第3ー2節 鴻乃柚葉、人間付き合いを問題視される2
翌日、金曜日の放課後。毎週水曜と金曜はコーチングの日。
喫茶店の待ち合わせから、三十分かけて自転車を押しながら二人で自宅まで歩く。
「……射手場くん、ちょっと機嫌悪い?」
「え? 全然そんなことないけど。なんで?」
ちょっとした沈黙で、昨日の出来事について考えていたタイミングだった。
「いや、なんか……そっか。なんか嫌なこととかもない?」
「え、うん。何もないよ。どうして?」
「じゃあ、気のせいかな。なんかいつもと違う感じがしたから」
「まじで? めっちゃ普通だと思うんだけど」
まあ普通かどうかで言ったら普通じゃないかもしれない。
佐鳥の発言を受けて、鴻乃さんとの関係に少し躊躇いの気持ちが顔を覗かせてる。
けど、なぜ俺が全く関係性の無い佐鳥のことに悩まなきゃいけない? ということで、一旦忘れようって決めたのがつい先ほどの無言タイミング。それが漏れてたってこと? どういう検知力してる?
「……あの、関係無かったらごめんね? 陽くん、なんか言ってた?」
……なるほど。なんなのあの野郎? なんで早速あいつの名前が鴻乃さんの口から出てくるわけ?
言ってたよ。言ってたけど俺の口から言うもんでもねえよ。
「……なんで急に佐鳥?」
「え、今日急に『二人って付き合ってるの?』って聞いてきたから」
素晴らしい行動力だな。素晴らしすぎる。
「はあ」
「で、『え、なんで陽くんに教えないといけないの?』って返したの」
「えこわ。めっちゃ険悪じゃない? 実は五人では仲良いけど、みたいな話なの? それで?」
「そしたら、『気になるから』だって」
「はーん……」
昨日の今日で聞きに行くの、思い切りの良い素晴らしいエンゲージ判断ですね。
「また今度話すって煙に巻いたんだけどね。で、射手場くんは何か聞かれた?」
「……同じことを聞かれたよ」
「そっか。……それで? 射手場くんはなんて返したの?」
「付き合ってないって返した」
「そっかー。他には何か言ってなかった?」
「何で急にそんなこと聞いたのか理由を聞いたら、俺たちが二人で帰ってるってのをどっかで聞いたんだってさ」
この人もこの人で追及が鋭くない? 展開を予想して先に回答を用意しておいて良かった……。
「あー……そっか」
「俺が聞かれたのはそんなところ」
「それだけ?」
ふいに浮かんだのは、『俺柚葉を異性として好きだから』という言葉だった。
「……うん、それだけ」
多分間が空いた。
「……ふーん、そっか。分かった。ごめんね、巻き込んじゃって?」
「いや、全然問題ないけど……」
なんだろう、これ。……あれだ、多分お互い伏せてる情報があったな。
さて、鴻乃さんは何を隠していらっしゃるのやら。
帰宅ウィズ弟子。
最近のコーチングの内容は、基本的に彼女のインゲームを見させてもらってのフィードバック、それとちょくちょく1on1、そして座学という感じ。
変わったのは、ゲームがノーマルじゃなくてソロQになった点か。
二試合して二勝。鴻乃さんがしっかりと役割をこなしての勝利だった。
「あっ」
リザルト画面に戻る際に、鴻乃さんが思わずといった様子で声をあげた。
大きなブロンズのエンブレムが、シルバーに変わる演出が入ったのだ。
昇格だ。
「おめでとう」
「えっ……やった! こ、コーチングの効果凄すぎる!」
「いや、……まあ多少はあるか? でもまだ全然鴻乃さんの才能分って感じだね」
「なんか……でもそっか、まだシルバーだしそんな喜ぶようなことじゃないよね……?」
「え、全然そんなことないでしょ。素直に上手いからシルバーあがってるわけだし」
インゲームでもかなり活躍している。対メイジマッチアップはかなりいい感じだ。
実際、どこまでいけるのか。普通に気になる。
「そっかー……え、めっちゃ嬉しい」
わふわふ、みたいな擬音が見えてくるふわふわな鴻乃さんを見て、こちらも頬が緩む。
鴻乃さんの戦績は俺たちのネトスト先・OPGG(戦績サイト)でちょくちょく見てるけど、そもそもプレイ回数が普通に多い。
今までゲームをやってなかった子がこんなにゲームやることってある?ってレベルでプレイしてるので、その分上達も早いのだろう。
プラス、知識量が現ランクで相対的に多いのも大きい。
このゲーム、ただひたすらにプレイするだけじゃ上手くならないからね……。
「うわあ……なんか、こういうの経験したこと無かったけど、いざやってみるとドキドキするね」
「楽しい?」
「めっちゃ楽しい!!」
「それは良かった」
ランクが上がる高揚感を共有できるのは嬉しい。自分がうまくなったという証だから、あがった瞬間の自己肯定感爆上がりぷりったらないものね。
「ふぅー……わ、私ちょっといっぱいいっぱいだ。射手場くんのLoL見せてよ?」
「ああ、いいよ」
たまに、こうやって自分のプレイを見てもらうこともある。
鴻乃さんにとっては質問タイムになるし、自分も思考の整理をより行う癖がついたので、結構悪くなさそう。
「これって何でミッドに走ったの? アカリが下に行ってるから?」
「そう、これでウェーブロストが無いね」
「今ってJG見えてなかったけど何でトレードしたの?」
「もうこっちの方が大分強いのと、仮にJGが来てもこっち二枚TPあってその後の展開良くなりそうだったからだね」
「えーっと……、仕掛けられても普通にファイト有利って感じ?」
「そうそう。多分JG、SUPまで来てもADは落とせてたし、JG、SUPもかなり削れたと思う。で、ファイトになれば普通に勝ってそのままバロンやれてたね」
「へー……レベル高っ。じゃあ、射手場くんって自分の癖分かる?」
「いや、あんま分かってない。多分サイドステップで下に避ける確率がちょっと高いのとかは自覚してる」
「そうなんだ。射手場くんの癖はね、試合中に集中してると割と何でも答えてくれるってことだね」
「あーそうなんだ」
「射手場くん、陽くんになんか他にも言われたことあるよね?」
「うん」
……うん?
