第4節 昇格、夏休み1
「ふぅうううーーーーー……」
スクリーンの前に表示される赤いエンブレムは、初めて手にする色だった。
一年半ぶりの過去最高位の更新。
グランドマスター、昇格。
ここからだ……ここから。
なんて謙虚なことを思ったりもしたけど、普通にその一週間は人生バラ色って感じだった。何を食ってもグラマスの味がしたし、何を見てもグラマスの色をしてた。
だって俺上位百五十人だよ? 二十万人がプレイしてるゲームで? 上位0.1%ですよ?
そしてなにより、鴻乃さんに褒められたのが最高に嬉しかった。
今週は期末考査のためコーチングは無しになった。
そのため鴻乃さんと話す機会も無く、この嬉しさを共有出来ないとはタイミングの悪い……とか考えてたら、放課後にちょんちょんと肩をつつかれ、小声で、
「射手場くんおめでと! 凄いね。また来週話そうね! テストも頑張ろ!」
というお褒めの言葉とホワイトダースを頂いた。
いや好き?
そして翌週。
次の週が終われば夏休み、コーチングも再開……のはずだった。
はずだったのだが。
そう、俺はテスト期間中にグラマスにあがった。
テスト期間中にめっちゃ試合を回したってこと。テスト前って宿題出ないから、おいしいんですよね。
なので、今手元にあるテスト返却の紙の数字がヤバいのは至極当然の帰結だった。
……いや、結構冗談じゃなくやばいなこれ。
てか歴史これ赤点やな。
水曜日の放課後。
いつもなら鴻乃さんと楽しくLoLをしているはずなのに、なぜか俺は伊野、八岡と一緒に別教室で黒板に向かっていた。
市民革命……産業革命……? 何を言っている……?
つーかなんで歴史の追試が綺麗に阿呆三人だけなんだよ。ふざけるな。
「い・て・ば・くーん。君も追試同盟にようやく加わったか」
顔だけはいい言動が残念なキショオタ、伊野。
「どうせまたLoLばっかやってたんでしょ? やっぱLoLをやると人生終わるんだね」
ウザくてデカいデブ、八岡。
紹介しよう、いつメンである。いつもの余ってるメンズ、略していつメン。
キショオタ伊野、ウザデブ八岡、ヒョロ陰キャ射手場の三人組でお送りします。
ちなみに伊野は俺の後ろの席で、つまり鴻乃さんの隣席である。かわれ。
「八岡の理論でいうと、俺が歴史だけなのに対して他教科も終わってるお前らのせいでFPSの方が人生終わってるじゃん」
「そうだよ」
迫真のガンギマリ顔で八岡が威圧してくる。なんだこいつ。
「で、今回どれぐらい都落ちしたの?」
何を言ってるんだこのキショオタ。
「なんだ都落ちって」
「射手場って中間は四十七位とかじゃなかった? それが今や三百二十位とかお母さん悲しいよ……」
そう、中間テストは真面目に勉強してた中学の置き土産で成績は良かった。PCを恵んでもらう代わりに勉強を頑張るという契約だったからね……。
「最下位じゃねえよ。ていうか総合は普通にまだ耐えてるわ」
「え、でもぉ~~~掲示板に~~~名前載ってなかったっすよ~~~~?」
この学校は成績上位者五十名までが公開される。普通にプライバシーの侵害じゃね? こういうキモい奴に情報が渡ってしまう。
「ウザすぎるだろお前。なんで下位を這いつくばってる奴に成績の話をされなきゃいけねえんだ」
「ふ、陰キャよ。楽になれ。早くこっちにこい」
八岡がメガネをクイ、とあげる。うざい。
「おいデブ、お前はまじの最下位近辺だろうが。勉強しろまじで」
「あ~~~じゃあ一緒に歴史のお勉強ちまつかヒョロガリく~~~ん???」
頭のおかしい顔でクソ煽ってくる八岡。なんか普通にムカついてきたな?
