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第三十五話 第二王子の執着

「やっ! 嫌、来ないで!」


 既に何度も愛を交わした仲であるというのに、エイミーは僕の手を振り払い、後退りする。


 なんだ? これはわざとか?


 僕のことを煽っているのか?


 彼女が逃げれば逃げるほど、嫌がれば嫌がるほど、僕の劣情は刺激され、興奮が高まっていく。


 僕達が今いるのは、僕の私室からしか来られない秘密の小部屋だ。


 咄嗟の時に暗殺者から身を隠すことを目的とした部屋は、防音、機密性、全てにおいて優れており、女を閉じ込めておくのに丁度良い。


 扉や窓もなければ、部屋への出入りには僕の掌紋が必要とされるため、僕以外の人間が勝手に出入りすることはできないというのも好都合。


 故に僕はいつも、囲った女を人知れずこの部屋に閉じ込めては、快楽を貪っていた。


「エイミー、どうしてそんなに嫌がるんだ? もしかして無理矢理が好きなのか? 正直僕も嫌いではないが……」

「そんなわけないでしょ、馬鹿! 私に近付かないで! この強姦魔!」


 エイミーの可愛らしいピンク色の唇から、信じられないほど汚い言葉が迸る。


 ああ、せっかくの見た目が言葉遣い一つで台無しだ。


 これだから平民はいただけない。


「来ないでって言って……んうっ!」


 可愛くない言葉を紡ぐ口を黙らせようと、無理矢理彼女の唇を塞ぎ、媚薬を喉に流し込む。


 コクン、と彼女がそれを飲み込んだのを確認すると、僕は乱暴に口元を拭い、エイミーの処遇を伝えた。


「先程君の父親に会ったが、彼は僕が君を妾として娶ることに同意したよ。これで君は僕の正式な愛妾となり、アストルの元へ行くことは叶わなくなった。残念だったね」

「嘘よ! お父さんがそんな……そんなこと認める筈が……」


 愕然とするエイミーの姿を見てニヤリと笑い、僕は彼女をベッドの上へと放り投げる。


「君の父親は王家御用達の看板一つでコロっと掌を返してくれたよ。商人っていうのは損得勘定のみで動くから、交渉が簡単に済んで有り難いね」

「そんな……そんな……」


 真っ青になったエイミーの美しい瞳から、大粒の涙が溢れだす。


 まさか、大事な娘が看板一つで手放されるとは思ってもいなかったんだろう。


 商人というのは──大概の貴族もそうだが──自分の娘を金儲けの道具としか考えていないから、こんなことにショックを受けていたらキリがないのに。


「で、でも、お父さんは貴族家との繋がりを求めていて、だから私はアストルと──」

「貴族家なんかより王家と繋がる方が得だと分からないのか?」


 本当に、見た目だけならそこらの貴族令嬢に全く引けを取らないんだけどな。


 言葉遣いと頭の中身が残念すぎて、些か萎えるところが問題だ。


 まぁ『手がかかる子ほど可愛い』というし、そういう考え方をすれば、クロディーヌが優秀すぎる分、バランスが取れて良いのかもしれないが。


「でもまぁどちらにせよ……」


 媚薬が効いてきたのか、青い顔をしつつも息を荒くするエイミーの肩を掴み、押し倒した。


「君が純潔を失った時点で、アストルの愛妾となる道は断たれたんだ。どうせ爵位目当てだったのだろう? ならば僕でも構わない筈だ」

「や、嫌……やめて、やめてよ……」


 無駄な抵抗をするべくエイミーは拒絶の言葉を吐くが、身体は媚薬の効き目に抗えないようで、全身が仄かに赤く染まり始めている。


 これまで何人もの令嬢に同じ媚薬を使ってきたが、ここまで反応の良い令嬢はいなかった。


 やはりこの女は……最高だ。


 再度口付けようとすると、しかし弱々しい力で頬をペチンと叩かれた。


「嫌だって言ってるでしょ……」

「ならば不敬罪で君の父親を処刑するか?」


 脅しをかければ、エイミーは目に見えて動揺し、強く唇を噛んだ。


 これまでずっと、僕は相手に惚れられることはあっても、自分が誰かを好きになることはなかった。


 クロディーヌだってそうだ。


 彼女が僕を好きじゃないことぐらい気付いているし、僕がしつこいぐらい彼女にアプローチをかけているのは、全て将来のため。


 正直、魅力を全くと言っていいほど感じないクロディーヌの身体では、子作りできるかどうかさえ怪しい。


 第二王子という立場上、大っぴらにはできないが、僕は人より生欲が強い自覚がある。


 だから、学生時代から目に付いた令嬢を定期的に隠し部屋へと監禁しては、欲を晴らしていたのだ。


 泣かれても、喚かれても、逆にうっとりした顔をされても、欲望の捌け口としての感情以外何も感じなかったし、飽きれば次、そのまた次と、何の感慨もなく気分で令嬢を入れ替えていた。


 それなのに、何故かエイミーだけは可愛く見え、離したくないなどと思ってしまう。


 平民らしい汚らしい言葉遣いだけは受け入れがたいが、それ以外は丸ごと愛せると考えてしまうほどに。


「エイミー、安心しろ。君が僕の腕の中にいる以上、君にも、君の家族にも手出しはしない」

「もし、私が逃げ出したら……?」

「言わなくても分かるだろう?」


 抵抗をやめた彼女に何度も口付け、柔らかな身体の感触を楽しむ。


 エイミーは僕のものだ。


 アストルには、二度と会わせない。






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