7話
一連の全ての事について……親にも、誰にも連絡しなかった。
だって、絶対相手について聞かれてしまう。だって両親にも兄弟にも、そして辺境伯家のみんなにも、それなりに大切にされていたから。
いつか、落ち着いた頃に親に顔を見せに行こう。
そうして、私は姿を消した。
王都を独りで逃げだして、運が良かったのだろう。誰にも見つかる事なく王都を脱出できた。
もちろん、きちんと計画も練っていたが……体調や悪阻が落ち着いて来ているのも良かった要因だった。
タイミングも良く、予約していた乗り合い馬車にも乗れた。乗り合い馬車は意外にも静かだ。特に誰も話しをしない。こんな早朝の遠距離馬車は、訳ありが多いのかもしれない。
私はいつもの習慣で、座っている人達を確認していた。とりあえず、悪そうな人が居なくて安心する。
けれど、驚いた事に私と同じ様な体調不良のお嬢さんとその付添いの高齢女性がいるのに気がついた。
馬車の移動中にも、明らかに体調の悪そうな彼女達が心配で気になってしまう。先日までの自分を見ている様だったからだ。
それに、女性二人なのに護衛もなしとは……。
宿泊出来る町に到着し、彼女達が馬車を降りてすぐに柄の悪い人達に絡まれているのを見てしまった。
やっぱりそうなったか……こんな育ちの良さそうな二人で、護衛もなしに移動するとこうなる。あまりにも危険だ。私はすぐに助けに入る事にした。
幸い小悪党で、手のひらの炎を見ただけですぐに逃げ出した。
状況から他人事にも思えず、二人に忠告だけしておこうと話すことにした。
「危ない所をありがとうございました」
「いいえ、大したことはしていないわ」
「それでも、本当に貴方様は私達の恩人ですわ。ねぇ、ばあや」
「はい。本当にありがとうございます」
「女性二人の旅だと狙われやすいので、護衛を雇った方がいい」
「そうなのですが……急いで出てきたものですから、お恥ずかしながら私もお嬢様も手持ちがあまりなく。そういった護衛の方は、前払い金が必須で……後から旦那様がまとめて払ってくれると言っても、それは認めないと断られてしまいまして……」
確かに護衛は前払い金が必要だ。
残りは成功報酬としても半分は前払いする。「なるほど……」そう言う事情があったのか。
「失礼ですが、貴方様は魔法使い様ですか?」
私は今回の逃亡に際して、私だとわからない様に髪色を変え魔法師の格好をしていた。魔法剣士だとすぐバレてしまいそうだったし。
「…………まぁ、そうです」
「あの、本当に旦那様が支払いしてくれますので、本当にお支払い出来ますので! どうか、このまま護衛を引き受けてくださいませんでしょうか? しかもお嬢様は妊娠しておられるのです。魔法師様はどこまで行かれるご予定ですか? あの、せめて今晩だけでも! 今日のお礼だけでも! ぜひ。ぜひに!」
とても感謝された上に、そのままお礼として一緒に宿に泊まることとなってしまった。ばあやさんは押しが意外に強い。
宿をとり女性三人という事もあり同室でお互いに身の上話を、最初にほんの少しだけ打ち明けあった。
彼女は乳母と思わしき人と二人旅をしていて、お腹の子供の父親のところに向かっているのだそうだ。
私は訳あって誰も私を知らないところで、この子を生み育てたいのだと話した。
彼女たちは私も妊婦だと知ると、それなら私たちと一緒に行こうと誘ってくれた。
「妊娠もそうですが、出産さらには子育てはそう簡単には行きませんよ! 魔法師様とはいえ、子育てとは別です。お仕事中はお子様をどうするおつもりですか? お家は?」
確かに……今は無事にこの子を産むことと、逃げる事しか考えていなかった。
ばぁやさんは優しく声をかけてくれる。
「もちろん今、護衛をして欲しい気持ちがあるのはそうなのですが……私は乳母ですので、よろしければ色々お力になれます」
「そうよね! 生まれる時期も近そうですもの! お互いに協力するのはどうかしら! 今は魔法師様に護衛を、産後は私達が育児をお手伝いするの!」
そうだ、それがいいわ! と張り切った彼女──メアリーは次々と話しだした。
向かうのは隣国の街に拠点を置く大きな商家だそうだ。
彼女は貴族で父親に結婚を反対され、乳母と家を飛び出して来たという。
その中で妊娠が発覚。相手には家を出ると同時に手紙を送っているので、隣国との国境で落ち合う予定なのだそうだ。
心配だ。相手がちゃんとしてくれていればいいが……ちょうど私も、故郷と逆に行きたかったので、南の国境は都合が良かったし、万が一彼女の相手が居なかったら……三人で暮らすのも悪くはないかと思い、一緒に向かうこととした。
私を護衛として雇いたいという希望で、宿代と食事代を持つと言ってくれるのでそれはお願いした。
二人はきちんと給金として払いたいと申し出てくれたけれど、私は断った。
私が逃げなければいけない状況となってしまうかもしれないし、メアリーの相手が迎えに来なかったら仲間として過ごしたいからだ。
時折、騎士らしき人たちが女性騎士を探していると風の噂に聞いた。
私のことかもしれないし、違うかもしれない。でも、なるべく身を隠して行きたかった。そんな時に、彼女たちの侍女兼護衛として移動するのはとてもありがたかった。だれも疑わない。
むしろ、彼女を応援してくれる。
そして、隣国の国境で旦那様が心配そうに待っている姿をみて、他人事ながら良かったと涙した。
そこでお別れする事も考えていたけれど、お互い身ごもっている事もあり、旦那様も一緒に隣国に来ないかと誘ってくれた。
彼の国で侍女として新しい身分も用意するし、一緒に子供を育てると安心出来ると説得された。もちろん、女手一人で子供を生み育てるのは容易ではないと、乳母さんからも再度説得された。
「ミリーは、貴族でしょう? それも高位の教育を受けている」
……メアリーに問われて、何も答えられなかった。
「いいの。答えが知りたい訳じゃないのよ。でも、私達を助けてくれたあなたを、助けたいの。もちろん、あなたの正体を知ったら、私の方が話しかけられないかもだけどね。だから、今はミリーと私でいましょう? ね、いいでしょう?」
私はミリーという新しい名前と隣国の身分を得て、この国を出たのだった。




