥の知識が頭を掠める。
いつの間にか蛇の青い目は、ヒューゴのそれに変わっていた。
* * *
ミーヤはのそりと起き上がった。
ヒューゴに、また『愛されポイント』をもらえば、何とかなるかもしれない。翼が生えた姿を見せれば、また鼻血を出してくれるかもしれない。
“ヒューゴとの親密度、または好感度を上げる”
何とも即物的で、育成ゲームのペットにあるまじき思い付きだが、それだけ切実だったのだ。なんせ命が賭かっている。
ミーヤは弱った身体でヨロヨロ、コロコロと転がって、ヒューゴと初めて会った大きな木の下へと向かった。
ヒューゴが、そこに居てくれることを祈りながら。
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本日より1日1話投稿になります。
《次回予告》
毛玉、最後の力を振り絞り
――あの場所へ!
次話『第19話 名無しの毛玉』
ヒューゴの呼び声は届くのか……!?




