第7節 冬休み前・芥野莉々視点
木曜日。
十二月に入り、急に冷え込むようになってきた。
先週までは日中なら袖をまくる、ぐらいだったのが、今週は日中でも二十度を切る。
一方マックの店内は暖房がんがんで、この気温調節の難しい感じに冬の到来を実感する。
セーラーの上に黒のセーターを着た、アイドル然とした女がポテトを口に運ぶのをぽけっと見る。ふと気になって口を開いた。
「最近陽介はどう」
「んー……真面目にやってる」
「なに、コーチング?」
「そう」
「んじゃ別にアプローチもされてないってこと?」
九月に陽介を詰めてからもうすぐ三か月。あいつの『正攻法』とやらがどれほど刺さってるのか、そろそろ確認したくなってきた。応援はまったくもってしてない。
「いや……んー。クリスマスに話があるって言われた」
「「えまじ!?」」
これまでスマホをいじってたはるも急に食いつく。
え、刺さってるやん。え刺さってるやん!
「え、どうすんの?」
「いや……どうしよう」
「割と前向きってこと?」
盛り上がってきた。
柚葉は困った笑いを浮かべながら頬をかく。可愛いなこの女。
「実際さ……話とか合うし。一緒にいて楽しいは楽しいんだよ? けど、付き合いたいかって言われると、なんかあんまどうなんだろうなーって……」
煮え切らねえな。
「二人で帰ったりしてんでしょ?」
「……してる」
「なに、一緒にいて楽しいし話が合うけど、なんか違うかもなー、で振られるの陽介? かわいそ」
はるが言葉を続ける。
「女って複雑ですな~。てか、逆にこれだから付き合うの微妙!みたいなのはないの?」
「……陽くん、友達感が強すぎて恋人感が無」
「「あー」」
「あと陽くん普通にウザいね!」
「いや本当それな」
「え~、それが彼の良さでもあるじゃないですか~」
同意する私に対し、はるは一貫してそこに可愛さを見出しているようだった。
「そんなの彼氏にしたいか?」
「私はありだけどな~」
「じゃあはる、陽くんと付き合えばいいじゃん」
「あ、大丈夫」
「なんで?」
「ん~、見た目?」
ルッキズムの権化め……。
「……陽くん普通に見た目は良い方じゃないの?」
「ビジュは良いよ~単純に私のタイプじゃないってだけ」
「なるほど。……はぁ……」
「うわめっちゃ溜息つくじゃんゆず~」
「いやさ……恋愛かあ。どう、はる。楽しい?」
「別れました~」
にっこり、はーとみたいな表情で返答するはるに驚く二人。
「嘘!?」「まじ?」「え、三か月ぐらいだよね?」
「えうん、普通になんか違くて振りました」
「なんでー?」
「う~ん。店員への態度が悪い?」
「あーね……」
「そんなんばっかじゃんお前」
「男らしいのと粗暴なのは違うよね~」
「それを付き合う前に見極めろよ」
「それな~~」
つくづく軽い……。
「莉々はなんかないの?」
「無い」
「……慧君とはどっかいかないの?」
は?
「なんで私が慧の阿呆とどっか行くんだよ」
「あは、恥ずかしがってるところ悪いんだけど、陽くんからリークがありました……」
「あのバカまじでゴミ」
あいつまじで本当……。こういうところだろ。
「……私の話はいいよ、後でするつもりだったし。それより柚葉はどうすんの、陽介。迷うぐらいにはときめいてんでしょ?」
「んー……」
彼女が乗り気でない理由はまだ分からないが、もう一人気になる名前を挙げる。
「射手場?」
「……なんで射手場くん?」
「逆に射手場以外に誰がいるんだよ」
……それはそうか、って感じの顔を浮かべる柚葉。この子も詰めが甘いところあるよな。
「いや、別にそういうわけじゃないよ。……ていうか射手場くんだよ!」
ん?
