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第9節 新シーズン2

 そして土曜日。

 十五時二十分、喫茶店レフュージにて。

 男女が二人で出かけたらデートだろうがよ。ってことで鴻乃さんとデート。勝ち。


 外でこそベージュのもこもこ服を着ていた鴻乃さんだが、店内に入りダウンを脱ぐと、ピンクのセーターに黒のミニスカ、そして黒い厚底ブーツがあらわになる。生足。正気か? かわいいけど。


 俺はアイスコーヒーを頼み、鴻乃さんはアイスカフェラテを頼んでいた。

 新シーズンのLoLの変化点に話が咲きそうになるのを、鴻乃さんが制する。

「……ってごめんごめん、今日はこれが本題じゃないよね。お話、聞かせて?」

 会う前は少し緊張してたけど、席に座ると妙に落ち着く。なんとなく、自分を客観視してるあの感覚に陥る。

 リミットテストと、ディテール。

「……最初に、本当はもう一歩だけ踏み込んで話がしたかったんだけど。今日にいたるまでにやり残したことが出来てしまったので、ちょっと内容がお試し版になります」

「……うん? チャレあがったら、って言ってたもんね」

 小首をかしげる。可愛い。いやそうだよね。

「そう。でも、佐鳥の件があったので、早めに鴻乃さんと話したかったです」

「うん。なんで敬語?」

「緊張してますからですね」

「ますからなんだね?」

 あれ、全然落ち着いてないな。

「……鴻乃さんさ、コーチに対して不満とかってある?」

「え゛っ……」

 濁点のついたうめき声だった。

「いや……な、ないよ? どういう話!?」

「……いや。佐鳥をコーチングに引き入れたのが、どうだったのかなって。ふと考えて」

 この言葉に、鴻乃さんは眉尻を下げる。

 改めて思うけど、本当彼女は表情が素直だな。

 言葉を選ぶように、慎重に鴻乃さんは切り出した。

「……まあ。ちょっとだけ、ふーんって感じではあったね」

「……どういう感じ?」

 まあ、面白くない感じは伝わってきたけど。

「……だって。私が一番弟子だもん」

 そういい、彼女はわざとらしく頬を少し膨らませる。

「いや、うん。そうだけど」

「私が一番弟子だもん!!」

「めっちゃ強調するじゃん。そんなにその地位って脅かされてたの?」

 そのままぷい、っと顔を逸らす鴻乃さん。そんなに? まあでも、心当たりがないでもない。

「……佐鳥、うまくなったよな」

 鴻乃さんは四か月でゴールド。かなり立派な成績だ。しかも、プラチナまで昇格。普通にゲームがうますぎてやばい。だけど、後から始めた佐鳥が三か月でゴールド。鴻乃さん視点だと、まるで自分が劣っているかのように感じるかもしれない。全然そんなことないのに。強いていうなら、佐鳥の方がゲーム全般の経験者だから、より一層鴻乃さんの凄さが際立つのだが、本人としては面白くないだろう。

 鴻乃さんがぼそりと話し始める。

「……まあ、なんとなく想像はついてたけどね。みんなで遊ぶ時、運動は慧くんが勝つ。その次に、莉々と陽くんが二位を競う。でも、ゲームの時は陽くんが勝つ。そこに私がコンテストする(競う)

 ふと、彼女が違和感なくLoLの用語を使っているのに違和感を覚えないことが、感慨深いと思った。

「でも、ゲームの時、多分私も陽くんも手を抜いてるんだよね。みんなにも楽しんで欲しいからさ。だから熱中はしてるんだけど、でも一歩引いてる。そんな感じ」

 鴻乃さんは横を向いたまま、一口カフェラテを飲む。

「少し気にはなってたんだよね。もし、私と陽くんがマジでやったら、どっちが勝つんだろうって。特に、射手場くんにLoLを教えて貰い始めてからはさ、ゲームに対して本気になることの良さを知っちゃったからさ。本気になると、理性が消えちゃって、みっともなくなるけどさ。それでも、むき出しの人間って感じで、それってなんか……めっちゃ純粋でいいなって思ったんだよね。めっちゃ大げさだけど、生きてるって感じで。ようやく生きてる……って大げさすぎるか! やばい、恥ずかしくなってきた! てかごめん、なんかめっちゃ一人で語っちゃって!」

