9 待ち焦がれた聖者
聖者様は、約束通り我が国へ来て下さった。
まだ幼さの残る顔には、輝く光が纏われている。
多くの片腕を無くした者達が、聖者様によって癒やされていく。
ある者は泣き、ある者は跪き聖者様の衣に口づけして帰って行く。
これだけの人々に高度な術を施されても、魔力が費える事が無いようだ。
何という力だ。私達の恨みや、悲しみまでをも癒やしてくださった。
「これで、終わりですか?ではこれから僕が言うことを書き取ってくださる方をつれて来て下さい。」
聖者様は、魔法の基礎を口述されるらしい。神官達は慌てて自分たちの筆記用具を取って駆けつけてくる。聖者様の周りには30人もの神官が取り囲み、一言一句聞き逃す者かと必死になって書き写している。
まだ残っていた貴族が、子供を連れてきていた。六歳の子供だという。
「これから、この子に魔石の同化をします。この魔石は雑味という闇の属性を取り除いた者です。これをしておけば子供でも安全に同化できますが、出来れば八歳を過ぎていた方がより安全に同化できるでしょう。例え、目に魔石を同化しても大丈夫です。」
「聖者様、手と目では、違いがあるのですか?」
「ああ、そこからですか、では。魔石は頭部に同化すれば力が2倍違います。手では力の半分しか出すことが出来ないのです。ただ危険が伴います。目に手技を施すには熟練の神官で無いと危険です。後、光の属性が強くないと百パーセント失敗します。」
もう一人の貴族が叫んだ。
「私の孫は、目に入れても大丈夫だと言われたが、死んで仕舞ったぞ!カマドランは、態と我が孫を殺したのだ!」
「貴方は嘘を言っています。大丈夫だとは一言も言っていないはずです。その頃はカマドランでも生存率が低い危険な手技でした。事実、先王の子は5人続けて失敗しています。この手技はここ1年の間に見付かった真理です。ゆめゆめ恨みを晴らすなど考えないように。例え故意であっても、貴方のお孫さんは帰ってきませんし、貴方も承知で同化の契約をしたはずです。そこは貴方の選択の結果です。分かりましたか?」
それを聞いた貴族はうなだれて顔を背けた。
そうだ、カマドランは必ず、危険だと言っていた。それは事実だったのだ。自分たちの国に特別悪感情はあったのだろうが、総ての失敗が故意だとは言い切れないのだ。
私達は、今癒やされた。これ以上のいがみ合いは辞めるべきなのだ。
「一段落したな。」
キラは貴族達の腕を治していった。それももう終わりそうだ。後は若い神官達の教育だけだ。神官の光の教育は急務だ。他の魔法の教育は何年もかかるだろう。キラの頭の中にある、統合されてスッキリした魔法書を書き留めて貰えば、それを読んで少しは魔法を発現出来るようになるだろう。
後は学校を造って何年か研鑽して行けば良いだろう。問題は教師がいないと言うことだった。
ドラン国へ来て三ヶ月経っていた。
キラは、このトルメン領の神殿で聖者として登録された。
普段は立派な神官服を着て、神官達に魔法の指導をしている。魔法を使える神官は10人しか居ないが、皆キラが魔石を同化した若者達だ。光の属性を沢山入れた最高級の妖精の魔石だ。中には目に入れて欲しいと希望した物もいる。その者はビックリするほどの力を持った。彼はジンと言った。孤児で今十二歳の子供だが、やる気に満ちた気概のある子だ。
「俺は過去の記憶を持っているんだ。俺の前世はこの国の神官だった。だから今回も神官になろうって思った。」
キラはビクリとした。『そうだ、前世の記憶を持っている子が居てもおかしくは無い。自分だって少しは記憶を残していたじゃ無いか。』
ジンは屈託無く自分の記憶をキラに話して聞かせる。面白おかしく話してくれた彼の人生は、決して順風満帆とは行かない物だった。
前世の何年前かは覚えていないが、神官として売られてきたのだという。農家の五男で、口減らしで神殿に来たが彼はとても嬉しかったのだという。
「神殿では腹一杯飯を食わせて貰えたし、勉強も教えて貰えて、結構良い地位まで上り詰めたけど病気になって三十歳で死んだ。」
彼は魔法は使えなかったが、神殿長は生まれつきの魔法使いだったそうだ。
この国にも異界の門はあるのだ。魔石持ちが生れることもあるだろう。この国では魔石持ちは、神殿へ連れてくるのだろうか。今はどうなっているのか。
「魔石持ちの子供ですか?南には以前一人おりましたが、十年前に死にました。漁師の子供でした。海で溺れてしまったそうです。」
この国では親は魔石持ちの子供を育てて居る。魔石持ちでも忌避していないようだった。
「何故、神殿で魔法を教えなかったのですか?」
「親が大事な一人息子を神殿に獲られるのを嫌がったのです。それではどうしようも無いでしょう。もしその子が神殿にいれば、凄い魔法使いになれたかも知れないのに。残念です。」
でも、キラはそれで良かったと思った。親がしっかり愛情を持って育てて居るのなら、魔法使いになれなくたって、立派な漁師になれば良いのだ。
「この国は魔石持ちに優しい国ですね。安心しました。」
「三百年前は、違いました。カマドランが独立した後、私達は魔石を持った子供を探して育てようとしましたが、なかなか見付かりません。希少な子です。聖者様も素晴らしい魔石を持っておられます。」
キラは、この国には異界の門があり、その為に魔石を持った子が今後も生れてくるだろうと教えてあげた。
「ただ、この国の異界の門は大変危険です。挑戦はやめておいた方が良いですよ。」
「そうですね。命あっての物種です。」
暫くして、カマドランとの和解が成立したとの知らせが届いた。
『王が来ていたんだな。やっと今までの遺恨が解消されて良かった。』
しかし、キラにカマドランへ帰ってくることが、条件になったという。
「聖者様は行って仕舞われるのですか?」
ジンが泣きながら訴ええるが、どうしようも無い。帰らなければ、この国はカマドランとの約束が果たせなくなる。
キラはドラン国が好きになっていた。その内、きっとまた来るからと、ジンに約束して、キラはカマドランへ帰って行った。




