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正体不明の転生毛玉、人間嫌い皇帝の溺愛ルート入りました  作者: はなまる


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第14話 ミーヤのハムの人

 二週間にわたって行われた建国記念祭は、大きな問題や事件も起きず、本日、つつがなく終了した。


 洗濯部屋の下女たちも、明日からは普段の仕事へと戻る。

 みんな一生懸命働いたので、無事に特別手当も貰えるようだ。それだけではない。それぞれの持ち場の顔役たちから、少しばかりのご褒美を渡されたのだ。


「あたしはお客さまの、お部屋を整える仕事だったよ! おっかない顔をした侍女様と一緒でさあ……。どうなることかと思ったら、面倒見の良い人だったよ」


 エレンが鼻の頭を擦りながら言った。彼女は化粧が濃いので、夕方になると顔が痒くなるらしい。そばかすの何が悪いのか、ミーヤには全然わからない。


「お土産に、匂い袋を貰ったよ! ほら、すごく良い匂いなんだ!」


 目を閉じてスンスンと鼻を鳴らすと、春先に咲く花束みたいな白い花の匂いがした。袋には蔓草の刺繍が入っている。


 他の下女たちも、綺麗な模様の端切はぎれ布や小さくなった高級石けん、咲き終わりの花などを貰って、ほくほくと顔を綻ばせていた。お城の人には要らないものでも、庶民には嬉しいご褒美になる。


 ミーヤは厨房で端の欠けた焼き菓子や、潰れてしまったシュークリーム、スポンジケーキの切れ端を大きな袋にたくさん貰った。厨房の料理長はミーヤのお腹がキュルキュル鳴っているのに気づいていたらしく、すれ違う度にサンドイッチの切れ端を口の中に押し込んでくれたりもした。


 すごく良い人だった。ミーヤは心の中で料理長の更なる活躍を祈っておいた。ミーヤはただの毛玉生物なので、ご利益は期待出来ないけれど。


 ミーヤがモジモジと菓子入りの袋を差し出すと、下女たちはみんな全力で遠慮した。


「いいよいいよ! あたしらはお菓子だって食べたことがあるんだから! あんたが全部持って帰って食べなよ!」


 下女たちは敢えて聞くことはしなかったが、古びた服を繕って着ている痩せっぽちのミーヤに事情があることは知っていた。


「いっしょに、たべよう。りょうりちょうのおかし、すごくおいしいの」


 普段はなかなか口を開くことさえしないミーヤだが、今日は頑張ってたくさん喋っている。


 そんな様子が、遠慮がちに人のぬくもりを求めているように見えるのだろう。下女たちは胸が押しつぶされそうになった。


『ひとりぼっちで寂しいんだ……』

『ひどい暮らしを強いられているのかも……』


 確かに普段のミーヤの森での生活は、人間らしい暮らしとは言えない。けれど、ミーヤは森の毛玉なのだ。人間らしくなくて当たり前だ。


「そ、そっか! じゃあ、みんなで食べよう!」


 イレーヌが令嬢スキルを駆使して、安物の紅茶を三割増しで美味しく淹れてくれた。水飲み場で借りて来たコップを膝に乗せて、みんなで訳ありスイーツを囲む。


 少しずつ大事そうに焼き菓子をカリカリと食べるミーヤに、全員が齧歯類げっしるいを思い出したのを本人は知らない。


 それぞれが、持ち場であった出来事を話した。外国のお姫様の荷物が馬車に三台分もあったとか、お城の廊下が果てしなく広くて掃除が大変だったとか、ダンスを踊りながら男性の足を十四回も踏んでいる貴婦人がいたとか……。


