第6節 変化の秋1
翌週。
流れに流れた変な噂は、今週になって大幅に鎮静化した。
正確には、「鴻乃さんと佐鳥が二人で帰ってて、二人は付き合い始めた」という噂が、「鴻乃さんと佐鳥が二人で帰ったことがあったけど、付き合い始めたというのは間違ってて、鴻乃父の誕プレ選びに佐鳥が付き合ってた」という内容に変わっていた。
それと、昼休みにご一行五人が話をしていて、鴻乃さんに彼氏がいないということも露骨に話題にあがっていたようだ。これ、芥野さんがやってんのかな。まじで諜報機関の人?
ちなみにオタク三人は話に夢中で何も聞いてなかったので、掃除の時に安藤から聞き、伊野と二人ではえーと呟くハメになった。
火曜夜に鴻乃さんからメッセージがくる。
『先週キャンセルでごめんね!てか何か先週私の変な噂立ってたけど聞いた??また水曜に話す!!』
とのこと。
そして水曜放課後、喫茶ブルース。
鴻乃さんは犬を彷彿とさせるぴょんぴょん具合でこちらに駆けてくる。
「うあーーー先生なんか久しぶり!!」
「教室で会ってたじゃん……?」
「いや、なんか先週慌ただしくてさあ!とりあえずいこ!」
鴻乃さんは大分元気な様子だった。トラブルを乗り切った感じの雰囲気。そらそうですよね。無事解決したようで良かった。でも具体的に何があったのか、聞いていきましょう。
「なんかさあ! まだ射手場くんとの噂が出てくるのは分かるよ!? でまあ、実は一緒にゲームしてて、って、普通に話さなきゃかなー、とか思ってたら、なんで陽くん!? まじで意味不明! で、結局なんか陽くんが友達とぼやかしながら話してた内容が意味不明に拡散しちゃったとかで、昨日謝られた」
結局あいつだったのかよ。
「お疲れ様?」
「本当お疲れ様だよ! なんかいつもよりめっちゃ見られるし、なんなん!?って感じ。一緒に帰ってるの?って聞かれて違うよ!って返しても、なんか照れ隠ししてるみたいな感じにされるしさあ! 否定するのも段々疲れてくるし!」
めちゃくちゃぷりぷりしてる……。
「先週キャンセルになったのはそれが理由?」
「水曜は本当にパパの誕プレ探しだった! で金曜はお邪魔する気まんまんだったのに、流石に噂のタイミングで一緒に帰るの気まずくて、流石にキャンセルしちゃいました。ごめんね?」
「謝らなくていいよ……被害者だし」
「そうだよね!? まあでも、ごめんね」
「あうん、いいですよ」
「寂しかった?」
昨日の今日でよくそのムーブが出来るな……。
「……まあ、ちょっとね」
「あはっ、そっか。私も寂しかったよ」
グサ。その言葉流石に効くけど。こう……天然で可愛さを振りまいてるからこういうことになるんじゃないでしょうか。……やっぱりただの被害者ではないのでは? なんとなく佐鳥に同情する。ていうか流石に一言言いたくなってきた。
「……そういうセリフ、多分男子は勘違いするぞ」
「え? 寂しかった?」
「そう」
「……そっか。ごめん」
「あいや、ごめん責めるつもりじゃなかったんだけど」
「ううん。ごめんね」
鴻乃さんのテンションが目に見えて落ちた。気まずいし、申し訳ない気分になる。
「……でもさ、寂しかったのは本当だから」
「はい」
「……ごめんごめん! 変な空気にしちゃったね、LoLの話しよ?」
「おけ」
トラブルを乗り越えてウキウキの鴻乃さんの気持ちを阻害してしまった、やっちゃったという感覚と共に、自分は今の言葉を吐くべきだったのか反省する。
でも寂しかった、俺も、なんて会話、カップルがすべき内容じゃないのか?
コーチングという関係をある程度無視した際の、俺と鴻乃さんの関係ってなんだ? 友達同士の会話ってそんなもんか?