「そもそも射手場くんが悪いんだよ!陽くんなんて明らかに私目当てなのに、LoLに可能性感じた途端、コーチングしてみるかってなっちゃって!」
恋愛話から急にコーチングの話に変わるのを見て、はるがストップをかける。
「ちょっと待って、ゆっくり聞くから私はポテトを継ぎ足します」
「あ、私はコーラ」
「……私もコーラ」
物資を調達した後、この二か月のあらましを柚葉は語った。
LoLが上達してきたこと。射手場の教え方がうまいこと。上達するのが楽しいこと。そんなタイミングで陽介が来て、ちょっと教えてくれる時間が減ったこと。柚葉の方が先に始めたのに、陽介が凄いスピードで上達してること。
柚葉ははるからポテトを奪いつつ、引き続き愚痴を吐く。
「でさあ、射手場くんも陽くんの上達が早いからって……いや、平等に見てくれてるけどさ! でも私が最初にコーチングお願いしたのにさ……!」
そんな柚葉を、じとっとした目線で見る。
「柚葉さあ……」
「な、なによ」
「射手場のこと好きなん?」
柚葉は大きく目を見開く。いや驚きすぎだろ。
「……異性としてってこと?」
当たり前のこと言わせんな。
「…………な……んで急に?」
全然急じゃないだろ。
「いや、射手場の話ばっかしてるから」
黙っていると、はるが意味不明なことを言い出す。
「とりとりはゆずのこと好きでしょ? でゆずがてばくんのこと好きで、てばくんがとりとりのこと好きだったら恋の三角形かんせ~」
何を言ってるんだこの女? 柚葉も完全無視だった。
「……んー、恋愛的に好きとかは考えたことないかも」
「んじゃ人間的には?」
「え、めっちゃ好き」
……なんだ?この女。
「……どんなところが?」
「ゲームがうまいでしょ。教え方もめっちゃうまいでしょ。落ち着いてて安心するでしょ。お話も楽しいでしょ。んー……あ、声も好き」
「それ好きじゃないの?」
「……異性として?」
つい、ふっ……と鼻で笑ってしまう。
「……分かんない」
「んじゃ、それクリスマスまでに考えとかないとな」
「え?」
「だって、陽介から告白されるんでしょ、クリスマス」
そうだった、どうしよ、みたいなこと考えてそうな、難しそうな顔をしている。すると、はるが今度は人間の言葉で話す。
「ていうか、そんだけ好きなら普通に好きにならん? 逆になんでゆずは違うの~?」
柚葉は困った表情を浮かべる。
「……私、得意なことなにも無いからさ。けど、真剣にハマれたのが初めてだったんだよね、LoLが。で、それを今真剣に打ち込める環境がありがたいことに出来たわけじゃん? そこに恋愛を持ち込むのって、違くない?って思うんだよね。だからかな」
なるほどね。こいつ射手場と同じこと言ってないか?
私は納得したけど、はるは違うようだった。
「別に~両方打ち込めばよくない?」
「……まあ、私は柚葉の気持ちが分かる気するけど。ただでさえ三人でやってんでしょ? 絶対グズるじゃん」
「うまくやればいいと思うけどな~」
「できなさそーって思っちゃうわ」
「でも~……でもさ。それじゃ恋愛面でも真剣にやってるとりとりが可哀そうじゃない? なんならてばくんもそうかもでしょ?」
「射手場くんがなにって?」
「え、だからゆずのこと好きかもって」
「は!?……射手場くんが私のことを好きは無いと思うけど」
「「なんで?」」
ハモった。
「え、だって半年いたら分かるくない?」
まあ、それもそうか。と、納得した私に対して、またはるはそう思わなかったらしい。
「……逆にさ~、好きでもない人間に、超上級者が半年間ゲームを教えることなんてある?」
「それは……ある、かも、しれないじゃん」
「てかなんならさ~、ゆずが真剣だからこそてばくんも抑えてるみたいな可能性すら出てきてない~?」
なるほどね。急に鋭い考察するじゃん。
「あー、確かに。めっちゃありそう。射手場もストイックそうだし」
「鳩豆~」
確かに、今の柚葉の顔は辞書に参考図として載せていい。はるは言葉を続ける。
「ゆずちん、てばくんは恋なんかしないって思ってな~い?」
え、いやいや、うそまじ?(いやまじかも……)、みたいな顔。まじで全然考えてなかったなこの女。つくづく恋愛脳じゃないというか、こいつもこいつで魔性というか……。
「柚葉、さっきも言ったけど。それ、クリスマスまでに考えとけよ」
「……はい」
何かしら響くところがあったのか、柚葉は真剣な面持ちで頷く。
まあ、何か進むだろこれで。
クリスマス楽しみになってきたな。慧のこととかどうでもよくなってきた。
「……じゃ、次私のターンね。慧君のこと聞かせて?」
……クソ、逃げれなかった。




