6 賢者の怒り
賢者が帰ってきた。
事の次第を聞いた賢者は眉間に深いしわを刻み、キラを見て居る。
キラは、身が縮む思いだ。
「賢者の力を見せつけて気持ちが良いかキラ?賢者には確かに力があるが、皆に恐れられては暮らして行けぬ。お前は人里離れたところで隠れ住まなければ成らなくなるぞ。恐れさせてどうするのだ。キラにとっては少しの力でも、見たことがない力は恐怖を植え付ける。お前は魔王と言われて皆から忌み嫌われて仕舞うのだぞ。」
静かに語られてはいるが、言葉には怒りが籠もっていた。キラは力を見せつけるつもりなどこれっぽっちも無かったが、確かに調子に乗っていた。簡単に蹴散らせる、今の自分には簡単だと思って仕舞った。
「キラよ、暫く身を隠していなさい。私がなんとかしておこう。」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
久し振りに聞いた『忌み嫌われる』という言葉はキラの心を潰して仕舞いそうになった。
【フン、周りが下手くそな魔法しか使えないせいで、キラが悪く思われるとは。力が有っても使う事が出来ない、この世はつまらんのう。キラよ。儂と一緒に異界の門へ行ってゆっくり遊んでこよう。異界の門は面白かったぞ。】
多分、ゼロはキラを慰めているつもりなのだろう。どちらにしてもほとぼりが冷めるまでは誰とも顔を合わせることが出来ないだろう。
キラは仕方なく異界の門へいくことにした。
賢者が帰ってくるまで、祭壇で祈っていたキラだったが、自分の何が間違っていたか考えても分からなかった。皆が早く楽になれるように大魔法を使った。早く終わればそれだけ速く危険は無くなると思っていた。今後のことも考えて壁を作っておこうと考えた。それが出過ぎたお節介だったのだろうか。
自分があのような目で見られるとは思わなかった。キラを人間とは見ていない、化け物のような目で見られていたのだ。
自分がどれほど人間離れした存在になっているのか、自覚していなかった。
本当は皆に少しだけ協力して、手伝えば良かったのだろうか。後方に控えて、治癒を掛けて、怪我人の世話だけをしていれば良かったのだろうか。延々と自問自答して過ごして居たのだった。
賢者に叱られて、尤もだと思った。力は、恐怖を呼ぶのだ。見せれるギリギリだけで良かったのだ。持っていると見せつけるようなことは、してはいけなかったのだ。凄く落ち込む。キラはまだまだ若いのだ。考えが甘かったのだ。調子に乗って浮かれていたのだ。馬鹿だった。
ゼロと二人、砂漠のある異界の門ヘ行った。
まだ最後の門へは行きたくなかった。魔物がいない、静かな異界の門はキラを落ち着かせてくれるだろう。ゼロが一番好きだという気持ちが理解できた。
【キラよ、気を落すな。人生はまだまだ長いのだぞ。今から、こんな場所を気に入って仕舞ったら、お前はじじいみたいな物だぞ。ここの何処が良いのか?】
「ゼロは、ここが好きだと言っていたじゃ無いか。言っている事がめちゃクチャだな。・・ゼロはいつ頃から闇に支配されるようになったの?」
【さあな、それが分かっていたら、今頃は聖人に昇華しておるわ。最後まで自分が正しいと思っていたのだ。それがいつの間にかこうなってしまった。恐ろしいの力とは。】
そうだな。恐ろしいな、大きすぎる力は。何故、程ほどで収まらなかったのか。
「ゼロは例の術は、掛かったままだった?」
【例の術とは、あれか。ふっふっ、キラもそう言う年頃か。儂は自分で解いてしまった。童貞は二百年前に卒業したぞ。力には何の関係も無い事を証明して遣った。頭の固い神官共をぎゃふんとさせてやりたかったのだな。だがあれが悪かったとは考えていない。問題は相手よりも上に立ちたいと思ったことだと考えている。名誉欲は無かったが、強くなって誰にも負けたくないと思ったことがダメだったのかもな。本当のところは解らんがな。】
「師匠は、何故自分で術を解かなかったのだろう。ゼロの事だから術の解き方は早く教えていただろう?」
【彼奴は昔からヘタレだった。自分に自信が無かったんだな。後は彼奴の環境がそうさせた。奴は王になる権利がある。弟に譲ったが、もし奴が子供を作れば、面倒な事になると考えていたんだろうな。陰気な隠者だよ。面白くも無い人生だな。】
ゼロと問答しながら数ヶ月、ここにじっとしていた。ここのオアシスには、水も食料もあった。不思議な異界の門だ。万が一キラが人々に追われて隠れ住むとしたら、最適な場所だ。
広大な砂漠の中を隈なく歩き、ゼロさえも今まで気がつかなかった場所にも行った。
そこは砂岩の谷間。細い川が流れていて、小屋が建っていた。小屋は朽ちていたが、中にある物はまだ使えそうだった。小屋の後ろに回ってみると人骨があった。骸骨が着ていたローブは綺麗に残っていた。懐には日記が入っていたが、もう読めないほどぼろぼろだった。手に取って開こうとすると。パラパラと粉々になって風に吹かれて無くなって仕舞った。骸骨の手には黒い魔石が挟まっていた。
【これは神官だった奴だな。多分オルンスの神殿で闇に飲まれた奴かも知れない。あの頃は沢山居たと聞いたことがある。儂のような奴がな。】
皆に忌避されて、隠れて住むようになって仕舞った、可哀想な神官。一体力とは何だろう。力が無かったらこの神官は、農民として幸せに一生を送っただろうか。彼の魔石は物言わぬ空虚な只の石だ。
キラはこの先どうやって生きて行けば良いのだろう。闇に飲まれることを恐れて只じっとして居れば良いのだろうか。
それとも自分の選んだ道を突き進み、その結果闇に飲まれたとしても、それはそれで、本望なのでは無いか。人里離れて隠れて一生を送って、何も人々の役にも立たないなんて、キラは嫌だと思った。
「隣国の魔物を追い込む理由と方法をまだ探っていないじゃないか。」
キラは思い立った。こうしては居られない。ここで、うじうじしていたって何も成らない。
「ゼロ、ここからでよう。」
【お、そうこなっくっちゃ面白くない。やっとやる気になったか!】