第四話 カクレタワタシ
文官の仕事は激務だ。
毎日無限のように沸いてくる報告書や申請書を処理しなければならない。
申請された内容に誤りはないか、金額にズレはないか、どれだけの人手を配置すればいいのか。
たった一つの見落としで、大きな問題を引き起こすことだってある。
でも私は一回も間違えたことなんてないし、誰よりも仕事が早い。
たとえサボってる時間が長くても。
「ふぃ~、疲れたぁ。そろそろかな…」
書類の束を置いて、あたりを見渡す。
よし、これなら抜け出せる…!
「ミア、お出かけか?」
「…いやいや、そんなわけないじゃないですかぁ~。」
失敗。
私の首を後ろから誰かがつかむ。
まあ誰なのかはもうわかってるんだけど。
「痛いですよぉ、大臣。話してくださ~い。」
「今日という今日は仕事をしてもらう。アタシから逃げられると思うな。」
私の首を掴んでいるのは、イリドラ卿ことルル=フォン=イリドラ大臣。
誰がこんな美人がクマみたいな怪力を持っているなんて想像できるだろう。
指ほっそいのに、首とっても痛い。
力強すぎ。
「別にいいじゃないですかぁ。ちょーっとお出かけするぐらい…。」
「駄目だ。お前が一番仕事が早い。」
「急に褒められましても…」
「だからお前が一番仕事をこなせ。」
「酷くないですか?私ほかの人より何倍もの案件捌いてるのに。」
いつか文官辞めてやる。
ルディアみたいなお店を開いて、悠々自適に暮らすんだ。
「それで、今日はどこに行こうとしていたんだ?」
「そんなの一つしかないじゃないですか。」
「また愛しの旦那様か。」
「変なこと言ってるとさすがに怒りますよ?」
首を離してくれたので、掴まれていた部分をさすりながら大臣に向き合う。
ルディアとはここ数年ずっと一緒にいるけれど、そんな関係ではない。
別に好きじゃないし。
ただ一緒にいると、居心地がいいだけ。
ほんとに好きとかそんなんじゃない。
多分。
「別にルディアを好きとかそんなんじゃないですよぅ。」
「ほう、なら彼が結婚したらどうするんだ?」
「婚約者を絞めます。」
「なんだお前…。」
大臣が本気で困惑した表情を浮かべている。
何か変なこと言っちゃったかな…。
「じゃあもう一つ聞くが、明日彼が死んだらどうするんだ?」
「私も死にます。」
「なんだお前…。」
なにも間違ったこと言ってないはずなんだけどな。
なんでこんなに困惑しているんだろう。
「お前、それで惚れてないって言うのは無理あるぞ。」
「惚れてませんって。そんなことよりも相談乗ってくださいよぉ。」
「相談?言ってみろ。」
「最近ルディアがお客さんと話してたんですけど、その時の距離がすんごく近かったんですよね。」
大臣の顔が明らかに「めんどくさい」と訴えている。
なんて失礼な。
こっちは真剣に相談してるっていうのに。
「それをみてるとちょっとモヤモヤするといいますか…」
「もう結婚しろよお前ら。」
「…ふぇ?」
「そんなに好きならお前が養え。身分差なんざ気にしなくていい。」
「だ、だからなんでそんな話になるんですかぁ!」
私は別にルディアに惚れてない。
私たちはいいお友達。
それ以上でもそれ以下でもない。
「自分の思いを抑え込めるのは大したもんだけどな。我慢しっぱなしってのはよくない。」
「私我慢なんて…」
「まあ聞け。お前が自分を押し殺しているうちにも、時間は過ぎていくんだ。後になって後悔しても遅い。」
昨日アイラにも同じことを言われた。
時間は待ってくれない。
そんなこと誰よりも分かってる。
あと2年で私の日常は終わってしまう。
「でも…」
「確かに我慢は大切だ。でも我慢だけの人生…それって死んでるのとおんなじじゃないか?」
分かってる。
そんなのとっくに理解してる。
誰よりも承知の上だ。
それでも…
「結婚なんてしませんよぅ。私とルディアはそんな関係にはなれませんって。」
「…そうか。その気が変わることを願う。」
大臣は私の方に手を置いて、すぐにどこかに行ってしまった。
全く、私に仕事をさせにきたんじゃなかったのか。
これじゃあ抜け出し放題だよ。
でもなぜか気は晴れない。
胸に何か突っかかっている。
「…そんなの言われなくてもわかってるよ。」
我慢は良くないって?
わかってるよ、そんなこと。
多分私がわがままを言っても、ルディアは優しいから受け入れてくれる。
でもルディアには2年しか残ってない。
その2年を私なんかのために使わせたくない。
ルディアの人生はルディアの好きなようにするべきだ。
だから私はこの気持ちを一生押さえ込む。
絶対に表に出さない。
そう決めたんだ。