すると、休憩時間が終わったのか、教室の前の扉が開かれ佐伯先生が入ってくる。
美人さんなんだけど、タバコの匂いがキツいんですけど。普通にこの教師もアウトだろ。
「はい、同じ穴のムジナで煽り合ってないで続きやるから」
「ウィッス」「ヘイ」
そして借りてきた猫のように大人しくなる二人。
……まあ、居心地はいいんだけどさ。普通に闇に堕ちるタイプの快楽だろこれ。
真面目に勉強しよ……。
補講のあと、伊野に何故か奢られ、三人でブラックコーヒーを飲みながら帰る。
こいつらは駅に向かうので帰る方向が違うのだが、奢られた上に一緒に帰ろうぜと言われたら、流石に付き合わないのは野暮かなってので付き合ってしまっている。
二人のFPSの話に適当に相槌を打っていると、伊野が話を振ってきた。
「射手場はLoLの方はどうなん?」
「ん? やってるよ」
「ランクの方は?」
……ランクあがった話、最初に鴻乃さんとしたくね?
「まあ、頑張ってはいるけどって感じだな」
「そっか。まだ上目指せる感じ?」
「狙ってはいるけどね」
「やべー、仲間にチャレが生まれちゃったら流石に鼻が高いな。町中自慢しないと」
「間違いない」
「町中って、家に引きこもってしかいないのに? あと八岡お前は手のひら返しやばすぎな」
「いや、こんだけ流行られちゃうとな。まあやんないんだけど」
「やんねーのかよ」
「俺は普通に興味はあるんだけどなー、時間足りねーわ」
こいつらは現在ヴァロがメインで、お互い基本はソロで回してダイヤ。普通に上手いわな。他にも諸々のFPSタイトルに手を出してるっぽい。
この三人で話す時は昼飯と体育ぐらいなものが、珍しく三人で駄弁りながら帰る。
そこで、伊野、八岡の推しがそれぞれ阿賀野さんと鴻乃さんだということを知った。阿賀野さんは鴻乃さんご一行だ。
「うわ八岡お前ギャル好きかよ……」
「いや、分かるよあがのんが一番人気なのは? でも流石にね、ゆずちが一番性格も良いし可愛いから。あがのんは多分性格ヤバい」
「いや、そこがいいんだろ~~!」
「いや、俺は普通に性格も重視だから」
なんか……こういう会話に参加する機会が無い上に、話題の人物が人物なのでそわそわする。
「射手場は誰推しなん?」
……ひやひやするんですけど。
「……候補は誰がいんの?」
「もしかして人に興味無い?」
「えーと阿賀野はるでしょ、鴻乃柚葉でしょ、芥野莉々も鉄板だわな。あと他にも渡瀬さんとか中宮さんらへんも人気よな、他クラスでいうと――」
つっこむ八岡に対して、伊野がすらすらと名前を挙げていく。怖い。
「んー、じゃあ鴻乃さんで」
「っぱギャルだよなぁ!」
「お前もギャル好きかよ……」
その後もクラスのことだったり配信者のことだったりで話題が続き、駅で解散となった。
まあ、こういうのもたまにはいいけどね。たまにならね。
……八岡、鴻乃さん推しかよ。複雑。
翌々日の金曜日、帰り道。
補講はなんとか乗り切り、無事に追試もパス。
どうにか夏休みを迎えられそうだった、からの二週間ぶりの鴻乃さんである。染みる。
すまん八岡、俺の勝ち。なんなら別に申し訳ない気持ちも全くない。ただただ勝ち誇ってる。
「追試お疲れ様~」
「ウィッス……」
と思ってましたが一気に恥ずかしくなってきました。これからは絶対に勉学をおろそかにはいたしません……。
「私も数学やばかったよ~~。ギリ追試回避だった」
「鴻乃さんって順位どんなもんなの?」
「え゛……いや、普通ですけど? ちゃんと勉強もしてますけど?」
露骨に目を逸らす。
「その反応は完全に出来ない人のだけど」
そもそも考査の前の週にも普通にコーチングをする運びになったわけで。
いいの?って聞いたらそっちは大丈夫?って返ってきたわけで。俺は大丈夫じゃなかったけど??
