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第2節 ノマデビュ3

『ただいまー』

「……おかえりー」

『あれ、靴……』


「あっ、お母さん帰ってきたの?」

「やばい」

「挨拶していい?」

「あ、はい」


 そのまま彼女は自室の扉を開け、帰宅したばかりの母と出くわす。

「うおびっくりした。えっ嘘でしょ彼女?」

「はじめまして、お邪魔してます。鴻乃柚葉です。射手場くんとは……あれ私たちって付き合ってたっけ?」

「付き合ってないです」

 やめてくださいそういうぶっこみするの。母も納得した感じで頷くのやめて。急速に体温が高まるのを感じる。めっちゃくちゃ恥ずかしい。

「いや、そうだよね。射手場美琴です、颯斗の母です」

 そうだよねやめろ。

「夜分遅くまでお邪魔してすみません! もう帰りますので」

「あ、そうなの? ご飯とか食べてかない?」

「めっっちゃご一緒したいんですけど、家にもうご飯あるので、残念なのですがお暇させて頂きます」

「あーそっか。ていうかごめんね二人の時間邪魔しちゃって」

「いえいえそんな! こちらこそお邪魔しちゃって。それに、ちょうど良いタイミングだったしね?」

「ああ、うん。送ってくよ」

「了解、ありがと!」

 妙にねとっこい視点を後ろに感じつつ、家を後にする。

 ていうか鴻乃さんは受け答えがしっかりしすぎだろ。普通に凄すぎてびびるわ。なんだこの高スペックギャル?