 ふと我に返ったのか、鴻乃さんは顔の前でパタパタと手を振る。

「続けて?」

「……いや……面白い? この話」

「面白い。聞きたい」

「……おけー? ……えっと。陽くんか。……マジでやったらどっちが勝つか。これさ、最初のCSスコア、めっちゃ負けたじゃん。純粋な比較ができないのは分かるんだけど、それでもなんかさ……格付けされた感じしたよねー……」

 気持ちは凄い分かる。というか、分かってた。ゲーマーなら、あれが悔しくないわけがない。

 そして、鴻乃さんはゲーマーだ。気付くのが、あるいは「生まれる」のが比較的遅めだったかもしれないけど、それでも彼女はゲーマーだった。

「だから、そういう意味では陽くんを勝手にライバル視して、それで勝手にバフされたところはあるかも。……でもさ。絶対そんなことないって思ってるけどさ。射手場くんも、陽くんのこと教えるのが楽しそうだったから。ちょっとむむってしたよね」

 ……そうだったのか。確かにことあるごとにそういうポーズはとっていた。けど、あくまでポーズだと思ってた。なぜなら、彼女が絶対空気を悪くしないように面白おかしく言っていたから。だから、そういうフリというか、ノリだと思ってた。けど、あれはガチでもあったのか。

「射手場くん、陽くんを教えるの楽しい?」

 少し、返答に迷ってしまう。けど、嘘はつけない。

「楽しいね」

「……そっか。さすがだね」

 何がだろう。プラスでもマイナスでもなく、事実確認をしたって感じの発言だった。

 ……いや。てか、今まで良く分からないことは流してたけど。聞こう。

「さすがって、何が?」

 カフェラテに落ちていた目線が、こちらを向く。これでもかってぐらい、目が合う。

「……射手場くんはさ。才能に正直じゃない?」

「どういうこと?」

「……だってさ、男女二人で遊んでるところに……」

 鴻乃さんは途中で口をつぐむ。苦しそうに、眉をひそめる。少し迷って、言葉を続けた。

「……苦しいね。ゲームって」

 先ほどとは打って変わっての発言に戸惑う。すまん、全然付いて行けてない。

「……もしかして、男女二人で遊んでるところにきた男に、普通こんなちゃんとコーチングするのっておかしくね?って言ってる?」

「言ってることヤバいね、私」

「で、ちゃんとコーチングしてるのは鴻乃さんよりも佐鳥の方が才能が上だからなんじゃないかって?」

「……そんなこと、思いもしたくなかったけど、そうみたい」

「鴻乃さんはさ、佐鳥の方が自分より才能が上だと思ってるの?」

 本当に彼女は表情が豊かだ。今度は、怒りを隠しているような無表情だった。しかし、顔は強張っている。震えるね。初めて見る顔だ。

「……思ってるよ」

「そうなんだ。俺は思ってないけど」

 強張った表情のまま、沈黙が流れる。鴻乃さんは何かを考えていた。

「……それは、本当にそう思ってるの?」

「思ってる」

「……なんで? 陽くんの方がゴールドあがるの早かったよ?」

「まず大前提ね。あいつはゲーム経験者。他のアクションゲーをやってる奴の方が、当然このゲームも上達は早い。それに対して鴻乃さんは未経験。ほぼ初めてちゃんとゲームをやる。これってそうで合ってるよね? 他になんかめっちゃやってたゲームある?」

「……ないよ。ないけど……」

「それとね、このゲーム、七か月で上位15%到達は普通にヤバいから。格好悪いから言ってなかったけどさ、俺最初の半年シルバーだったからね?」

「…………そうなの?」

「そうだよ。むずいんだよこのゲーム。佐鳥が試合数回してないのに普通にゴールドあがれてるのは凄いよ。まじで凄い。けど、だから何? 俺はランク至上主義だから、才能なんてものそんなに重要視してない。十年やってプラチナと、一か月でゴールドだったら、そりゃゴールドの方が凄いかもだよ。でも、その時点でうまいのは十年のプラチナだから。ていうか、才能なんてどっかのランクでハードスタックしてからようやく、考えちゃうよね仕方ないよねって感じだよ。勝ち越してる中で才能云々はまじでどうでもいい、鴻乃さんも佐鳥も」

