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ローゼンカヴァリエの見えない傷と結晶  作者: 木村 巴


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12話




 旦那様から彼と話した方がいいと、そんな話をした……その日の午後だ。


 娘に乳を飲ませて、身体の為に休む時間だと乳母が娘を連れて行ってくれた。

 身体の回復のために、眠ったらいいと言われているが……子供がいると、考える時間もなく、あらゆるお世話に追われる。

 おしめを替えて、抱っこして、乳をやる。泣いて笑って、可愛いくてただ見ているだけで時間が過ぎてしまう。

 ここでは乳母さん達が手伝ってくれるから、本当に一人だったら大変な事になっていただろう。


 午前中の旦那様の話についても、ちゃんと考えなきゃ。後回しにせず、今が考える時だわ。

 会うにしても会わないにしても、彼が近くに来たら、それだけで気づかれてしまう可能性があがるもの。

 ベッドの上で枕を背もたれ代わりにして、身体を預ける。



 目を閉じると、遠くで(ルーシー)の声が聞こえる気がする。


 これは本当に泣いてる時もあるし、幻聴の時もある。もう耳にあの子の声が、ずっとあるのだ。


 彼に……子供を……こんなに可愛い、この子の存在を知らせずにいていいのだろうか。

 いや、でも……

 いいえ、でも……


 こうして、いつもの思考の渦の中から抜け出せないでいた。



 それから、すぐの事だった。下の階で何か物音がすると思ったその時には、よくよく知った魔力に包まれていた。



「ミシェル!」


 そう叫ぶのと同事に、部屋に飛び込んでくるのはアベルだった。


「ああ! 良かった! 生きていて、本当によかった!」 


 確かにここまで近づけば、アベルレベルの魔法使いならば簡単に私の魔力を感知出来るだろう。例えこの屋敷に、しっかりとした魔力遮断の結界が張られていても、術師としてのレベルが違うのだから。



「アベル……」


 アベルは酷い顔色で、驚く程に痩せて窶れてしまっていた。


「ごめん、ごめんよ。君は大切な居場所を奪われることに臆病なのを、俺は知っていたのに……わからなくて、ごめん。何かを心配していたんだろ?」


「知って……?」


「当たり前だろ? 俺がどれだけ長い事、君を見てきたんだと思うんだ」

「だって、だって……」

「大丈夫、ゆっくり教えてくれる?」



 あの日の記憶は曖昧な事。

 それでも、優しくされた記憶があって……最初は恥ずかしくて避けたこと。

 いい加減にちゃんと会わないと、と向かった先で、素敵な人をエスコートしていたのを見たことで、逃げてしまったこと。


「そうか……じゃあ……あの、祝賀会で……みんなの前でプロポーズして……応えてくれたのは……まさか……覚えてなかったりする?」

「……えっ? プロポーズ??」

「そうだよ。あんな皆の前で、我慢出来なくて盛大に告白したのに……でも、ミシェルは喜んでくれて……それで家に、一緒に行った……んだけど……」



 そんな事があったなんて……そしたら、私、本当に…………


「アベル……わ、わたし……そんな……」

「いや、まさか記憶ないほどに酔っているなんて思わなかったんだ……本当にごめん」

「違うわ、私がちゃんと聞かなかったから……」

「ミシェルが、怖がりなのは知ってたんだ。だから、俺が……」


 そこから、お互いに謝りの応酬になってしまって──



「じゃあ、お互いに悪かったって、事で仲直りしてくれる?」


 アベルはなんて優しいんだろう。私は嬉しくて涙を流しながら頷くしか出来なかった。




「でも、みんなは君が体調が物凄く悪そうで、療養に行ったようだと話していたんだ。身体は大丈夫? 今もベッドだもんね……どこか悪いのか……?」


 アベルはものすごく心配そうに私を見つめて、手を握った。いいえ、どちらかといえばアベルの方が、具合が悪そうよ。

 違うわ。ああ、どうしよう……


「あ、それは……あの、ごめんなさい。私、てっきり一夜の過ちなんだと勘違いして……その……」


 いえ、いつか、ちゃんと言わなきゃいけないんだもの。大きく息を吸ってから、アベルの握ってくれている手を握り返す。

 そして、短くない沈黙の後、震えてしまいそうになる声を堪えて言う。




「……子供が出来たの」

「こ、ども?」


 そう、と頷けば一瞬何を言われたかわからなずに、ポカンと口をあけた。そして、私のお腹を一度見て、顔を見て……ジワジワと顔を赤く染めていった。


「僕達の? えっ……一人で産んだの? え、産んでくれたって事で……いいんだよね?」


 私はうんと頷くとアベルは「そんな……」と口元に手を当て、プルプル震えた。そして驚く程の早口で私に言う。



「ミシェル一人に、そんな思いをさせて本当にごめん、ごめんね」

「どうしよう、俺、奥さんと子供がいっぺんに出来るなんて」

「え? 男の子? 女の子? いや、どっちでもいいね」

「あの日、二人でたくさん子供が欲しいねって話したんだ」


 そして「ああ! どうしよう、嬉しくて混乱する」とベッドに突っ伏した。


「喜んでくれるの?」


 そう聞けば、ガバリと顔をあげる。


「あたりまえだよ! だって、ミシェルのこと大好きでずっと結婚したかったのに、俺達の子供までいるなんて! え? もう生まれちゃったの? 俺、お父さんになれちゃうの? いや、なったの?」



 あわあわしているアベルを見て、なんだかジワジワと嬉しさがこみ上げてくる。


「っ! ミシェルどうした?」



 アベルが慌てて近寄り私の頬を拭う。そこで私は初めて自分が泣いている事に気がついた。


「アベル……嬉し……嬉しいの?」


 涙が流れても、構わない。



「そりゃ嬉しいよ! ミシェルとの子供だろ!?」



 その言葉にいままで我慢していた全てが、決壊する様に溢れて、止められなかった。


 私は子供の様に泣いて、更にアベルをあたふたさせたけど……しばらくしてから、そんな姿を見てお互いに笑いあった。






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