第十話 シロイジンセイ
ずっと退屈だった。
何をやっても面白くない。
色のない人生…真っ白で、何もない。
毎日同じことの繰り返し。
親の期待に応えなかったことはない。
自分でも誇らしいくらいの結果を残してきた。
みんなが言った。
ミアは優秀だねって。
でも全然うれしくなかった。
誰も本当の私を見てくれなかったから。
ミア・ファジェナは名家の生まれで、学園の主席で、将来は大臣になる。
みんながそう言う。
だって私はミア・ファジェナだから。
ミア・ファジェナは誰よりも頑張って、誰よりも優秀で、失敗なんてしない。
みんなそんな虚像だけを見てた。
だからどれだけ頑張っても、誰もそれを見てなかった。
「お父様、私この前の試験満点だったよ。」
「ああ、それがどうした?当たり前だろう。」
ただ、「がんばったね」っていう一言が欲しかっただけなのに。
そんな言葉をかけてくれる人はいなかった。
だから生きてても楽しくなかった。
「結婚を前提にお付き合いいたしませんか?」
何人もそういい寄ってきた。
そんな人たちに私は毎回こう聞いた。
「私のどこが好きなの?」
答えはいつも同じだった。
「あなたほど完璧な人はいない。あなたは誰よりも優秀です。」
それを聞くたびに毎回死にたくなった。
みんな私が好きなんじゃない。
完璧な『ミア・ファジェナ』が好きなんだ。
完璧を守り続けないと、私は誰にも相手にしてもらえない。
誰も私を愛してくれない。
だから完璧を演じた。
完璧でいれば、みんなは私に目を向けてくれる。
たとえ虚像しか見えていないとしても。
でもそんな日常を過ごしていると、ある日ついに嫌になった。
死にたくなった。
生きてても楽しくない。
幸せなんてない。
だから初めて仕事を抜け出して、死ぬ場所を探しに行った。
「どうせ生きてたって何にもない。」
そんなことを考えながら、適当に歩いた。
どこにたどり着こうがどうでもよかった。
だってこれから死ぬんだから。
そうしているうちに、雨が降り始めた。
濡れるのはあんまり好きじゃない。
どこかで雨宿りしてから死のう。
あのお店とかいい感じの雨宿り場所だ。
「…こんなお店、あったっけ?」
いや、前まではなかった。
ということは最近できたお店なんだろう。
まあ雨をしのげればそれでいいや。
「…こんにちは。」
「あぁ、いらっしゃいませ。何をお求めかな?」
店の中には色白の男の人がいた。
黒い髪に、すらりとしたスタイル。
こんな人を俗に男前と呼ぶのだろう。
でもそれ以上に目に興味を惹かれた。
どこか、全てを諦めたような目…まるで私みたいな目だ。
「…ん?その服、まさか文官?」
「え…は、はい。そうですけど…。」
「今の時間に制服のまま、こんな場所に一人で…まさかサボりかい?」
「まあ…はい。」
彼が私の目をじっと見てる。
何をしたいんだろう。
別に面白いような顔でもないと思うんだけど。
「…はははっ、まさか文官がサボりとはね。」
「べ、別にいいじゃないですか!」
「いやぁ、ごめんごめん。あまりに面白くて。」
なんだこの人。
バカにしてるんだろうか。
いや、確実にバカにされてる。
「いやぁ、悪い文官もいるもんだね。」
「し、失礼ですよぉ!初対面の人に向かって!」
「でも事実だろう?」
「うぐっ…」
ぐうの音もでない。
仕事を抜け出してきた…立派な職務放棄だ。
でもこの後死ぬんだから関係ない…はず。
「まあゆっくりしていきなよ。どうせ雨が降ってる間はほかの来客はない。」
「じゃ、じゃあ雨が止むまでは…」
元々濡れたくないから入ったお店だ。
そのご厚意に甘えることにした。
死ぬ前の最後の休息というのも悪くないと思ったから。
「それで君、名前は?」
「あ…ミア・ファジェナです。」
「ミア…いい名前だね。僕はルディア、よろしく。」
そのあとは他愛もない話をして過ごした。
好きな食べ物とか、趣味とか。
誰かとそんな話をしたのは初めてだった。
くだらない時間だったと思う…けど、不思議な感じがした。
この気持ちが何なのかはわからない。
けれど…居心地が良かった。
「お、雨が止んだね。綺麗な虹が出てるよ。」
「…じゃあそろそろ私は帰ります。ありがとうございました。」
雨が止んだ。
ひと時の休息は終わりらしい。
もう行かないといけない。
「また来なよ。いつでも歓迎するから。」
「…なんでルディアさんは初対面の私に優しくしてくれるんですか?」
こんな接し方をしてくれた人とは出会ったことがない。
私と…対等に喋ってくれた人。
生まれて初めてのことだ。
「なんでって言われても困るけど…。しいて言えば、君疲れてるだろう?」
「疲れて…?」
「ああ。相当頑張ってきたんだろう?」
頭が真っ白になった。
鼓動が早まる。
心臓が痛い。
「なんでそう思うんですか…?」
「頑張ってないと、疲れないだろう?」
「でも私…」
「いいんだよ、頑張らなくても。頑張らなくたって生きていけるんだしね。」
今思えばなんとも無責任な言葉だ。
世間の人が聞けば猛烈に反論すると思う。
でもその言葉は私にとって…
「なんでも適度に、だよ。じゃあ僕は業務にもどるから。」
「…ありがとう、ルディアさん。」
「ルディアでいい。じゃあまた今度。」
ルディアにペコリとお辞儀をして店を出る。
本当にきれいな青空と虹だ。
あれ…私なんで死のうとしてたんだっけ。
まあ死ぬのなんていつでもできるんだし、今日は帰ろう。
こんないい天気で自殺なんて、もったいない。
そんな気がした。