「……私、シルバーの時一回落ちたけど」

「それ言うならグラマスの時マスター落ちたけど。じゃあ俺は佐鳥より下か?」

「……そういう話かなあ」

「そういう話だよ。ていうか、こういう話なんだよ。負けって思ったら負けだし、負けてないって思ったら負けてないから」

 今、自信を持って自分はそう言える。

「………………」

「……鴻乃さんがここをこんな気にしてるとは思ってなかった」

「……なんなんだろうね私。私も、そう思う。変だよね」

「いや、思わない。完璧な陽キャの鴻乃さんが、意外とめちゃくちゃゲーマーで、同級生の男子に才能コンプ抱えてるなんて一面が見れたの、普通に熱すぎる」

「……なにそれ。普通に幻滅するでしょ」

「しない。だって、俺が通ってきた道と見覚えがあるから」

 俺には才能が無い。この一年半、ずっと思ってきたことだった。そして、そう思うたびに否定し続けた。負けって思ったら、負けだと思ったから。まだ俺はその道中にいる。

「鴻乃さんはうまいよ。才能を感じる。佐鳥からも感じるよ。けど、俺が共感するのは鴻乃さんだよ。負けても負けても、上達するためにそれでも試合を続ける。負けたら悔しいから。上達を感じたら嬉しいから。それって、鴻乃さんもそうじゃない?」

 何かしら、鴻乃さんにちゃんと響いたらしい。

「……そっか。射手場くんも……そっか」

 多分伝わったと思う。

 俺は決して勝ち続けてるプレイヤーじゃない。それこそ最近なんて一試合の差でチャレを逃すという、面白すぎる負けを経験したばかりだ。さすがに面白すぎる。面白さのおかげで痛みをなんとか無視できてる。痛いけど。めちゃくちゃ痛むけど。

 それに比べたら、鴻乃さんのは――いや。

 彼女にとって、少なくともゲームという新しい領域での負けは初めてだろう。そして、初めての傷はきっととてもよく痛む。

「このゲームはさ、楽しいだけじゃないってのは、もうよく分かってるよね。世間がイメージするゲームなんて、多分楽しいだけの享楽的なものだと思われてるだろうけど、このゲームは全然違う。楽しさなんて一瞬だよ。自分より早く始めた奴にランクを追い抜かれる痛み。負ける痛み。煽られる痛み。味方が弱すぎる痛み。相手のうまさに絶望するなんてしょっちゅうだし。だからこそ、この痛みと正面から戦ってる人をリスペクトしてるし、鴻乃さんのことも戦友だと思ってる」

 めちゃくちゃ喋っちゃった。でも、喋れて良かった。鴻乃さんの、嬉しそうで、泣きそうな、苦しそうな表情、これはクラスメイトどころか佐鳥だって見たことないんじゃない?

「……射手場くん」

「うん」

「私、次はエメラルド……いや。ダイヤモンドを目指したい。頑張りたい」

 その言葉にほっとする。もしかしたらやめるかもな、って可能性も考えはしてた。

「射手場くん」

「うん?」

「……私たちって、めっちゃくちゃランク離れてるけど。それでも戦友なの?」

「俺がさっき言ったことに鴻乃さんが共感するのなら、そうだと思うけど」

「……ふふ」

 不適な笑み。

「私は勝つよ。私は生まれたばかりのゲーマーだからね」

「戦ってこうぜ」

「うん。……射手場くん」

 今日めっちゃ名前呼ばれる。嬉し。

「待っててね?」

 え? グラマス? チャレまで?

 ちょっと待って、教え子のメンタリティが既にチャレなんだけど?