 普段は洗濯ばかりしている洗濯下女にとって、可愛いお仕着せを着て華やかな場所で働いた二週間は、非日常的でとても楽しかったのだ。


 即席のお茶会のあとは、特別手当をもらって、みんなニコニコと嬉しそうに帰って行った。


 ミーヤは……いつも通り森へと帰る。最初の頃は一時間半もかかっていた道のりも、今は一時間かからずに歩けるようになった。


 歩きながらミーヤは、皇帝陛下であり、ハムの人でもあるヒューゴのことを考えていた。


   * * *


 確かに気がついた時は衝撃的だった。舞踏会の二日後にハムの人に会った時は、初めて会った時と同じくらいビクビクしてしまった。


 けれど、ヒューゴは少しも変わらず、ハムの人だった。気配を引っ込めて、きれいな色紙の上に、絶品ごはんを置いてくれる。


 ミーヤがパクリと口に入れると、眉間の皺が少し緩む。もぐもぐと噛みながら見上げると、口元がピクピクと痙攣している。


 どうしたんだろうと首を傾げると、ふっと息を吐いて……優しく微笑んだ……ように見えた。


(へーかが笑った?!)


 皇帝陛下は、人を斬る時にしか笑わないはずだ。ミーヤはまた怖くなった。


 瞬時に怖い想像が、頭の中を駆けめぐる。

 ヒューゴがあの恐ろしく整った顔で、残忍な笑みを浮かべながら、国宝の剣を振り上げて追いかけて来るのだ。

 ミーヤはガクガクと震えて、ちょっぴりチビってしまった。


 実際のところ――。


 ヒューゴは吹き出して笑ったのだ。まん丸い毛玉が、斜めに傾いたからだ。ミーヤは首を傾げたつもりだったが、全体が傾いていたらしい。


(ハハッ! 傾いておる! ちょっと縦に伸びておるぞ! 目がまん丸だ……なんだこの生き物は。たまらん。可愛すぎる……!)


 毛玉のことは、はじめて見かけた時から気になって仕方なかった。チョンチョンと跳ねる姿が面白い。どちらが裏か表かわからないのも興味深い。

 コロリと転がった時は、死んでしまったかと思い、大慌てで抱き上げた。


 小さな丸い身体に耳をつけると、トットットッと信じられないくらい速いリズムで心臓の音がした。暖かく微妙に弾力のある身体、ふわふわと手触りの良い斑らの毛並み。手の中に収まる命は、怖いほどに()()()()だった。


 どうやら自分の動作に驚いたために意識を失ってしまったらしいので、連れ帰ることははばかられた。

 仕方なく他の動物に見つからないように隠して帰ったが、城に着いてからもそわそわと落ち着かない。


 書斎で図鑑を開いたり、森の生物の生態に詳しい学者を呼んで質問したりしたが、毛玉のことは何ひとつわからなかった。


 自分が人や動物を萎縮させている自覚はある。戦場で身についた気配は鋭すぎて、意識しなくとも周囲を怯えさせる。


 今までは、それで構わなかった。

 恐れるのなら、勝手に恐れていればいいと思っていた。


 自分を戦場に放り込み、生きて帰れば驚いた顔をし、今度は笑顔とおべっかで使い潰そうとした。そんな人間しかいないこの城に、心底嫌気がさした。


 ……けれど。


 毛玉には、怖がられたくなかった。


 努めて薙いだ気配を心掛けたのは、毛玉を、ずっと見ていたかったからだ。


『意識を失うほどに驚いて、大丈夫だっただろうか?』

『どんな食べ物が好きなのだろう』

『どうやって接すれば、驚かせないですむだろう』


 そんなことを考えているうちに夜が明けた。そうしてポケットに寝酒のつまみのナッツを放り込み、朝陽が昇りきる前に再び森へと向かった。


 そうしてヒューゴは、ミーヤの『ハムの人』になったのだ。




読んで下さりありがとうございます。


人間の姿になったミーヤはとても口数が少ないです。まだよく舌が回らないせいもありますが、元々美弥も内弁慶で人見知りするタイプです。まあ、最近まで森の毛玉でしたからね。コミュニケーション能力は低いです。

春の毛玉投稿祭りも、次でラストです! ☆評価やブクマ登録、まだの方はぜひ!


《次回予告》

ようやく本文が『あらすじ』まで追いつきました。

ここからが本作のお楽しみです!


次話『第15話 パンパカパーン』

ついに鳴り響く、謎のファンファーレ!

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