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普通

普通じゃない恩を返す方法

作者: 高月水都

仕事中浮かんだ。

 何で殿下の初恋の女性を覚えているのかと聞かれたらこう答える。


「明らかに質のいい格好をしている自分たちに気づいて、面倒なことになったという顔になりながらも迷子の自分たちを放置せずに助けてくれたから」

 だから思ったのです。彼女の性格が変わらない限り殿下の初恋の女性だと名乗り出ることはないだろうと。なので、その件のご令嬢が偽者だとすぐに気づいた。


「殿下にもしっかり伝えました。彼女ではないと。ですが、頭がお花畑になっていた殿下は『お前も彼女を好きになったから取られないように嘘を言っているのだろう』と言い出して困ってしまって……」

 初恋の女性に関しても諦めろと何度言っても止まらないで、婚約を断り続けて、此度の騒動でもう忠義心も枯れ果てた。


「と言うことで、王都にいるのが疲れたのでもう出世とか考えたくないから領地で兄の補佐として暮らしたいのです」

 年齢が近いから王太子殿下の側近候補として父が推して、側近になったのだが、王都での生活は性に合わない。


 領地で牛の世話をして暮らしたい。


 そんなことを言いだす次男に父は頭を痛めつつも渋々認めてくれた。


「と言うことで、殿下の側近を辞めた俺と婚約してもそちらの家に利点はないので婚約はお断りします」

 王太子の初恋騒動の裏でずっと王太子の婚約者候補として多くの貴族子女が婚約せずに残っていた。


「正直な方ですね」

 くすくすと楽しそうに微笑むのは、殿下の婚約者候補だったブルーダリア・フィルガ伯爵令嬢。とは言いつつも彼女は早々に婚約者候補から脱落している。


 髪の色がコバルトブルーだったから殿下が初恋の女性ではないと明らかに冷遇して、そんな殿下の対応にさっさと辞退したのだ。


 それで、しばらく婚約者を決めずにいたと思ったらいきなり婚約の打診をされて、困惑しかない。


「あの殿下の発言でうちの両親はかなりお怒りで、わたくしがその時に庇ってくれたオーディンさまの良さを話しても認めてくれませんでした。だけど、王太子殿下の側近を辞めたのなら申し込んでもいいと許してくれて」

「だから、貴族として先のない次男に婚約をしても……」

 何で許したんだろう伯爵家。普通に娘が不幸になる未来しかないのに。


「王子に早々に見切りをつけられた時点で王子に悪い印象を与えたくない貴族子息はわたくしを【婚約者に相応しくない】と判断したのも理由の一つでしょうね」

「勿体ない。人工真珠の生産を始めて将来性のある伯爵家と縁を繋ぐ機会なのに」

 つい漏らしてしまった本音。そんなに情報が知れ渡っていないのかと首を傾げてしまうほどだ。宝石とかの鉱脈の方に重きを置いている貴族は多いが、真珠も十分価値があるのに。


「それに気付かれるのならやはりわたくしは貴方と結婚したいですね」

「………………」

 強気な姿勢なブルーダリア嬢に根負けして、婚約の運びとなる。父は王太子の側近として信頼もされなくなって領地に引きこもりたいと言い出したそんな俺に発破を掛けてくれたとブルーダリア嬢をすっかり気に入ってしまった。




 ブルーダリア嬢との付き合いはたぶん順調なのだろう。王太子というすぐ傍で恋に盲目な残念な人を見ていたから正直、ブルーダリア嬢との関係は恋愛に発展しているかと言われたら疑問を抱きつつ、領地に引きこもろうとしたのにいまだに王都で逢う機会を増やしている。

 

