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第十八話 醜聞

「それで……ご用件はなんでしょうか?」


 第二王子殿下と向かい合わせで私はソファへと腰掛け、徐に問う。


 絶対に大した用事じゃないと断言できるけれど、相手は腐っても王族。失礼な態度をとるわけにはいかない。


 私が結婚したら少しは大人しくなると思ったのに、わざわざ何をしに来たんだろう? 心の底から早く帰って欲しい。


 相対しながら私がそんなことを考えているとは夢にも思っていないらしい殿下は、機嫌良さげににこにこと微笑んでいる。


 胡散臭いことこの上ないわ。


「用事って言うほどの用事でもないんだけど。……ちなみに、今日は婿殿はいらっしゃるのかな?」

「いえ、居りませんが」


 アストル様に何の用事なんだろう?


 私の記憶内では、二人には特にこれといった接点はなかった筈だけど。


 内心で首を傾げつつ端的に答えると、何故か殿下はとても厭らしい笑みを浮かべた。


「へぇ、そうなの? 結婚してまだ二日目なのに、婿殿は邸に居ないんだ。普通だったら蜜月の期間なのにね?」


 だからなんだと言うのよ。あなたには関係ないでしょ、と思うものの、口に出すわけにはいかないから、私は黙って聞き流すことにする。


 ここで変に言い返しても、結局は殿下を喜ばせてしまうだけ。


 性格的には最低の屑である第二王子殿下だけど、長年王子教育を受けて来ただけあって、頭脳的には私なんてとても太刀打ちできないぐらいに頭が良い。


 だから反論したところで言い負かされ、結局は悔しい思いをするだけで終わってしまう。


 それが分かっているからこそ、私は無言で微笑んでみせる。新婚二日目である今日に、本来なら蜜月真っ只中である今日という日に、夫が邸にいない寂しさと悲しさをひた隠しにして。


「ということはやっぱり、()()()って本当なんだ?」


 机の上に両肘をつき、私を見上げるように視線を向けてきた殿下が、不意に意味深なことを口にした。


「あの話とは……一体なんのお話でしょうか?」


 だからだろうか。


 私はつい、それに反応してしまった。


 殿下の言うことは全て適当に受け流すつもりだったのに。


 マズイ……と思ったけれど、今更誤魔化すことはできない。


 最悪な予感に、心臓が嫌な音をたてる。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、殿下はわざとらしいほどに不思議そうな顔をした。


「あれぇ? 知らない筈ないよね? 僕は昨日、()()()()()()君が婿殿に初夜を断られたって聞いたけど?」

「…………っ!」


 誰から? とは聞かなくても分かった。


 そんな貴族の恥となるような内情を、まったくの部外者である第二王子殿下に告げ口するような人間なんて、思いつく限り一人しかいない。


 恐らく──いや絶対に、アストル様の愛妾である彼女が、第二王子殿下へとその話を漏らしたのだ。


 アストル様に結婚後愛妾とするような恋人がいたことは、初夜を迎えたベッドの上で彼に告げられるまで、情けないことに私はまったく知らなかった。


 ということはつまり、その情報はストライナ公爵家内で秘匿されていて、外には一切漏らされていなかったということになる。


 昨日アストル様と愛妾の方の逢瀬を見て話していた元公爵家の使用人達は、彼女の存在について知っているようだったから、二人の関係が以前からのものであることは間違いないだろう。


 けれど婚約者持ちでありながら恋人がいるなんて、どう贔屓目にみても醜聞にしかならないから、公爵家の使用人達は万が一にも外に話が漏れることのないよう、懸命に隠し続けてきた筈だ。


 それなのに、その事実が今更になって第二王子殿下の耳に入ったということは……情報源は一つしかない。


 幸せ真っ只中の私達の関係を壊したい人物──つまり、アストル様の愛妾である彼女だけ。


 平民である彼女がどうやって王族である殿下に会うことができたのか、アストル様の愛妾であるなどという突拍子もない話を殿下に信じさせることができたのか、定かではないけれど。


 どちらにしても、彼女からその話を聞いた殿下が、意気揚々とここへ来たことだけは確かだった。


 だから機嫌が良かったのね……。


 私とアストル様との結婚式に、殿下は王族として出席はしてくれたものの、終始機嫌が悪かった。


 おめでたい席だというのに仏頂面で不機嫌を隠すことなく、一人だけ不穏な空気を出しまくって異空間を創造していた。


 そういえば……式が始まってから終わるまで、終ぞお祝いの言葉を殿下から聞くことはなかったように思う。


 婚約期間中などは何度も王宮へと呼び出され、会うたびにアストル様との婚約破棄を迫られたものだ。


 何かの拍子に手を握られたり、抱きしめられたり……口付けまでされそうになったこともある。


 さすがにそれは反射的に避けたけれど、口付け以外の行為については「拒めば侯爵家に圧力がかかるかもしれないけど……クロディーヌはそれでも良いの?」と脅され、されるがままになるしかなかった。


 でも口付けだけは絶対にされたくなかったから、照れた振りをして顔を背けたり、よろけた振りをしたり、とにかく必死になって避け続けた。


 その努力が無事に実って……結婚式でアストル様と初めての口付けを交わした時には、天にも昇る心地だったのを覚えている。


 背後からは、アストル様を射殺さんばかりの鋭い視線が注がれていたのを痛いほどに感じていたけれど。









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