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第二十話 卑劣な男

「クロディーヌ、確認するけど、君は本当に昨夜婿殿に初夜を拒否されたのかい?」


 気遣わしげに机の向こう側から伸びてきた殿下の手に、触れられないよう私はさりげなく身体を後ろに引く。


「それに答えたとして……殿下は私を信用して下さるのでしょうか?」


 ここで既に初夜は済ませたと正直に告げたところで、どうせ信じてはくれないくせに。


 そう問い返すと、殿下は不機嫌そうに顔を歪めた。


「また『殿下』って……。君には僕の名を呼ぶ唯一の権利を以前から与えているよね? なのにどうして、いつまで経っても僕の名前を呼んではくれないんだい?」


 そんなの、呼びたくないからに決まっているでしょうが。


 と、私は内心で言い返す。


 それに、いくら本人に許可されたといっても、婚約者でも家族でもない一介の侯爵令嬢である私が王子殿下の名前を呼ぶなど、不敬以外のなにものでもない。


 今はまだ邸内だから良いけれど、どこで誰が聞いて告げ口されるかも分からないのに、そんな恐ろしいことできるわけがない。


 下手したら殿下の名前を呼んでいるというだけで、不貞を疑われる可能性だってあるのに。


 そんな私の気持ちをよそに、殿下は机越しに私の方へとにじり寄って来る。


「なぁクロディーヌ、試しに呼んでみてくれないか? 僕のことを名前で……ね?」

「………………」


 ね? ではない。


 だから呼びたくないって言っているでしょう?


 とは思うものの、当然ながら声には出さない。


「クロディーヌ?」

「………………」


 そのまま無言で私が殿下の言葉に答えないでいると、ややあって、彼はわざとらしく机を叩いて大きな音を出すと、ソファから立ち上がった。


 そうして徐に此方へと移動してきて、私の隣へ腰を下ろす。


 げっ! ちょっと、やめてよ。お願いだから近付いて来ないで!


 ここで下手なことをして捕らえられでもしたら面倒だし、最悪、アストル様にも会えなくなってしまう。


 せっかくアストル様と結婚できたのだから、それだけは避けなければと思うものの、どうやったら上手く殿下を往なすことができるのか、皆目見当もつかない。


「クロディーヌ……」


 蕩けるような声で名を呼ばれるも、気持ち悪いとしか思えず、不快感で耳がザワザワする。


 なんなのよ、その声は。せめて普通の声にして!


 鳥肌が立ちそうになるのを堪え、私はぎゅっと両手を強く握りしめる。


 それの何を勘違いしたのか。


「緊張して震えてるのか? 可愛い……」


 などと、勘違いも甚だしい科白を吐いて、こともあろうに殿下は私の右手の上に自分の手を重ねてきた。


 いやぁぁぁぁぁ!


 何度触られても気持ち悪い。


 抱きしめられるよりはマシだけど、マシだというだけで決して平気なわけじゃない。


 嫌だ、やめて。怖い、気持ち悪い、離して。


 否定的な言葉が次から次へと頭の中で飛び交うも、相手が相手だけに一言も口にするわけにはいかず、私は唇を噛み締める。


 なんでこんな人が第二王子なの? 


 私はもう結婚しているんだから、これだけでも不貞になるのではないの?


 王族だったら不貞をしても許されるとかいう法律はないわよね?


 振り払いたくても振り払えず、震える私に気付いた殿下が、クスッと笑みを溢す。


「これまで何度も手を繋いで、抱きしめあったりもしているのに、これぐらいでまだ震えるほど緊張するの? 本当にクロディーヌは可愛いね」


 可愛くないし、緊張もしていません!


 ただ貴方のことが気持ち悪くて嫌すぎて震えているだけです!


 と言えたらどんなに良いか。


 私がどれだけそう思っても、内心をぶちまけてしまいたい! と自暴自棄になろうとも、たった一言、私が殿下の気に入らない言葉を発した途端、侯爵家の使用人の誰かの首が物理的に飛ばされることになる。


 どうせなら私の首を飛ばせば良いのに、そうしないところが殿下の卑劣なところ。


 気に入らないことがあると、それをした本人ではなく、その周囲にいる大切な人達を傷付ける。


 だから言えない。


 どれだけ嫌でも、手を握られている事実に吐き気を覚えても、だからこそ私は何も言うわけにはいかない。


「クロディーヌ、君があんまりにも可愛らしいから、僕もそろそろ限界だよ。いつまで経っても君が僕の名前を呼ばないなら、その辺の使用人に八つ当たりしちゃうかも」

「…………!」


 私が反応するのと同時に、壁際で控えていた使用人達も、ビクリと反応する様が見てとれた。


 嫌だ、嫌。こんな人の言いなりになんかなりたくない。


 でも、私が言うことを聞かないと、使用人達の命が……。


「……クロディーヌ?」


 まるで、獲物を狙って舌舐めずりをする肉食獣のような瞳で、殿下が私を見つめてくる。


 ああ、もうダメだ……。


 覚悟を決めて、私はごくりと唾を飲み込む。


 そうして、殿下の名前を呼ぼうと口を開きかけた時だった。


 





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