「む~~~。実際普通にしてるもん! あんま良くないだけで!」
「……二百位とか?」
「あー射手場くん私のこと馬鹿って思ってるんだね。ちょっと傷ついたな……」
「あすみません。いや全然馬鹿とは思ってないけど。実際何位なん?」
「えー……今回は、百四十位でした」
「え、普通に頭良いのかよ」
「百四十位は頭良いとはいいませーーん!」
「おお……志高い」
「これでさ、射手場くんが三百位とかなら分かるよ? でも君頭良いよね? むかつくーー!!」
分かりやすくぷんすかしてる。可愛い。
「……でも今回射手場くん順位入ってなかったね。LoLやりすぎた?」
えなに? 何を言っている?
「は? 中間の話してる?」
「え、うん。莉々の名前の上に同じクラスの人の名前あったから覚えてた」
我がクラスのクイーン芥野さんか。そうか、あの人普通に頭良いのか。覚えてるような覚えてないような。……まさか中間の順位を認知されてるとは思わずびっくりした。俺は当然誰も覚えてない、知らない。
「てかさー……LoLもうまくて頭も良いとか普通にむかつくよなー」
「恐縮です。てか順位はヤバい落ちた」
「お、何位何位?」
「百二十位」
「普通に私より上じゃん。むかつくわぁ……!」
「それな」
「むかーー!! あ、てかそんなことよりグラマスおめー!」
少しの間ぷいぷいしてたが、すぐに切り替わり満面の笑みで昇進を祝福してくれる。嬉しすぎるし態度の高低差がえぐい。
「まじで、本当にありがとう」
「え、うん。なんでありがとう?」
「いや、なんか祝ってもらうことなんて初めてだから嬉しくて……」
「あはっ、そういうこと? いやー、私も先生がグラマスだなんて鼻が高いからね」
なんか伊野みたいなこと言い出した。
「では先生、グラマス昇格にいたった原動力を教えてください!」
「あー……なんだろ、数回す」
「身も蓋!」
「やっぱ数回すのは正義だよ」
「……でも、数回してるだけじゃあがれなくない?」
「それはそうか。あとは、……ディテールだね」
「ディテール?」
「結構上級者とかがよく言う奴なんだけど、どれだけ詳細にマッチアップとかダメトレ等を理解してるか、って感じかなあ」
「ふむふむ?」
確かに、もうちょっと具体的な例を出さないと分かりにくいよな。
「……例えば、ボットの2レベ先行には良い先行と悪い先行がある、とかね」
「え、そうなの?」
「いい2レベ先行は、お互いのミニオンが中央近くでこっちが先に先行すること。悪いのは、完全にこっちが押しきる形、つまり相手のタワー近くで2レベになることだね。あくまで一般論だけど……さて、なんででしょう」
「そっか、押しきっちゃうとダメトレにならずに普通に相手がミニオン食べれちゃうってこと?」
「正解。他にある?」
「ジャングルの3レベガンク受けやすくなるとか?」
「まあそうだね、良し悪しだけど、悪いことの方が多いね。もう一つ正解がある」
「えーなに??……レーンの位置がやばい!とか?」
「惜しい。正解は、相手が3レベ先行できる、だね」
「あーなるほどね」
「まあ今言ったのも一例だし、こっから更に個別のチャンピオン知識が絡んでくる、そういう細かいところの知識がディテールって感じ」
「なるほどぉ~深いね~」
「本当に思ってる?」
「いや、めっちゃわかる…と思う! ヤスオから逃げるときはミニオンが来るレーンから離れる、とかもそうでしょ?」
「あ、そうそう」
「それをどんだけ増やせるかが大事だってことね!」
理解力チャレ。
「完璧です。さすがこうのさん」
「ふふっ、私もサモナーの端くれですから。射手場くんに追いつけ追い越せだね!」
「もうその心の持ち方がチャレだよね、まじで」
「心意気ぐらいはそれぐらいでないとね」
「いや、まじでその心意気は強みだから。まずはダイヤ頑張ろうな」
「あの、目標プラチナだよね? 勝手に上げないでね?」
「でも俺を追い越したら最早チャレだぞ?」
「ね、うけるね」
「それな」
二人して笑う。やばい、心地良すぎる。
こんな時間がいつまでも続けばいいのになってアレ、まさか俺が思う日が来るとは思ってなかった。