「お母さん、綺麗かっこいいって感じだね?」

「まだ普通に働いてるからかもね」

「そうなんだ。うちのお母さん普通に専業主婦だよ。私に似て美人だけどねっ?」

「逆だよね。はじめて聞いたね親のこと自分に似たっていう人」

「あははっ、そうとも言う」

 もう夏至も近い。八時の夜空はまだ太陽が名残惜しいのか、ほんのりと明るい。

 道中はずっと喋ってるわけでも無く、何か言うことが出てきたら喋る、みたいな感じ。お互い自然に振る舞ってる感じが居心地が良かった。

「私、押しかけ女房みたいな感じで迷惑じゃない?」

「いや全然。どういう例え? 俺たちって付き合ってたっけ? ……教えることで自分の知識の振り返りとかもできて、逆に教えられてるみたいな感じもあるからありがたいよ」

「そうなんだ?」

「俺、基本的には独学だからさ。あんまり実際の人との経験がないんだよね」

「確かに、射手場くん職人みたいな感じあるもんね!」

 どういうイメージなんだそれは。

「でも、鴻乃さんもその点一緒なのでは?」

「ね……そうだよね!? 私知らなかったよ~自分にこんな一面があるなんて」

「そうなんだ?」

 今度は俺が返す番だった。

「まあ、うん。だってもっと私軽薄なキャラだし」

「なにその……大分卑下した言い方じゃないそれは……?」

 おっ闇か?ってなるじゃん。

「そんなことないよー」

「……なんか鴻乃さんってちょくちょく闇がない?」

「う゛っ」

 貴重なギャルのダメージボイスシーンだった。

「まあ……うん。そうよ。私は意外と闇系なのよ」

 低くした声で芝居がかったセリフを吐くところにコミュ力の強さを感じる。あるいはオタクっぽさ……。

「どういうキャラ?」

「ふふ……ふ……ふはっ、あはははっ!」

 鴻乃さんが楽しげなので、自分もつられて笑う。

「なんか射手場くん地味にツッコミスキルが高くて、何というか悔しい気持ちになる」

「悔しい!?」

「おお、射手場くんがこんなに動揺してるのを初めてみる~。でもさ、なんだろ。普通に……あやばい、まじで闇なこと口走ろうとした」

「いや、流石に気になるので聞かせてもらえる?」

「いや……うーん。まあ射手場くんならいっか」

 そこで一旦彼女は口をつぐむ。カラカラカラと自転車のギヤが空転する音がやけに大きく聞こえた。再び聞こえた彼女の声は、何かを探りながら喋っているようだった。

 関係無い人だから話せることもあるのだろう。

「……射手場くんってさ」

「うん?」

「普通にコミュニケーションとれる人だよね」

「う、うん……そう、なのかな?」

 どこに向かう会話なのか分からず、妙に緊張してきた。

「私はもっと、あたふたさせるかな?って思ってたんだよね」

「ああ、まあ、そうかもな」

 まーじでどこに向かうか分からん。ので、一旦素直に聞く。

「私はさ、多分コミュ強、みたいな感じに思われてるでしょ?」

「うん」

「私、陰キャのコミュ障だから」

「はあ?」

 嫌な感じで言ってしまい、すぐに後悔する。

 ただ、言っていることがネガティブに意味不明すぎてちょっと攻撃的になってしまった。

「あはは、ってなるよね」

 痛々しい苦笑いだった。何でそんな表情になる?

「私さ、普通にみんなのこと好きなんだけどさ。なんか最近、疲れちゃうんだよね~。人間関係。正直とっとと家帰ってLoLのこと見るとかしてたいし。皆の顔色を伺いすぎちゃうし。なんかもっと、一人がいいなぁって。それで、なんだろ。いつも射手場くんクールじゃん? こういう人とあんまり付き合ったことなかったから、落ち着いた人間関係みたいなのが新しく出来たら素敵じゃない!? って思って、お声がけした次第なんですねー」

 地面を見て石ころを適当に蹴りながら歩いている彼女は、学校での煌びやかな彼女から真逆にいる感じがした。

「……そっか」

「……なんてねー! これ、全部嘘だから。演技です」

「なんだ嘘かよー、とはならないでしょ。あまりにも雰囲気が暗すぎる」

「そりゃそうか」

 いや、何いまのカミングアウト。重くないか?

「……でも、鴻乃さんほどの人でもそういうこと考えるんだなって安心した」

「安心?」

「うん……」

 今度は俺が少し考え込む番だった。なんとなく思っていることを言葉にしていく作業。この技術、LoLで結構養われた感じがする。

「なんか、今言ってくれたことのお返しって訳じゃないけど。俺、多分……学園生活を普通に送ってないことには負い目があるというか」

「えっ……そうなの?」

「俺って、確かにLoLに割いてる時間で言うと部活の人と本気度変わらないと思うんだけど、普通にアニメ見たり漫画読んだりは好きなんだよね。そういう作品のジャンルでも、学園ものとか良いなとは思うんだけど。ただ、どうせ陰キャだし、人付き合いよりもLoLのスキルを磨きたい気持ちが……なんだろ。自分に何か一つ誇れるものがあったらいいなって気持ちがあるんだと思う。けどさ、それって経験せずに逃げてる感じがしなくもないじゃん。LoLは卒業しても出来るけど、高校生活は人生で一度きりだよなーって。そう考えたら、優先順位は間違いなく高校を楽しむことなんだけど。……LoLに対する気持ちも本気だから、取捨選択のつもりではいるんだけどね」

 鴻乃さんはこちらを見ながら自分の言葉を聞いてくれていた。こちらとしっかり向き合ってる感じが、一人の人間として認められるというか……。そもそも基本人間関係を捨ててしまっているので、まともな人付き合いをしてるなーっていう充実感があった。あとは六十キログラムほどの恥ずかしさに押し潰されそう。

「鴻乃さんの話、人付き合いに何のプレッシャーも無い人だったら、うわー怖いなー別の人種だなーって思うけど、鴻乃さんが百パーセントそういう人ってわけじゃないのに皆と楽しく過ごして、皆に愛されてるのって本当凄いし、尊敬する」

 鴻乃さんは目に見えて顔が明るくなっていた。褒めて伸びるタイプってこと?

