アベル Side1
騎士団の入団試験会場に天使がいるんだと、騒ぎになっていた。
本気でみんな何をバカな事を……って思っていたんだ。そう、思っていたんだ。
試験会場に到着して驚いた。本当に天使がいた。
ピンク色の艶めく髪を高く結いあげて、ペリドットを思わせる緑の瞳はキラキラと輝いてみえる。華奢な身体から伸びる手足は細く長く、まるで上等なビスクドールの様だ。しかし、騎士団服に収められている胸やお尻は窮屈そうにしている。体型まで完璧とは……
こちらを見ないかな? と会場のみんなが視線を向けているが、彼女は真剣に会場を見て準備運動をしている。
……準備運動!? え? 試合に出るのか? しかもシード席に座った??
どういう事かと思ったが、どうやら噂の辺境騎士団からの異動人事らしい。噂では辺境騎士団から、王家の事情で人が来ると聞いていたが……まさかこんな可愛い女の子が来るなんて誰も思わないだろ! 思わないよな?
試合中にも関わらず、会場の意識は全てその娘に向いていた。だが、彼女はそんな事まったく気にせずにマイペースに試合観戦している。
人の視線に慣れているのか、それともマイペースで気にならないのか……両方か?
それにしても可愛い娘だな。王都でも、こんなに可愛い娘にはあった事がない。
そして、とうとう彼女の番がまわってきた。頼むから、怪我をしないで欲しいと祈る様に見ていると……名前と年をコールされて驚いた。あれで十五歳だと? 二つも年下なのか?
ハラハラしていたのは最初だけで、彼女は本当に強かった。騎士団に正式に所属して三年目だという。動きも剣捌きも王都の型と違い、動きも読み難い。魔法も一流で……うまい。今の一撃は効いただろう。
さすが現役騎士だな。
こうして会場の視線と意識は、一身に彼女に向けられたまま、決勝戦で俺と当った。
試合はなかなかに苦戦を強いられた。彼女に怪我をさせたくないと考えたのは一瞬で、剣を構え相対した瞬間から一流の剣士として対峙した。いや、させられた。
身体強化も上手く、スピードも剣も魔力も一流だ。これが連戦でなければ勝てたかどうか、わからない。そのくらい彼女の実力は確かだった。
だから、試合が終わって直ぐに彼女に話しかけた。騎士としての彼女との対話は出来た。次は普段の彼女を、どうしても知りたかった。
彼女は屈託なく、可愛いらしい笑顔でこたえる。そして、やはり俺との騎士としての対話から、好感触を得てくれていると確信した。けれど、全然男性としては意識されていないのは、火を見るより明らかだ。
その後も彼女は、いつでも騎士団の話題の中心だった。いや、騎士団だけでなく王家の姫様や王子様達、それに王妃様まで彼女に夢中らしい。
俺は今まで爵位からみても、見目の良さからもたくさん言い寄られてきたが、剣の道に邪魔だとずっと避けてきた。もちろん紳士として恥ずかしい行動はしていない。
今、その免疫の無さを後悔している。どうして、多少なりともレディと交流しなかったのだろうか。
彼女に話しかけるきっかけすら、思い浮かばない。
彼女の勤務時間を調べ、王城勤務の時間を調整して貰い、偶然を装い話しかけるが……これは付き纏いではないかと自信を無くす。
さらに話せるのも、訓練や仕事の内容ばかり……彼女も、周囲の視線をまったく気にしていない様だし……いや、気がついていないのか? とにかく彼女はマイペースだ。
だが、そこもいい。
いつの間にか、彼女は王妃様方のお茶会に参加させられているようで、日に日に仕草も洗練されていく。
これは……王妃様は彼女を王子様達のお相手にと考えていらっしゃるのかもしれない。
そんな中、彼女の元婚約者の話を聞いた。馬鹿な男だ。幼馴染の地位に油断していたのだろうか……いや、彼女のあの感じで来られると、彼女の気持ちが向いてからとか思ってたんだろうな……わかる。気持ちがわかるだけに、同じ轍を踏む訳にはいかない。
