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タイトル未定2025/12/29 18:52

 あれは確か、小二の冬休み直前の事だった。

 その頃の私の目は、今よりも多くの「常識から逸脱した存在」を捉えていたのだと思う。自分と同じ位の大きさもある筆や、綿の塊みたいなものが歩いていれば、それは何かおかしいと思う事もあったが、大抵の場合はもっと当たり前の顔で暮らしているのだ。既に見慣れていたせいで、彼等に恐怖を感じることはなかったが、関わりたいとも思わなかった。


 そして、こちらが関わろうとしなければ向こうも関わろうとはしてこないのは、生者も死者も変わらない。もしかしたら、それが一番の自衛手段だと本能的に察していたのかもしれない。


 私の世界には、私とそれ以外しか存在していなかった。


 当然ながら、そんな子供に友達がいる筈もない。クラスメイトは穏やかな子が多かったから虐められたことは無かったが、休み時間にドッジボールに誘われたり、誕生会に呼ばれたりという事も無かった。冬休みに遊ぶ予定などある訳がない。


 クリスマス直前のあの日、私は小さな廃教会の礼拝堂を見詰めていた。家の近所だったとは言え、低学年の子供だけでそんな所に居たのは、今にして思えば不用心だっただろう。だが、その日の学校帰りに礼拝堂を通りかかった時、歌声が聞こえたのだ。

 冬の空気そのものの様に澄んだ、繊細でありながら強さをも感じさせるソプラノの響きは、家に帰ってからも耳に残ったままだった。


 ――もっと聴きたかったな。


 そう思った時には家を抜け出していた。

 教会の敷地の外からすっかり寂れた建物を窺うと、中から、あの澄んだ歌声が聴こえてきた。

礼拝堂にそっと近付く。一段とはっきり聴こえる様になった旋律は、あまり聞き馴染みのない言葉で歌われていた。

 そっと、扉に手を掛ける。鍵は掛かっていなかった。

 きい。

 微かな軋みに歌声が止む。左右に並ぶ埃をかぶった会衆席の真ん中で、私と同じくらいの影が振り返った。

 窓から差し込む陽に、短い金の髪が光る。怪訝そうにこちらを見ている瞳は、緑がかった不思議な色をしている。

 外国の少年だ。

 私は慌てた。聞こえてきた歌声は日本語ではなかったのだから、外国の人かもしれない、くらいは予測できた。ただまさか、自分と同じ年頃の子が歌っているとは思わなかったのだ。


『誰?』


 自分に向けられた外国の言葉がすんなりと理解出来たことで気付く。


 ――この男の子は、死者だ。


 よく見たら服装も少し古いデザインだし、彼が肉体を失ったのは随分前なのかもしれない。


『危ないよ、こんな所に来たら。ダディやマム、友達はどこ?』


 少年が周りを見渡す。


「友達はいない」


 私の答えに、彼はびっくりしたように目を見開き、それから恐る恐る、


『寂しくないの?』


 問いの意味がよく判らなかった。なにせ、友達など居たためしがなかったのだ。最初からいないものに感じるものなどあるわけがないではないか。

 きょとんとする私に、彼は何とも言えない顔で、


『クリスマスパーティは? 皆でスケートしたりとかは?』

「? それって楽しい?」

『楽しいよ! 身体が冷えちゃったら、マムにエッグノッグを作って貰ってさ』

「えっぐのっぐ?」

『エッグノッグはね、冬の飲み物でね……』


 彼が詳しく教えてくれたそれは、なんだかとても素敵なものに思えた。


「美味しそう……」

『うん。僕も大好きさ。ダディやマムは、お酒を入れて飲んでた』

「へー!」


 夢の様な飲み物の話に思わず身を乗り出す。彼が笑った。


『ねえ君、僕の事、怖くないの?』

「どうして?」

『だって、気付いてる? 僕、幽霊だよ?』

「うん。でも怖くないよ。さっきの歌、凄く上手だった」

『ありがとう。でもあの曲、本当は大勢で歌うんだよ……だから、ちょっと……寂しいかも』


 きっと、かつての彼は沢山の友達に囲まれていたのだろう。私の知らない気持ちを知っている彼に、不思議な痛みを覚えた。その空気を振り払うように彼は首を振ると、


『ごめん、気にしないで。僕の寂しさは僕のものだ。僕だって、君の寂しさを代わってあげられないもの』

「? 寂しくないよ」


 彼の不思議な色をした瞳が私を見詰める。


『君はまだ、卵の中に居るんだね。殻の中は穏やかだけど、独りぼっちだよ。殻の外は怖いことも沢山あるけど、優しさもいっぱいある。どっちを選んでもいいんだろうけど、君はきっと、殻の外を選ぶよ……だってほら、君ったら、今、こーんな顔をしてるもの』


 と、思い切り眉を八の字にして見せる。ちょっと情けない表情に、思わずぷうっと頬を膨らませると、彼はあははと笑った。私もつられて笑う。


『ほら! 友達と遊ぶのが楽しいって、君は知ってるじゃない!』


 友達……? 首を傾げた私に『僕達、もう友達でしょ?』と彼は右手を差し出した。ぎこちなく握り返したその手は冷たかったけど、とても優しかった。

 その時、防災センターの夕方を知らせるメロディが響いた。


『君、もうお家に帰らなきゃ。僕ももう行くよ。バーイ!』


 何故だか怖くなって、ほどけ掛けた彼の手を咄嗟に掴む。


「ね、此処に来たらまた会えるよね? 友達だもんね?」


 彼は少し考え、そっと私の手を放す。私と同じくらいの背丈のくせに、大人びた顔で、


『変わっていくのは怖いかもしれないけど、きっと楽しいよ』


 そう言いながら、私の頭を撫でる。


「わかんない!」

『僕と君は、偶々出会えただけ。本当なら言葉を交わすことも無かったんだよ。さよなら。もしかしたら僕の事を忘れちゃうかもしれないけど、それでいいよ』

「忘れないよ! 友達だもん!」


 今にも泣きそうな私に、


『じゃあ約束してくれる? 君はこれから、僕の分まで色々なものを見て。いいことも、偶には悲しいことや寂しいこともあるかもしれないけど。それもひっくるめて、一杯、色んな事を楽しんで!』


 そしたらいつか、君の話を聞きに行くよ。友達だからね。

 その言葉に頷くと、彼はにっ、と笑い、光に溶けた。

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