「何言われたの?」
レーン復帰中、急遽Sキーを押してキャラを止める。
「ん?」
「ん?」
思わず振り返ると、どうしたんですか? って感じの鴻乃さん。
「ん?」
「なんか言われたんだね」
「ん?」
「いつまで混乱してるの? ほら、MIAピン飛んできてるよ」
「あ、ああ」
なんかミスった気がする。とりあえず試合中なので集中するね?
試合には勝った。
「さすがーGG。やっぱマスター帯の試合って皆凄いねー! かっこいい」
「いや、途中なんか言ったよね?」
「うん、言ったよ。陽くんになにか他のこと言われたってのが分かった。嘘ついてたんだね~射手場くん。私悲しいよ」
やばい。まじで記憶にない。
「えっと……ごめん」
「うそうそ、全然いいよ。で、なんて言われたの?」
「……言えない」
「私のこと好き、って言ってた?」
「えっ」
何でご存じなの? 隠してた意味イズどこ。
「あーーやっぱりねー」
「……どういうこと?」
「なるほどね、そういう話だから私に隠してたわけか」
「……あいつ、昨日告白したってこと?」
「んー、ちょっと違う。告白はね、先月された」
五月に?
「あまりにも早すぎない?」
「だよね~」
「あれ、中学からのしがらみがあるとか……?」
「いや、普通に違う中学。会って一か月で告白されたんだよ。……今の話、陽くんのプライベートでもあるから秘密にしてほしいんだけどさ。確かに、一気に仲良くなったし、波長も合うな~とは思ってたけど、流石にいきなり告白されるのはびびるよ~」
鴻乃さんは少し困ったような、居心地の悪そうな笑みを浮かべた。
「……よく、気まずくならずに五人で遊んでるね?」
「もう慣れはしたけど、普通に気まずくはあるよ」
「そりゃそうですよね……」
あいつチャラいな……。しかし、そういう人間関係の二人だとは。陽キャも大変そう、とまさしく他人事の感想を抱く。
「で、どうするの?」
少し突拍子もない問いかけだったけど、鴻乃さんには伝わったみたいだった。
「……まあ、友達としては良い人だけど、異性として好きになることはないかな。だから、早く他に良い人が見つかれば良いんだけどね」
「そっか」
「うん」
ドンマイ、佐鳥。こうなったらお前を応援することも無くなるな。なんで佐鳥がダメなのか、根掘り葉掘り聞きたい気持ちはめちゃくちゃあるが……あっ、そういえば。
「あのさ、佐鳥に二人で何やってるのって聞かれたんだけど、これってこの先他の人に聞かれたらどう答えた方がいい?」
「あー……陽くんにはなんて答えたの?」
「俺よりも鴻乃さんの方が仲良いんだし、俺も答えていいのか分からないから鴻乃さんに直接聞いてって」
「なるほどね、射手場くんめっちゃちゃんと言える人なんだね?」
「なんかあいつ妙に言いやすいんだよな……」
「あー、三下臭?」
「おい、普通に悪口だろ」
性格の悪そうな鴻乃さんからギャルを感じた! …偏見かこれ? 偏見かも。
「じゃあなんて言い換えればいいの?」
んー……。
「わんわんっぽさ」
「な、ふへっ、なにそれっ! あはっ、馬鹿にしすぎでしょ!」
「いや……あいつなんか犬っぽさない? あんまよく知らないけど」
「あー……まあ、猫よりは犬かもね。確かに。……無理なもんは無理だけどねー……。まあ、他の人に聞かれた時の対応かー。素直に言うのがいいんじゃない?って思うけど、ちょっとやだよね」
「だよね」
だよねなんだけど、深堀りしていいっすか意図を? そして何が無理なんですか? 謎だらけ。
「身近な人だったら言ってもいいかなって思うけど、他の人だったら適当にはぐらかしちゃうかもなー私」
「たまたま一緒に帰ることになったって?」
「……それも変な話になるね。私駅だし。やっぱ素直に答えた方がいいかな?」
「だよなぁ」
しばし考え込んだのち、ぱん、と鴻乃さんが両手を合わせる。
「分かった、これはまあ、考えとこ! でまあ、基本はお互い任せるって感じでどう? そもそもそんな聞かれることもないんじゃない?」
「それもそうか」
「……どうせ、陽くんが変なこと言ってるだけでしょ」
そう小声で呟く鴻乃さんの横顔はめちゃくちゃ怜悧だった。普通に怖い。やっぱこの女つええわ。
どんまい、佐鳥。