「そっかー……なんか……そっか。それはなんか、良い考え方ですね」

 跳ねるような、おどけた口調が心地良い。

「そうかな」

「うん、そうだよ。だって私が良いって思ったもん!」

「ふはっ、なんだそれ」

「ふふふ。え、でも射手場くん頑張ってるから良くない? めっちゃ文脈無視して言っちゃうけどさ! だってマスターだよ? 高1でそれだけ頑張ってきたんでしょ? 負い目は射手場くんが感じちゃうことだからアレだけど、でも私射手場くんのことめっちゃ尊敬してる。お互い尊敬してるってこと?」

 なんか……今の言葉が凄い刺さった。めちゃくちゃ。めちゃくちゃ嬉しかった。『それでも良いんだよ』って言ってくれて、認められるってことを自分がこんなに求めていたとは思わず、少しびっくりする。思ってた以上に、というか無視していたからこそ、やっぱり負い目があったんだなと気付いた。そして、それ以上に嬉しい。

「……まあそうなる? でも高1でマスターは別に早くないよ」

「え゛っそうなの?」

「韓国のプロとかは普通に中学生でチャレンジャーになって、そのまま高校生でプロデビューとかするね」

「……そうなんだ。射手場くんってプロ目指してるの?」

「んー……まだそこまで考えてないかな。まずはチャレンジャーになる。高校在学中にはなりたいけど、そこから先は全然分かんないね。なれなかった場合のことも、あんま考えてない」

「そっか~……凄いね。私なんて、漠然と進学かな~って考えてるぐらいだよ」

「既に進学を意識してるからあなたの方が凄いのでは?」

「ううん、違うよ」

 ずっと喋っているうちに、もう駅までたどり着いてしまう。歩みを止めると、彼女は少しだけ前に歩き、こちらを振り返る。

「私は漠然と生きてるだけ。射手場くんはしっかりと目標を定めて、それに向かって生きてる。本当凄いと思う」

「……そっか。ありがと。個人的には、やりたいことをめっちゃやろうとしてるだけで、現実逃避だよなって感じなんだけど」

「それで漠然とだらーっとしてるのが私だよ。射手場くんはしっかりと突き進んでるじゃん」

「なるほどなぁ……勉強になるわ」

「そう? ……また遊びに行ってもいい?」

「全然良いよ。気が向いたらおいで」

「……ちなみにさ、頻度とかってあげてもいい?」

「例えば?」

「週……2? とか」

 えっそんなに遊んでくれるんですか? とびっくりしつつ、顔に出さずに返答する。

「別に、まじでいつでもいいよ」

「まじ? えっ、でも私が行くと射手場くんのプレイ時間が減っちゃうよね?」

「えっ気にしなくていいけど」

「えっじゃあ週7でもいいんですか?」

「極端すぎるだろ。……あー、まあ週5ぐらいなら?」

「あはははは、許容しすぎでしょ!」

「それな。まあ言ったけどさ、まじで教えることでプラスになってる感じはあるんだよね。それに、教えるのが普通に面白いってことに気付いたのもある。鴻乃さんセンス良いし、コーチング付きだったらどこまで伸びるんだろ?ってのが気になるのもある」

「まじ!? どこまでいけそう?」

「流石にまだ分からん。三か月とかやらないと、伸び率が分からないでしょ」

「えっじゃあ三か月見てくれるの?」

「いや、全然いいけど。あなたがいいんですかって感じだよ」

「えっ見てもらいたいに決まってんじゃん! 私だって私がどこまでいけるのか知りたいよ!」

「んじゃ、とりあえず目標はダイヤだな」

「まだアンランクドだって! 初手の目標設定ミスってるでしょ!」

「じゃあエメか」

「普通にゴールドでいいじゃん!」

「いや……。んー、じゃあプラチナにしとくか」

「それも十分高すぎると思うけどなー……えっ、ゴールド目標を頑なに拒否られるの何?」

「……いや、まず、ここ二回の動きでしょ? それに既にLoLの知識があるでしょ? でしかも俺がコーチングするんだよ? 普通に余裕でプラチナはいける気がしちゃうんだけどな」

