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第五話 得しない制度

 俺がクロディーヌとの関係に悩み始めた時、タイミングよく近付いてきたのが、平民のエイミーだった。


 彼女はストライナ公爵家に野菜を卸している店の娘で、毎回親の配達について来ては、俺と顔を合わせる度、笑顔で挨拶を交わす──俺は作り笑顔でしかなかったが──関係で、それ以上でもそれ以下でもない、ただの顔見知り程度の認識の女性だった。


 だが、頻繁に顔を合わせるうち、それがいつしか二言三言言葉を交わすようになり、他愛のない会話をするようになって、気付けば恋愛相談のようなものまでするような関係になっていた。


 基本的にいつも明るく、天真爛漫なエイミーは、落ち込みやすい俺を毎回励ましてくれたから。


 クロディーヌと第二王子とのことを相談した時も「好きだったら信じなきゃ!」と、すぐに疑ってしまう俺を元気付けてもくれた。


 そんなエイミーに俺は救われていたし、平民と貴族の間には大きな隔たりがあることも十分理解していたから、自分のせいでエイミーが責められることのないようにと、いつも周りに気を配ってできるだけ人目に付かない場所で話すようにしていた。


 まさかそのせいで、周囲の人間に誤解されていたことなど気付かずに。


 クロディーヌと結婚するまでの一年間、第二王子と彼女との関係に悩み、身を引くかどうかを考え続け、時にエイミーに励まされつつ、俺はなんとか無事にその期間を乗り切り、晴れて結婚式の日を迎えることとなった。


 花嫁衣装に身を包んだクロディーヌはとても綺麗で、俺は身を引かなくて良かったと、これからは彼女を信じて大切にしていこうと心に誓った。


 なのに、結婚式後の披露宴の会場で──手洗いに行くため廊下に出た俺の前に、エイミーが姿を現したのだ。


「エ、エイミー!? どうして君がここに?」

「この会場に配達をしに来てて。あなたがいるかもと思ったから、調理場から入っちゃった」


 ぺろっと舌を出すエイミー。


 だが俺は、彼女がとんでもない行いをしているということに気が付いて、驚愕に目を見開いた。


『入っちゃった』じゃない。こんな場所で平民の彼女と話しているところを見られたら……。


 焦って辺りを見回し、俺は周りに誰もいないことを確認する。


 よし、誰にも見られていないな。だったら……。


 俺はエイミーの腕を掴むと、すぐさま早足で歩き出した。


「ちょっと……どこ行くの? 足早い……待って!」

「静かにしろよ」

 

 大声を上げるエイミーを黙らせ、一旦会場の外に出る。そのうえで人気のない場所へと移動すると、俺はエイミーの身体を囲うように両手を脇に衝いた。


「いくらなんでも非常識だぞ! 貴族の披露宴会場に平民が紛れ込むなんて、一体何を考えてるんだ!」


 もし誰かに見られて妙に勘繰られでもしたら、大変なことになるところだった。


 人がいなかったのは幸いだったが、今はそういうことを言いたいわけじゃない。


「ご、ごめんなさい。でも、私昨日あなたの婚約者と王子様を街で見かけて……早くそれを教えてあげなきゃ、って思ったから……」

「二人を見かけただって?」


 知らず、声が低くなる。


 その声に怯えたかのように肩を揺らすと、エイミーは恐る恐るといった態で此方を見上げてきた。けれど黙る気はないようで、再び口を開く。


「多分だけど、結婚前の逢瀬じゃないかしら。政略結婚の相手に嫁ぐ前の、最後の逢瀬。ねぇ、あなた本当にあの人と結婚してしまっていいの? 後悔しない?」

「そんなこと言われても……もう結婚してしまったし、今更だろ……」


 これからはクロディーヌを大切にしようと誓ったばかりなのに、後悔なんてするわけがない。


 クロディーヌと第二王子との関係については、結婚までの一年で散々悩んだ。その上で結婚したのだから、エイミーの言うことは本当に今更だ。


「だったら、白い結婚を貫くっていうのはどう? お貴族様にはあるんでしょ? そういう制度が」

「いや、その……あるにはあるが、制度っていうか……」


 白い結婚は別に、制度とかそういったものじゃない。


 ただ単に、どうしても身体の関係を持てなかった夫婦が、三年間清い関係のままでいられたら、妻の方から離縁の申し立てができるというだけのもので。男にとっては何の得にもならないものだ。






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