クリスマスプレゼント1
十二月も半ばになった。マシロとユキとアラレの三匹は、こたつでぬくぬくとしている。「こいつら太ったな」と思いながら、颯谷は玄道に送ってもらって最寄り駅へ向かった。出かける際にこたつの電源コードを引っこ抜いたら、マシロがこの世の終わりみたいな顔をしていた。
今日は日曜日。学校は休みで、颯谷も私服だ。少し大きめのショルダーバッグを肩にかけている。どこへ行くのかというと、これから電車とバスを乗り継いで郊外にある大型のショッピングモールへ行く予定だった。そしてもちろん、一人で行くわけではない。
「あ、颯谷さん」
途中の駅で木蓮が合流する。一番後ろの車両に乗っていると、あらかじめメッセージを送っておいたのだ。彼女は颯谷を見つけると、彼が座っていた四人掛けのボックス席のはす向かいに座った。チラリと見ると、結った髪にこの前贈った簪が差してある。それを見て颯谷は嬉しいようなくすぐったいような気持ちになった。
「今日も寒いですね」
「うん、天気もあんまり良くないしね。バイクが使えれば良かったんだけど……」
「わたしは断固拒否しますよ。死んじゃいます」
木蓮が本当にイヤそうな顔でそういうので、颯谷は思わず笑ってしまった。実際問題、冬のバイクのハードルが高いのは彼も知っている。外気温が低いのにバイクを走らせれば体感はもっと寒い。またこの辺り、冬の天気は変わりやすい。出先で雨が降ったら最悪だし、雪が積もったら帰れなくなってしまうかもしれない。
「やっぱり車の免許が必要かなぁ」
「このあたりの方は、移動はだいたい車みたいですよね」
「田舎だからね。電車もバスも、本数少なくてアテにならないんだよ」
颯谷は苦笑しながらそう答えた。都市部ならまだしも、ちょっと郊外に出たら、車がなければどこにも行けない。ここはそういう場所だ。バイクの免許を取ったことで颯谷の行動の自由はかなり広がったが、それでも車の方が断然便利であることは考えるまでもない。
「いずれは取るつもりだったけど、早めに取っちゃおうかなぁ」
「車の免許を取ったら、バイクはもう乗らないんですか?」
「いや、乗ると思うよ。結構好きだし」
「わたしも颯谷さんの後ろに乗せてもらうの、結構好きですよ。冬以外は、ですけど」
「ははは。じゃあ暖かくなったらドライブ行こうよ」
「はい。その時はお弁当を作りますね」
そんな約束を交わしてから、颯谷は話題を変える。次の話題は高校生らしく学業に関するものだった。
「二年になったら理系と文系で別れるけど、どっちにするのか木蓮はもう決めたの?」
「颯谷さんはどうされるんですか?」
「オレは理系かなぁ。英語よりは数学の方がまだマシって感じだし……」
「わたしも理系ですね。英語よりは数学のほうが苦手なので」
「……え?」
「『え?』?」
「……数学のほうが苦手なのに、理系なの?」
「はい。学校で先生にちゃんと教えていただこうかと。英語は家庭教師とのレッスンもありますし、自分でやればいいかなって」
木蓮がそう言うのを聞いて、颯谷は「はぁぁぁ」と声を漏らすしかなかった。感心すれば良いのか、呆れれば良いのか。「本当に頭がいい人間っていうのはこういうふうに考えるのか」と颯谷は思った。
(っていうか、学校のレベルと木蓮の学力レベルが釣り合ってないんだよな)
だから「苦手な方に進む」なんてことができてしまうのだ。それで成績が落ちたらどうしようとか思わないのだろうか。とはいえ当の本人はそこまで重大に考えている様子もない。むしろ嬉しそうにはにかみながらこう言った。
「例年、理系は文系よりも数が少ないという話ですし、来年は一緒のクラスになれるかもしれませんね」
「ああ、そうか、そうかもね」
颯谷は一つ頷いてそう答えた。そんな話をしているうちに、電車は目的の駅に到着。二人はバスに乗り換えて目的のショッピングモールへ向かった。
「じゃあ、一通り見て回りましょう」
「分かった」
