第1節 ゲーマー・ミーツ・ギャル1
高校に進学して早一か月。生活が大きく変わるイメージもあるが、俺に関してはほぼ変わってない。
少し遠い高校なので、起きる時間が八時から七時半に変わった。自転車通学は変わらず、漕ぐ時間が伸びた。八時四十五分始業。十六時半終業。十七時過ぎまでには帰宅するという帰宅部の本分を全うして、十二時に就寝するまで飯、風呂、宿題、LoL。以上。
「えー各先生方からも伝えられてると思うけど、来週から中間考査があるので、今週末は勉強だけじゃなく、しっかり気力を養って、体調に気を付けて過ごして下さい。それじゃ」
仙人みたいな白髪髭の担任の言葉を受け、学級委員長が号令を出す。
「起立、礼」
「「ありがとうございました」」
ありがとうございました、と眼前の机を見つつ小さな声を出す。
礼が終わるのと同時に、クラスの真ん中ではリア充グループが早速集結していた。
「おっし、じゃあマック行くか」
「おけーい。ゆず―行くよー」
「ちょっとまってー! 今日日誌当番だって!」
「待つから! はよ書いてはよ書いて!」
「わかってるってば~~!」
男二人に女三人。素晴らしきかな学園生活。これこそ望むべきハイスクールライフというものだ。
そんないかにもな高校生達を横目に、既に脱出の用意が整ったリュックを背負い高校を後にする。
周りからしたら存在してない陰キャ。でもそれでいい。俺の戦場はここじゃない。
一応進学校に合格したためなのか、陽キャはいれど不良っぽい奴は少なくともクラスにはいなくて、生徒は落ち着いた感じの人たちが多い。俺みたいな陰キャも中学から増えた感じがする。適当に喋るクラスメイトもいるし、休日に干渉されることもない。世間一般からすれば先ほどの陽キャ達こそが完璧な高校生活なのだろうが、俺にとってはこれこそが完璧な高校生活だった。
完璧じゃないのはLoLだった。
画面に映る敗北という文字。―21LPされ、今やマスター12LP。ラダーはとうとう501位まで落ちていた。どうしてこうなった。
マスターに上がったのが中学二年の時。そこからもうすぐ一年と半年が過ぎる。
このゲームはランクが一年に一回、一月初頭にリセットされる。
中二の冬ではマスターの300位ぐらいまで上がった。あと150人抜けば中間目標のグランドマスターになれる。まず中三の上半期にグランドマスター、下半期にチャレンジャー。これで行こう。そう目標設定をしたが、現実は簡単ではなかった。
パフォーマンスが安定しなかった。勝てる時は何連勝もして、負ける時も何連敗もする。マスター最下位と300位の間を行き来した。
何とか上半期に、グランドマスターまであと一歩——……というところで、大崩れした。
十二連敗。二日はやる気が起きず、PCを起動すらしなかった。
結局、中三の結果はマスター332位。昨年の自分すら越せず、鬱屈とした感情を抱いた。せめて333位なら笑えたものを。
俺はどちらかといえば冷静に物事を考えられるタイプだと思っている。このゲームが五人対五人の対人戦である以上、もちろん味方運というものはあるが、じゃあ運だけでチャレンジャーになれるのかというと絶対にそうではない。得意チャンプが現環境にちょっと合っていない、操作面では互角だと思うが知識面で足りてない部分がある、等々、考えられる要因は色々ある。
それでもとにかく、プレイするか、プレイ動画を見るか、解説を見るか――LoLに触れないことには道は開けない。その強い信念で、苦しい戦いを続けた。
『もしかしたら中二の冬で成長が止まってしまったのかもしれない』なんて妄言、クソくらえだ。そうやって弱気を追い払った。
『ここ、ここなんだよね。ここでTOPもMIDもクッキーを2つ持った状態でファイトしてるの。エクシードもADはクッキー2つ持ってるけど、UFは明確に意図して集団戦前にクッキーを残してるのよ。で、改めて見ると。ほらね、これランブルはクッキー無かったらデスしてたでしょ?』