 鴻乃さんは顔がにやけそうになるのを抑えているような表情だった。……素直で良い子だな。

「……流石に褒めすぎではぁ?」

「これ褒めてるとかじゃないんだよね。ていうか俺は一貫して自分が思うことしか言ってない」

「……確かにそう言われるとそうかも。射手場くんって何考えてるかわかんない感じだけど、裏表も無さそうだよね?」

「……うん」

「あはは。何その神妙な『うん』。……じゃ、来週も今日みたいな感じで気軽に行ってもいいか聞くね?」

「了解」

 彼女は目を細め、にまっと笑う。

「じゃ、今日はありがと。あと送ってくれてありがとね! 帰り気を付けてね!」

「うん、こちらこそありがとう」

「じゃ、また来週!」

 そういい、鴻乃さんは手を振り駅の中に消えていった。姿が見えなくなり、自分も手を降ろす。

 彼女が人から好かれる理由が良く分かる。話していて嫌な感じがしない。あとは、こうやって本音っぽいことを話してくれる感じがするし、こちらも本音っぽいことを話すと、本能的に彼女に対する好感度が上がっていく感じがする。距離感のつめ方は怖いけど、話し上手で聞き上手。頭も多分良いし、計算も色々としているんだろうけど、それもどうでもいいと思わせる天真爛漫さ。まじで人付き合いチャレって感じだな。

 本当、偶然にも繋がるきっかけをくれたLoLに感謝だ。LoLに感謝なんて人生で初めてしたわ。なぜならLoLは人生だから。つまり、今人生に感謝してる。……って言い方をするとめっちゃ大それたこと言った感じするな。まあでも、ラッキーだ。


良い気分で家に帰ると、母親から当然の諮問会であった。

既に部屋着に着替え、テレビをみながら作り置きの夕食を食べている。

「おかえりー。で? 付き合えそうなの?」

リビングに辿り着くなりこれである。やめてほしい。

「あのねえ……付き合うとかじゃない。普通に共通の趣味があって喋り始めたってだけ」

「共通の趣味って何? LoL?」

「そう」

「は~~~? あんな子がLoLやってんの?」

「そうなるよね」

「あんたに気があってダシにしてるとかではなく?」

「どういう状況だよ。好きなストリーマーがプレイしててそれでハマったんだって」

「へ~~凄いねストリーマー。あんな可愛い子にLoLさせちゃうんだ」

「いや、本当それな」

自分も冷蔵庫から料理を取り出し、皿に盛り付けてレンチンする。

「え、で颯斗はあの子が好きとかじゃないの?」

「あの、本当にそういうんじゃないんですよね。あなた私のこと良く分かってますよね?」

「いや恋愛沙汰はしらんよ。ナミちゃん颯斗のこと好きだったのにあなたがもじもじして結局付き合ってないんでしょー?」

「まじでいつの話をしてるんだよ! 小学生で付き合う付き合わないなんてないだろ!」

「まあそれもそうか。また来るの? えっと、柚葉ちゃん?」

「ああ、うん。LoL教える」

「は~~ん。教えるねえ。あれ、あんた結局あがれてないんでしょ? チャレンジャー?」

「……まだあがれてない」

「まあでも、教えることで教わることもあるか」

「おお、流石年の功」

「うるさーい」

父親は単身赴任中、姉は大学で一人暮らしということもあって、今年から以前にも増して母と話す機会が増えた。多分、仲は良い方だと思う。割と若作りなこともあり、以前から姉と似たような接し方をしていた。だから俺みたいなマイペースな奴が出来上がったんだろう。

「まあ、多分来週以降も遅くなるし、お二人でお好きなようにお過ごしくださ~い。でもお相手とかご家族に迷惑かけないようにあんたが気を付けなね?」

「いえすまーむ」

放任主義ながらも釘を刺す、しっかりとした母であった。


夕食後にインQ(ゲーム開始)

初戦はケイトリンでレーン戦の有利を活かし快勝。

二戦目はゼリユーミ。レベル6タイミングで爆発し大キャリー。

三戦目はジンクス。カリスタレナータに苦しめられるも、チームが強くて勝利。

最初の三戦で勝利を飾り、この日の結果は5勝2敗。LPを60ほど盛って、上位250位のところまで来た。自己最高位の300位から更新だ。

あと百人抜けばグラマスになれる……。

知らない領域に突入したという緊張感と、一瞬で自己最高位を更新したことに対する呆気無さ、そして鴻乃さんのことが思い浮かんできた。

心が浮ついているような気がして気まずくなり、とっとと風呂を済ませて逃げるようにベッドに潜り込む。

なかなか寝付けず、先ほどのLoLの振り返りや、チャレンジャーまで行くために必要なこと、鴻乃さんのこと、と思考が巡っているうちになんとか眠くなってきた。

なんか、色々頑張りたいな。

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