ショッピングモールに到着すると、颯谷は意気込む木蓮と一緒にテナントを見て回り始めた。今日の目的はクリスマスプレゼントを買うこと。一緒に見て探すのだから、いざプレゼントを開ける時のサプライズ感はあまりない。
だが相手の反応を見ながら選ぶのだから、外すことはほぼない。驚く顔は見られなくても、喜ぶ顔は見ることができるだろう。なにより一緒にお店を見て回ればデートができる。それで木蓮はこちらを選んだのだった。
そんなわけだから、二人ともあまり本腰を入れてプレゼントを探すというふうではない。むしろ普通のウィンドウショッピングのようにテナントを冷やかしていく。時々、気になった洋服なども見ながら、二人はモール内をぐるりと一周した。
見るのは服だけではない。バッグや家電、靴なんかも見て回る。ただし女性ものの下着のエリアだけは、颯谷は断固拒否した。書店も入ったが、木蓮は「やっぱり小さいですね」と言っていた。マンガは揃っていたように思うのだが……。
モール内を回り終えると、二人はフードコートで一休みする。昼食だ。颯谷は海鮮丼を、木蓮は天津飯を食べた。向かい合って昼食を食べながら、二人は見て回った商品についてあれこれと話す。そのなかで颯谷は木蓮にこんな相談を持ち掛けた。
「木蓮の分とはまた別に、プレゼントでちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「……他の女の子にあげるプレゼントのことをわたしに相談したらダメですよ。もちろん逆もダメです」
「い、いや、女の子じゃなくってさ。じいちゃんにもこの機会に何か贈りたいなと思って、っていう相談なんだけど」
「ああ、玄道さんでしたか」
木蓮の笑顔から圧が消える。内心で冷や汗をぬぐいながら、颯谷は頭の中で「セーフ!」のコールを響かせた。玄道に何かプレゼントを買いたいと思っていたのは本当だ。けれども司にも何か買ってあげようかと思っていて、実のところ相談はそちらがメインだったのである。だがそれを悟られるわけにはいかない。颯谷は何食わぬ顔でこう会話を続けた。
「そそ。で、何か良いのあったかなと思ってさ」
「そうですね……」
そう呟いて木蓮は考えこんだ。正直そのつもりで商品を見ていたわけではないので、コレというアイディアはすぐには出てこない。ただふと、木箱に入ったあるものを思い出す。あれはたしか……。
「玄道さんって、お酒は飲まれますか? その、日本酒とか」
「飲むよ」
「では錫の酒器なんてどうでしょうか? 叔父様が『味がまろやかになる』って話していたのを聞いたことがあります」
「いいかも。じゃあ、あとで一緒に選んでくれる?」
「はい。もちろん」
そんな約束を交わしてから、二人は自分の頼んだ料理を美味しくいただいた。昼食を食べ終えると、二人は一旦別れる。これからそれぞれ目星をつけて置いたプレゼントを買いに行くのだ。
一緒に行かないのは、当日にプレゼントを開ける楽しみを盛り上げるため。候補は把握していても、実際に何を買ったのか分からなければ、ある程度はサプライズ感も楽しめる。ちなみに予算は二人とも一万円程度ということにしてある。
木蓮と別れて颯谷が向かったのはモール二階のテナント。他と比べてやや狭い店内はモノトーンのモダンな雰囲気だ。完全にレディスファッションのお店で、そんなところに一人で入るのは颯谷も多少、いやかなり気後れする。それで彼は目当ての商品を手に取るとすぐにレジへ向かった。
「プレゼントですか? ラッピングいたしましょうか?」
木蓮と二人で来たことを覚えていたのか、女性の店員は颯谷が何か言う前に笑顔でそう尋ねた。彼が「お願いします」と答えると手際よく、しかし丁寧に包装紙でラッピングしてくれる。そしてそれを紙袋に入れてくれた。
会計を終えて紙袋を受け取り、颯谷はそそくさと店の外に出た。彼はいくばくかの達成感を覚えながら、買ったばかりの紙袋を目の高さに掲げてみる。そしてふと気が付いた。紙袋にはブランドのロゴが入っている。これだと何を買ったのかバレてしまうかもしれない。彼は少し考えてから、購入した商品を紙袋ごとショルダーバッグの中にしまった。