へー……なるほどね。確かにクッキーの回復量はえぐいもんな。
金曜の五限終わり。中間も午前中に終わり、クラスには弛緩した雰囲気が流れていた。
その間も俺はひたすら、プロの試合や解説動画を見続ける。
このゲームは操作のうまさだけじゃ勝てない。ここから更に上達するには特に知識が必要だと考え、なんならテスト期間中だって休み時間は普通に動画を見てた。テストの出来? とにかく空欄は無くしました。偉い。
なんて阿呆なことを考えていると、とんとんと肩を叩かれた。めっちゃびっくりしたのを何とか押さえつけ片方のイヤホンを取り振り返ると、おおよそ俺には縁の無いギャルいお方が立っていた。
「ねえ、それLoLの動画だよね?」
「えっうん」
鴻乃柚葉だ。クラスの中心人物で、「完璧な高校生活」の人。普通に可愛いが、自分に関係無い人なので興味は無い。無いというか失くしといた。あってもしょうがない。
そんな人に喋りかけられてるので当然浮足立つ。地毛だろうけど色素の薄めな、肩に少しかかるぐらいの髪が、馬鹿みたいにさらさらでびびる。
「えっ射手場くんってLoLやってるの!?」
は? な、なんで? ――ああ、彼女は左後ろの席だ。俺が動画を再生しているのが見えたのか。
「やっ……てるよ、うん」
「そうなんだ!」
正直あんまりウケのいい趣味だとは思ってないので、口ごもりながら答える。彼女は周囲をちらっと伺い口を開く。
「私、ストリーマーのプラウドさんが推しでさ……! で、ここ最近プラウドさんLoLにはまってて、私もLoLのこと気になっててさ……!」
この前動画で見かけた名前だ。
「あー……えーっと、FPSの元プロの人?」
「そうそう! 分かる!?」
元々、LoLはプレイヤーの治安が悪いことで有名な、知る人ぞ知る悪名高いゲームだった。それが近年ストリーマーの力によって悪名が浄化傾向にあり、新規参入が増えているとは聞いていた。クラスのギャルまで見てるってのは聞いてない。
「そんなには知らないけど、ストリーマー大会みたいなのに出てたよね? 専門外のジャンルでも流石にプロって感じで、初心者なのにめっちゃうまかったね」
「そうなんだよね! 射手場くんはLoLメインの人?」
ストリーマーを見る人っぽい聞き方だ。ゲーマーの中でもおおまかに一本のタイトルをやり続けるタイプと、色んなゲームをやるタイプの二つに分けられる。その分類だと俺は完全に前者。
「そうだね、LoLメイン」
「そうなんだ! 結構やってる?」
「まあ、うん。かなりやってる」
「えーそうなんだ! ってかLoLのこと色々教えてよ! 私も勉強してるけど無限に分からんし!」
「あ……ああうん、いいよ」
正直そんな時間ないんすわ、とは言えなかった。鴻乃さんが可愛すぎたし、役得すぎた。LoLをやってて役得することなんて多分人生で一回も無いと思うので、人生一度きりを楽しんでおく。
この時点でも面食らっていたが、彼女の次の発言でいよいよ意味が分からなくなってきた。
「えっ今日の放課後って暇?」
「えっうん暇だけど」
「おっけー! 射手場くんって電車?」
えっ。
「いや、チャリ通」
「あーどっち方向?」
「エディオンの方抜けてく」
「あーそっちなんだ! あ、エディオンの交差点って喫茶店あるじゃん? あそこで待ち合わせしよ!」
「? あ、お、了解……」
「じゃまた後で!」
何この、何?
どういうイベントこれ? 美人局か?
ぶわっと一人で話して、彼女はすぐ左後ろの自席へと帰っていく。着席した彼女と目が合うと、彼女はにこっと笑ってきたので、軽く会釈をしてイヤホンを再びつけつつ前を向く。解説の声は全然入ってこなかった。
どういうご縁? ていうかこれ何? 頭の中はハテナだらけだった。




