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第四十四話 解けた誤解

「じ、じゃああの、クロディーヌは本当に殿下のことを……?」


 もう、しつこい!  


 だから違うって言っているのに!


 何度目か分からなくなるほどにしつこく繰り返されるアストル様からの問いに、いい加減面倒くさくなった私は癇癪を起こした。


「そんなに私の言うことが信じられないのであれば、もう良いです。これ以上お話をしたところで無駄ですわ」


 頬を擦り寄せていたアストル様の手をポイッと放り出し、そのままベッドから降りようと移動する。


 が、アストル様に背を向けたところで慌てたように背後から伸びて来た手に、ガッチリと腰を掴まれ引き戻された。


「離して下さい! もうアストル様とは離婚します! だから離して!」


 ジタバタと暴れるも、腰に回った手の力は緩まない。寧ろ強くなったような気がする。


 けれど第二王子との仲をアストル様に疑われたまま結婚生活を続けるなんて私には耐えられない。


 初めて会った時からずっと、今も昔も私はアストル様だけが好きなのに。


「あなたの愛妾はもういません。だから、今後私との結婚生活であなたの心が疲弊したとしても、癒してくれる人はもういないのですよ? それでもあなたは爵位に拘るのですか? なんでしたら、離婚後暫くは慰謝料代わりに援助をすることも──」

「違う! そうじゃないんだ、クロディーヌ!」


 切羽詰まったアストル様の声と共に腰へ回っていた手が胸の前で交差され、羽交締めにされる。


 そのまま痛いぐらいに抱きしめられて、息苦しさに息を漏らせば、ほんの少しだけ力が緩められた。


「ごめん、ごめんクロディーヌ。俺の言い方には語弊がある。あの日……君との初夜を迎えた日、ベッドの上で言った言葉は半分が本当で、半分は嘘だったんだ」


 は!? なにそれ!?


 半分本当で半分が嘘? 今更そんなこと言われても、何が本当で何が嘘かなんて分からないのだけれど?


「今からちゃんと……全部話すから、逃げ出さずに聞いてくれる?」


 いや、いつも肝心なところで逃げ出すのはあなたでしょう? という言葉は言わないでおいた。


 せっかくアストル様が──珍しく──逃げずに話をしようとなさっているのだものね。キチンと話を聞かなくては。


「でしたらソファに──」

「此処で良い。……ただ、こっちを向いてくれないか?」


 私を羽交締めにしていた腕がなくなったので、言われた通りに身体の向きを変えると──今度は真正面から抱きしめられた。


 まさかの向きが変わっただけ?


 混乱する私の肩にアストル様が顎を乗せ、はぁと大きなため息を吐く。


 なんなの? その悩ましいため息は。 


 今から話をするっていうのに、無駄な色気を出さないで欲しいわ。


「……それで、あの、お話というのは?」


 ドキドキと高鳴る胸を抑えつつ、アストル様に促す。


 そうして、アストル様が話してくれた内容は──もうなんというか、どれだけ私達が言葉足らずで愚かなすれ違いを繰り返していたかという反省ばかりが詰まりに詰まったものだった。


 彼の話の合間合間に私が説明できることは説明を入れると、彼は彼で凄く驚いたような顔をして。


 結果、私達は両思いであったにも関わらず、お互いが相手に気を遣いすぎるあまりに距離を置き、本来なら幸せな結婚となる筈が、辛い結婚生活になってしまっていたというのが真相だと分かったのだ。


「まさかアストル様の心を疲れさせた原因が、嫉妬だったなんて……」


 まさかと思えばまさかの答えに、ほんのり頬が熱くなる。


 嬉しい……。そこは本当に素直に嬉しい。


 けれどアストル様と愛妾の方に嫉妬した時は私も悲しくて辛かったから、嫉妬する側の気持ちが分かるだけに、純粋に喜んではいけない気もして。


 アストル様も、私も、愛妾の方も、第二王子も、みんながみんな、この中の誰かに絶えず嫉妬していた。


 愛妾の方が本当にアストル様のことを好きだったかどうかは分からないけれど、たとえそうでなくとも、彼女は私の生まれに嫉妬していたのだと思う。


 だから、私からアストル様を奪おうとした。


 立場的に私より劣る彼女が、恋愛面では私よりも上に立とうとして。


 その点第二王子は誰よりも分かりやすかった。


 彼の臣籍降下先として唯一残された侯爵家後継の私が思い通りにならないことに、彼は何時も腹を立てていたから。


 私が思い通りにならないのはアストル様のせいだと思い込み、顔を合わせるたび憎々し気な視線をアストル様に向け、私の気持ちを強引に自分へ向けさせようとしていた。


 それでも私が中々靡かないものだから、彼はずっとアストル様に嫉妬していたのだろう。


 アストル様の愛妾の方を自分のものとしたのは、彼なりの意趣返しのつもりだったのかもしれない。


 私とアストル様はというと、お互い想い合っていたのに言葉が足りず、周囲の情報によって疑心暗鬼になり、ただ振り回されていただけだった。


 もっと早くにお互い素直になって、真実の気持ちを伝え合えば良かったのに……。


「クロディーヌ、その……」


 アストル様が一旦私から身体を離し、俯き加減でそっと此方を見上げてくる。


「今まで誤解していてすまなかった。これからは、もっとちゃんと話をしよう。俺も逃げずに話すように頑張るから……本当にごめん。妻としても、女性としても、俺が好きなのはクロディーヌだけだ」 

「はい……。私もアストル様が大好きです。初めてお会いした時からずっと、アストル様だけをお慕いしておりました」 

「ディーヌ!」


 感極まったようにアストル様が声を震わせ、力強く抱きしめてくれる。


 突然の愛称呼びに、一瞬「誰のこと?」と思ってしまったのは内緒にしておこう。


 漸く手にした幸せを噛みしめながら、私は彼にされるがまま、ベッドの上へ身体を横たえた。


「ディーヌ……愛してる。愛してるよディーヌ。これから先、俺が好きなのも、愛するのも君だけだ。君だけが俺をおかしくさせる……君に捨てられたら、俺は生きていけない」

「アストル様……私もあなたを愛しています」


 アストル様の熱い告白を受けながら、私達はその日初めて心と身体を交わしたのだった──。

 


 

 


 


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