「最近はやりの商会で、珍しいものを取り扱っていると聞いてきたの」

 ブルーダリア嬢が侍女から聞いて向かった先の商会。


「いらっしゃいませ♪」

 そこのレジの前で立っていた店員がこちらに気付いて挨拶をしてくるのを見て、

「っ!!」

 一瞬動揺したが、それを表に出さないように慎重に顔を作る。


 特徴的な髪の色。笑顔を浮かべているが、営業用だろうと想像できるその笑みは迷子になっていた時に必死に浮かべていた作り笑いにそっくりだ。


(こんなところにいたんだな……)

 まさか会えるとは思っていなかった。それはたぶんあちらも同様で案外覚えていないだろうなと判断して商品棚をブルーダリア嬢と見て回る。


 良心的な値段でいい品が揃っている。商品の隣には本が置かれていて、

『P**で主人公が使っている道具はこれ→』

 とか、

『主人公とヒーローの食べている料理がこれ→』

 などと書かれている。


「最近話題の本ですね」

 ブルーダリア嬢が横に置かれている本を手に取って教えてくれる。


 なるほど、面白い切り口だなと感心してしまう。



 

「――で、オーディンさまは、婚約者がいるのに恋煩いですか?」

 ごほっ

 妙なことを言われて飲んでいたカフェオレを咽た。


「ブ……ブルーダリア嬢……」

「冗談ですよ。どちらかと言えば、信じられないものを見たという感じですかね」

「………………」

 見抜かれている。


「他言無用でお願いします」

 店の売り子が恩人だったこと。彼女はたぶん覚えていないし、過度に恩返しをしても迷惑がるだろうと会った時に思ったこと――聞かれて困るから殿下のことは触れずに説明したのだが、ブルーダリア嬢は察していた。


「知らなかったら恩は返せないですが、気付いたのにこのままというのは流石に自分では納得いかなくて……」

「………………」

 こちらの悩みを打ち明けるとブルーダリア嬢はしばらく考えて、

「ああ。ならば、こうしたらどうですか」

 と一つの提案をした。


「えっ⁉ 本当にこんな商品を卸してもらっていいんですかっ⁉」

「はい。貴方方の商会を視察させてもらい、この店なら信頼できると思ったのです」

 彼女と彼女の父親の目の前には我が領地で最近力を入れている新商品のバターやチーズ。餌にこだわって改良をしたので最近では高級すぎて手に入らないとまで言われている。


 食材なんて食べられるためのものだ。金持ち自慢のためだけに買われるのは好まないので、良心的な値段で売れる先を探していたのだが、ちょうどよかった。


 という体裁で、実はこの商会に恩を返すために作り出した品だったりする。


 ブルーダリア嬢の考えはこうだった。

『ならば、その商会に他の商会では手に入らない貴重な品を信頼して卸すと言えばいいのでは』

 まともな商人は信頼が一番うれしいものだ。この店はそんな雰囲気がある。


『最初は不審がられないような消耗品。だけど、店の幅を広げて、人工真珠も卸しましょう。真珠のクズは化粧品や薬になるというから共同経営を持ち込んでもいいのでは……』

『だけど、真珠はブルーダリア嬢の……』

『婚約者の家が信頼する商人なら同じように信頼に値する。それを言い出すのも恩を返せるわ』

 微笑んで告げてきた。




「貴女にはすっかり助けられました」

 恩を返す機会も方法も教えてくれて。


「元はと言えば、わたくしも彼女がいたからオーディンさまに会えたから。これも恩返しです」

 どこか含みを持った言い方をしている彼女。


 いまだ愛は分からない。だけど、そんな彼女とはこれからも一緒にいたいなと改めて思ったのだった。

育んでいるのは愛(いまだ無自覚)

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― 新着の感想 ―
〉ブルーダリア嬢との関係は恋愛に発展しているかと言われたら疑問を抱きつつ 確かに「恋」はないけど、互いに尊重し、信頼し合う関係を築けている。そちらの方がよほど大事ですよ、主人公君。 まあ、本人はナチュ…
相手に求めるのは恋 相手に与えるのは愛 みたいな歌詞の歌を思い出しました
もっと先が読みたくなります〜♪
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