俺は早速行動に起こす事にした。
彼女をまず警戒させない様に訓練に誘い、彼女の喜びそうな食事に誘う。地味だが、彼女に近づくにはこれしかなかった。彼女は見目や爵位に、これっぽっちも興味がなさそうだからだ。
地道に彼女との信頼や友情を気づき、なんとか彼女からも少しの好意がみられるか? という所まできた。
けれど、彼女はどこかしら他人と距離を取りたがる節がみえる。
なぜだろうと観察したり、情報を収集したりする中で、彼女の小さな傷に気がついた。
彼女は生まれた時から辺境伯の兄妹と一緒に暮らす中で、親の愛情を上手く得られていなかった。もちろん愛情はあっただろうが、臣下である母親が兄妹を優先するのは仕事であろう。
しかし、幼い彼女がそれを後に理解は出来たとして……頭で理解するだけだ。
実の兄姉も年が離れており一緒に暮らしていなかった為に関係も希薄だ。
辺境伯兄妹だって、兄妹のような関係なだけであって本当の兄妹ではない。
彼女は愛情不足で自己肯定感がかなり低いのかもしれない。
更に唯一の居場所としての辺境伯家での立場も……あっという間に消えた。
彼女の言う様に、本当に次代辺境伯に恋愛感情はなかったんだろう。居場所、必要とされているというのが、彼女にとって大切だったのかもしれない。
だが、それもあの王女様にすぐとって代わられた。
その時の喪失感を、押して図るしか出来ない自分がもどかしい。
だから毎回、会えば必ず彼女に会えて嬉しいのだと、大切だと言葉にして伝えた。……好意はまだ早いだろうと、言葉にせずとも必ず匂わせた。
少しずつ彼女にも変化が現れ、俺を受け入れ始めた。
だからこそ、ここで彼女にプロポーズを含む婚約を申し込む事にした。
早くしなければ彼女を王家に掻っ攫われる。
王家も彼女が隣国との婚姻の被害者だから強く出られないでいるが、明らかに狙っている。
だから彼女の意思で、俺を選んで貰うしかない。最初の一年は徹底して、仲良く慣れるように努力した。
二年目からは、好意を意識して匂わせた。そして、彼女以外に決して女性を近寄らせない様に徹底した。きっと、王女の件は心の傷の一つだろう。
そして三年目、彼女の気持ちが俺に向いているかもしれないと思う事が増えた。決して希望的観測ではない。
だからきちんと周囲にも伝え、彼女に伝えても大丈夫だろうと思われるまで待った。
長かった。
彼女の心の傷は思ったより深い。無意識か意識的にか、彼女は好意を避ける。
これ以上傷つきたくなくて、期待したくなくて避けてしまうのだろう。
だから、安心して俺に寄りかかって大丈夫だと思えるまで、言葉を態度を尽くしたつもりだ。
近く、御前試合で優勝したら彼女にプロポーズをするんだと意気込んで臨んだ試合で見事優勝を果たした。
嬉しくて、祝賀会で彼女にあって、たくさん色んな言葉と場所とお店と景色とか、考えていたのに……彼女が嬉しそうに頬を染めて「おめでとう、本当に素敵だった」とか「かっこよかった」とか言うから! あの晩、あの場所で俺は彼女に告白してしまったのだ。
周りも冷やかして大いに盛りあがっている中で、彼女は頷いてくれたんだ!
みんなの前でだぞ! これだけ証人がいる前で俺の告白とプロポーズを受けてくれたんだ。もう、嬉しくて舞い上がって、泣きながら彼女を連れて帰った。
遠くで、みんなが「おめでとー」等と盛り上がっているのを無視して、大切に大切に彼女を抱えて帰る。
そして、彼女は俺を受け入れてくれたんだ。
結婚したらここに一緒に住もう。
たくさん子供も欲しい。
いなくてもいい。
ずっと仲良くいよう。
ずっと大切にする。
君だけが好きだ。
今まで言えなかったたくさんの言葉と共に、彼女としあわせな時間を過ごした。