これでバレる心配はないだろう。彼は満足げに一つ頷いてから、木蓮と合流するためにフードコートへ戻った。木蓮はまだ来ていなくて、颯谷は彼女をしばし待つ。彼女が来たのはだいたい十分後のことだった。
「すみません、待たせてしまって……」
颯谷が待っていることに気付くと、木蓮はパタパタと小走りで駆け寄りそう言った。彼女は茶色い紙袋を持っていたが、そこには何のブランド名もプリントされていない。たぶん颯谷と同じようなことを考えて、紙袋だけ別に購入したのだろう。それで颯谷も彼女が何を買ったのかは詮索せず、代わりにこう言った。
「大して待ってないから大丈夫。じゃあ、じいちゃんのプレゼントを選びに行こうよ」
「はい。確か三階だったと思います」
そう話す木蓮の記憶を頼りに、二人は酒器を売っている場所を探した。売っていたのは確かに錫製の酒器で、セットになっているモノを含めて幾つか種類がある。木蓮とも相談しながら、颯谷はその中から一人用のぐい呑を選んだ。表面の渋めな雰囲気が決め手だった。
「さて、と。これで買うものは買ったんだけど……」
「お時間が許すなら、もう少し付き合ってもらえませんか? いくつか気になるお洋服があったんです」
木蓮が少し遠慮気味にそういうので、颯谷はすぐに「いいよ」と答えた。彼女が気になった服というのは一つではなく、そして売っているテナントは一階から三階まで散らばっている。しかも甲乙つけがたいらしく、結局二人は一階から三階までを何度も行ったり来たりした。
「いっそのこと全部買っちゃえば?」
「いいえ、借金は敵です!」
どうやら木蓮は、今日買うのは一着だけと決めているらしい。「トイチの利息であっという間に首が回らなくなって、自己破産するしかなくなるんです」なんてブツブツ呟いている。薫子さんの脅しが利きすぎているんじゃないだろうか。颯谷は肩をすくめながらそう思うのだった。
さてそんなこんなでさんざん迷い、颯谷の意見も聞きつつじっくり木蓮が選んだのは、明るいクリーム色のタートルネックセーターだった。「手触りが一番滑らかだったので」と彼女は言っていた。触ってみると、なるほど確かにこれなら首元がチクチクしなさそうだった。
「わたしの買い物ばっかり付き合わせてしまってすみません。颯谷さんは何か買いたい物はないんですか?」
「そうだなぁ……」
特に必要なモノは思い浮かばなかったが、見ていれば何か欲しくなるかもと思い、颯谷はメンズファッションのテナントを幾つか冷やかして回った。木蓮もそれに付き合ってくれたのだが、結局彼は何も買わなかった。
「付き合わせちゃって、悪かった」
「いいえ。楽しかったですよ」
「おわびってわけじゃないけど、ドーナツでも食べていかない? 奢るよ」
そう言ってから颯谷は内心で「あ、失敗したかも」と思った。木蓮は体重を気にしていた。ドーナツなんてハイカロリーの代名詞みたいなスイーツではないか。断られるかと思ったが、木蓮は笑顔でこう答えた。
「いいんですか? ありがとうございます」
たくさん歩いたのでカロリーを消費したということなのだろうか。ともかく断られなかったので、二人はもう一度フードコートへ向かった。そしてドーナツのお店でそれぞれ好きなドーナツとコーヒーを注文する。二人は小さなテーブルで向かい合ってそれを食べた。
「そういえば木蓮って、普段はあまりコーヒーは飲まないの?」
「そうですね。緑茶が多いです。もしくは紅茶でしょうか」
「あ、紅茶も好きなんだ」
「颯谷さんはどうですか?」
「ウチはコーヒーが多いかな。もしくはほうじ茶」
「……残念です」
「え、これってそんな重大な話?」
「さあ、どうでしょう?」
悪戯っぽくコロコロと笑いながら、木蓮はホイップクリームの挟まれたドーナツを一口頬張る。そして美味しそうに顔を蕩けさせるのだった。
木蓮「今日はたくさん歩いたので、実質ノーカロリーですよね!」




