第10話 靴屋の少年と赤い靴
街へ足を踏み入れた瞬間、「カーンカーン」という澄んだ鐘の音が響いた。
背の高い煉瓦造りの時計台だ。森の入り口で、風に乗って微かに響くこの音を何度か聞いたことがある。こんなにも大きく鮮烈な音色だとは思わなかった。
ミーヤは思わず、ぐるりと辺りを見回した。
煉瓦造りの家が立ち並び、屋根は赤やオレンジ色。そしてどの家にも煙突がある。
道は不揃いな石畳だ。美弥の知っている、整然とした街並みとはまるで違う。
人々の服装も、ゆったりしたシャツにベストや長いスカート、エプロンに頭巾。
色も形も素朴で、布は厚くて丈夫そうだ。
建物も服も、最初から最後までを人の手が作ったものだ。機械の痕跡がまるでない。
森にいる頃から、不思議には思っていた。
ゴミ捨て場にある物は、木や布ばかり。電気製品はひとつも見かけなかった。
夕焼けが消えても夜景が見えることはなく、街は暗闇に沈んでいた。そして、ハムの人は馬に乗っている。
もしかすると、美弥の知っている世界ではないのかもしれない。
そんな予感は、どこかにあったのだ。
街の風景も、行き交う人々も、まるで外国の絵本か、テーマパークのようだ。
戸惑ってはいる。
だが、全てが柔らかく温かみがあり、どこか懐かしいこの風景を、ミーヤは好ましいと感じた。
もともと文明とは無縁で森の中で暮らしている毛玉なのだ。突然、機械文明に放り込まれるより、この方が断然いい。
そして美弥は、ファンタジーが好きだった。お姫様と王子様が出てくる物語や、魔法使いが大活躍する映画が大好きだった。
目の前に広がる風景は本物だ。
ミーヤのテンションが急速に上がりまくった。
キョロキョロしながら、なるべく道の端っこを歩く。色々なものに目を引かれて、立ち止まってしまうからだ。
通りの家々は、どれも少しずつ色も形も違うのに、全部が親戚同士みたいだ。
(材料が同じせいかな? レンガと、丸い瓦屋根)
二階の窓の下には、黒い鉄の手すりがついていた。くるくると巻いた鉄が絡み合って、蔓草みたいな形をしている。
(なんだろう、あれ。落ちないようにする柵かな? 面白いなぁ!)
窓の形も大きさも色々だった。丸いのや半円の形をした窓もあり、細い木の桟がいくつも入っている。まるでお菓子の型みたいだ。
街には令和の小学生だった美弥も、森の毛玉のミーヤも知らないもので溢れていた。
しばらく行くと、道の両側に店が並ぶ通りに出た。風に乗って強烈な甘い匂いが流れてくる。見ると、カラフルな布の日よけを張った屋台がある。ミーヤは引き寄せられるように近づいていった。
屋台の前面は、細かく仕切られた木箱のようになっていて、中には色取り取りの丸い飴が入っている。飴は意外に大きくて、ミーヤがひとつ口に入れたら、話せなくなるだろう。
ごくりと喉が鳴る。拾った銅貨一枚で、買えるだろうか?
「いらっしゃい! 何味にする?」
店番の若い男の人が言った。ミーヤは巾着袋から、おすおずと銅貨を取り出して見せた。
「銅貨一枚だと、二つ買えるよ。どうする?」
ミーヤの目が大きくなった。
(二つも! こんなきれいで大きな飴を、二つも買えるんだ! お金ってすごい!)
ミーヤは悩みに悩んで、赤い飴と紫色の飴を選んだ。男の人は『毎度あり!』と言って、薄い小さな紙袋に入れて渡してくれた。
ミーヤはさっそく赤い飴を口に入れてみた。思った通りに、ほっぺたが痛くなるくらいに大きい。コロコロと転がすと、口の中いっぱいにイチゴの風味が広がった。
ミーヤは飴を舐めながら、通りの店を見て歩いた。どの店も、店先にゆらゆら揺れる木の看板がぶら下がっている。
看板には何の店か一目でわかる絵が描いてあった。
(あれは帽子屋さん、あっちは本屋さん。パン屋さんに、メガネ屋さん。カップから湯気が出てるのは、喫茶店かな?)
看板を見ながら、一軒一軒窓から覗いてみた。並んでいる商品や、何かの作業をしている人を見るのはとても楽しかった。
靴屋さんもあった。
革をナイフで切ったり、大きな針で縫ったりしている。
(靴って、ああやって作るんだ!)