「あれ、てかごめんめっちゃ脱線しちゃった! 話!あるんだよね!」

 なんとなく照れ臭い雰囲気を誤魔化すため、お互い二杯目を頼んだ。

 待ってる間は当然LoLの話でした。新シーズンについて。

 そしてそう、私は話があるのでした。

「あーうん。うん。ある」

「射手場くんがうろたえてるの珍しっ」

「……うろたえてるのは鴻乃さんでは?」

 めっちゃ目線泳いでますけど、大丈夫?

「そ、そんなことないよ? 全然うろたえてない」

 めっちゃうろたえてる。……告白されると思ってるのかなあ。

 てか、ここで告白したらどうなるんだろ。振られるんかな。まあ、さっきの会話はいい感じだったけど、それとこれとは別、ってなりそう。

 ふう。息を吐き、吸う。

「まず最初に。佐鳥は、告白しましたか?」

「……うん。されたよ」

「……オッケーしたの?」

「…………それはさ」

 悩んでいるようだった。まあ、プライベートの話だもんな。

「……それは、射手場くん知ってどうするの?」

「次に話す内容が変わる」

「……オッケーした、って言ったら?」

「反応伺ってない?」

「伺ってない」

 ……そうか。…………そっかー。

「おっけ。じゃあ、ごめん、話は無くなったから――」

「う~……嘘だよー……ごめんて~……」

 ワッツ?

「え?」

「……オッケー、してないよ。付き合ってない」

 頭が真っ白になる。

「な、なんで……?」

「……言わないよ! 流石に射手場くんでも! あーもう、大体射手場くんなんて私のことどうでもいいだろうから、教えてあげなーい!!」

 なんか鴻乃さんおかしくなっちゃった。

「どこでそんな受け取り方をした?」

「もーだってそうじゃん!! 私の方が最初に弟子になったのに、どんどん伸びてく陽くんばっか熱入れてコーチングして!!」

 やばい話がループした。なんだこれ。なんのスイッチが入った。佐鳥か? また佐鳥なのか!?

「鴻乃さん、さっきその話いい感じでオチがつかなかったっけ!?」

「もう知らないよ!!! 射手場くんが悪い!! 私も悪い!!!」

 俺この人好きになって大丈夫そう? 面白いのでオッケーです。

「……じゃあ、その場合は話があるんだけど」

「それって、しなくちゃダメ!?」

 ちょっと落ち着いた……いや本当にちょっとって感じだけど、おどけた感じのエッセンスが戻ってきた。

「最初に言っておく――いやもう全然最初じゃないんだけど。あの、告白じゃないです」

「あ……っ。……あっ、そうなんだ」

 鳩が豆鉄砲を食らったようなとはこの顔のことを指す。

 一連の反応でほぼ分かった。これ現状ノーチャンや。コーチングを続けるにあたっての、関係が変わることへの恐れなんじゃないだろうか、そんな気がする。

「告白だと思った?」

「……え? じゃあ何話すの……?」

 ……この状態で話して大丈夫なんか? なんかもう一種のギャンブルだろこれ。

「賭けってわけじゃないけど……俺がチャレになったら、鴻乃さんのこと教えて欲しい。告白のことだけじゃなくて、色んなこと」

 パニックパニックだった鴻乃さんが一転フリーズした。終わりかこれ? 終わりやね。

「……はぇ?」

『は』と『え』の中間、日本語に無い発音。

「というわけで、話は以上です」

「えーーーー!? いやいやいやいや!」

 だってチャレになったら話すって決めたので。まじでとっととあがるぞ。

 というわけで撤収。さっさと二人分の会計を済ます。

 駅に送るまでの時間? LoLの話に漕ぎ付けたらもう勝ちっすよ。

「ていうか、何の話――!???」

 鴻乃さんは、構内に消える最後まで混乱していた。



 ここからの二か月間、俺はLoLの亡霊と化した。

 例外なく全ての日にプレイ。

 必ずしも順風満帆では無かった。

 教え子たちも、新しいランクで苦戦をしていた。苦しいねえ。佐鳥は明らかにやる気が落ちてないかお前。鴻乃さんを見習え。


 そして鴻乃さんと話をした二か月後。

 春休みに入った三月初週に、その日は来た。

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