……色々と考えるけど、結局直接話し合った方が良いよね、という結論にいたる。
だけど、それを彼女と話す勇気は現時点で無かった。
勇気を持つべきかすら分からなかった。
その日の会話はなんかちぐはぐな感じで終わった。
金曜日。
前日にはまた自宅に来る旨の連絡が入っていた。
それ以外には学校でも、ラインでも、特にやり取りは無かった。
別にこういう時もある。ラインが途絶える時もあったし、学校で会話することなんて稀だ。
でも、なんとなく良くない感じがするのは気のせいだろうか。鴻乃さんはいつも通りで、俺がいつもと違うのかもしれない。
なんかそんな違和感を覚えながらブルースで待っていると、うちの制服の男女二人が喋りながら近付いてくるのが見える。待ち合わせ見られるのよくないよな、隠れようかな、と動こうとしたところで、その二人が誰かを認識した。鴻乃さんと佐鳥だった。
え? これ……どうするべき?
スマホを見ても、特に連絡はない。ということはコーチングはやるってことだと思うけど。
「うっす、射手場」
笑顔を浮かべる佐鳥に対し、鴻乃さんは明らかに不機嫌そうな感じだった。
「……えっと?」
そう言うと、二人は目を合わせる。ん、と鴻乃さんが催促し、佐鳥が口を開いた。
「俺もコーチングしてくれ」
「は?」
またよく分からん展開になってきたな……。
自転車を押す俺を先頭に、二人が後をついてくる。
「佐鳥、LoLやってたの?」
「いや、今日知った」
「なめてんだろお前」
「一旦体験入学させてくれよ! それならいいだろ?」
鴻乃さんを見ると、つまらなそうな顔で小首をかしげる。陽くん好感度ヤバない?
「鴻乃さんがいいならいいよ」
「……それを決めるのはコーチじゃない?」
突き放すような言い方。こええですわ。
「別に俺はいいけど、本当にやるんだとしたら鴻乃さんのコーチングの時間が当然少なくなるから、それがいいならいい」
「じゃやだ」
「だってさ、どんまい佐鳥」
「まあまあまあまあ!いったんね、体験で最初見させて貰ってってので、それでもダメ?」
「ダメ」
鴻乃さんは断固拒絶モードだった。鴻乃さんの佐鳥への好感度は非常に低く見えますが、佐鳥さんはどうお過ごし?
「ダメか? コーチ」
こいつの魂胆はあまりにも見え透いてる。十中八九、というか十中十、鴻乃さんと一緒にいる時間を増やそうとしてる。
それが分かっているから、LoLに真剣な鴻乃さんからしたら迷惑以外の何物でもないだろう。
……でも、ここで門前払いもなあ。
「ちょっと鴻乃さんと相談していい?」
「是非是非」
不機嫌そうなまま、とてとてとこちらに駆けてくる。
「断固NGレベルでダメ?」
「……そういうわけじゃないけど。でもさ、LoL知らないのにコーチング受けたいって、意味不明すぎない?」
「本当それすぎるんだよな……」
「普通に邪魔しに来てるとしか思えないよ」
「逆に、断固NGではないのはなんで?」
「……陽くん、普通に運動センスもいいしゲームうまいんだよね」
「あー……普通にハマる可能性もあると?」
「……うん」
現状望ましい人物ではないけど、自分が好きなLoLを好きになる人が増えるのは嬉しい、みたいな複雑な乙女心でしょうか。知らんけど。
「じゃあまあ一旦様子だけ見て、シンプルにコーチングのし甲斐が無さそうだったら断る、ってのでどう?」
「……まあ、それなら」
振り返り、佐鳥に声をかける。
「体験入学ならおっけーだってよ」
「あざっす!」
弾けるようなこいつの笑顔を、好ましく思うべきか、そうじゃないのか、微妙なところだった。
……いや普通に好ましくはないが。でもいい笑顔すぎね、なんともいえない感情になる……。
「え、ゆずスクバにPC入れてたの?」
「そうだよ。めっちゃ筋トレ」
「それ片方の腕だけムキムキになるやん」
「それが嫌だから毎日持つ手変えてんだよね」
「めっちゃケアしてんじゃん」
「それな」
コーチングをはじめて何回かで部屋に導入されたちゃぶ台も、今や鴻乃さんの定位置である。勝手知ったるでテキパキとPC環境をセットアップしていた。
あれほど嫌そうだった鴻乃さんだけど、なんだかんだで二人の会話はテンポが良くて、はえーこれが陽キャの会話って感想を抱く。結局のところ仲が良いんだなって。
「とりあえず、いつも通り鴻乃さんのコーチングをするか。で、別に付きっ切りってわけじゃないから、隙間時間で佐鳥に教えていくわ」
「お願いします~」
「おねあいしまっす!」
気合の入ってる佐鳥、ウザいな。