ミーヤは気がつくと、窓に額をくっつけるようにして見入っていた。
「おい、お前!」
急に後ろから声をかけられて、ミーヤは少し飛び上がってしまった。
靴屋の戸口に、ミーヤより少し年上くらいの男の子が立っていた。靴を作っていた人と、同じ革のエプロンをしている。
男の子はミーヤの顔を見たあと、チラリと足元に視線を落とした。
「……なんだよ、その靴」
ミーヤもつられて自分の足元を見た。左右の違う、大人用の革靴だ。歩くたびにガポガポ鳴る。
「えっと……」
ミーヤは少し考えてから言った。
「おとうさんのくつ、まちがえてはいてきちゃったの」
少年はじっとミーヤを見て、それから、ぷっと吹き出した。
「嘘つけ。そんな間違え方があるかよ」
確かに嘘なので、ミーヤは黙っていた。
「よくそんな靴で歩けるなぁ」
揶揄うような口調だ。ミーヤはちょっとむっとした。
男の子は「ちょっと待ってろよ」と言って店の中へ入っていき、またすぐに戻ってきた。
手には、小さな赤い革靴を持っている。
「やるよ」
押し付けるようにミーヤに渡してくる。
「えっ?」
つま先の形が歪んでいる。縫い目も不揃いで、少し曲がっている。
「おれがはじめて作った靴なんだ。まだまだ下手くそだけど」
少年は頭をかいた。
「妹にやろうと思ってたんだけど、さっき喧嘩したから」
ミーヤはその靴と少年の顔を見比べた。
「……仲直り、すれば?」
「仲直りしたら、また作ればいいよ。これからも修行でたくさん作るんだ」
少年はあっさり言った。
言い方はぶっきらぼうだったけれど、どこか得意そうでもある。
ミーヤはそっと靴を受け取った。
赤い革はやわらかくて、まだ新しい匂いがした。左右の違う靴とは全然違う匂いだ。
ミーヤはその場で大人用の靴を脱ぎ、赤い靴に足を入れてみた。
驚くほど、ぴったりだった。
「おれは街一番の靴職人になる男だからな! そしたら、おれの最初の作品をもらったって、自慢になるぞ!」
男の子がふんぞり返って言った。
「うん、ありが、と」
自然に口から出た。思えば人と話すのもずいぶんと久しぶり……いいや、ミーヤとしてははじめてだ。
思ったよりも舌がうまく動かない。
ミーヤはふと思い立って、巾着袋からさっき買った飴玉の残りを取り出した。
紙袋からコロンと取り出して、男の子の手のひらに乗せる。
「ぶどうあじ、だよ」
ミーヤはふふふと笑った。人に物をあげるのが、なぜ嬉しいのかは、よくわからなかった。
男の子は手のひらの飴をしばらく眺めていたが、それをパクリと口に入れた。
大きな飴をモゴモゴと舐めながら、ミーヤのカーテンワンピースを見ながら言った。
「おまえ、服も変だよな」
聞き捨てならない。靴は確かに変だった。でもカーテンワンピースはミーヤの渾身の一作なのだ。
「じ、じぶんで、つくったの! うまくできたもん!」
ちょっと涙目になった。
「ええっ、おまえ、ちびすけなのに、すげぇな!」
褒められたら、涙が引っ込んだ。
「せんたくも、できる!」
ミーヤも胸を張って言ってやった。毛玉ではないので、胸の場所はわかっている。
「へぇ、それなら、城へ行ってみろよ! 洗濯下女の募集なら、いつでもしてるみたいだぞ?」
「せんたく……じょげ?」
男の子がお腹を抱えて笑いだした。
「あはは! 下女だよ、洗濯の仕事をする女の人のことだよ!」
「おしごと……?」
「そう。日雇いでも雇ってくれるって、親方が言ってた」
「ひやといって、なに?」
「おまえ、何にも知らねえのな!」
ミーヤは、またちょっとむっとした。ついこの間まで純正毛玉だったのだ。何も知らなくても当たり前だ。
ミーヤの頬がぷーっと膨らんだ。
それを見た男の子は、また笑いだした。ミーヤは彼と喧嘩になった妹の気持ちがわかった気がした。
「日雇いっていうのは、働ける日に働いて、その日に給料をもらえることだよ。ちょっと違うかも知れないけど……そんな感じ」
最後、ちょっと自信なさそうだ。
「えっ、すごい。わたし、いってみる!」
男の子の言っていた通りなら、ミーヤでも働ける。お給料をもらえれば、新しい布や糸も買えるかも知れない!
実はミーヤは、切実に作らなければならないものがあった。
……パンツだ。
人間を名乗るならば、履いていなければいけないだろう。
ミーヤはもらった赤い靴で、軽やかに駆け出した。
ミーヤの後ろ姿を見送りながら、男の子がポツリと言った。
「おれの最初の靴は、飴玉ひとつか……! ハハッ! 妥当だな! よーし、見てろよ!」
男の子は飴をガリッと噛み砕くと、腕まくりして店の中へと入って行った。
一方、その頃ミーヤは立ち止まっていた。
お城って、どこにあるの?
読んで下さりありがとうございます。
意外に順応力の高いミーヤ。さすが小学女子ですね。
そして履いてなかったんですね。そうっすよね……ゴミ置き場に下着は捨てませんもんね。拾っても着られませんしね……。
次回予告はどうですか? 好評ならば今後も続けます( ´∀`)
《次回予告》
街で出会った靴屋の少年。
そしてミーヤの前に現れる新しい道。
次話『第11話 洗濯下女のお仕事』
毛玉、まさかの就職!?




