天守閣
正門を蹴破って城内に突入した颯谷は、しかし正門付近で足踏みしていた。突入したすぐその先にいた怪異が多かったのである。
(出撃する分が残ってたかなぁ、これぇ……!)
伸閃を放ち、囲まれないように立ち回りながら、颯谷は心の中でそうぼやいた。第一次隊が遺した情報によると、一回の出撃で外に出てくるモンスターの数はだいたい100体前後とのこと。
だが突入する時に彼が伸閃・朧斬りで薙ぎ払ったのはたぶん多くても30体くらい。ということは最低でも70体前後のモンスターがまだ残っていることになる。そいつらが突入してきた颯谷を出迎えたのだ。
数は暴力だ。一体一体は弱くても、群れることでその脅威度は跳ね上がる。土偶との戦いで、颯谷はそのことを骨身にしみて学んだ。そして今この場でもそれを実感している。足軽人形も武者人形も言ってみればモブモンスターだが、こと集団戦では油断できる相手ではない。
(連携がうまい。いや慣れてる感じだ……!)
伸閃を放つ。それを一体の武者人形が太刀で受け止めた。踏ん張って動きを止めたその武者人形に、颯谷はもう一度伸閃を放った。一体だけなら、その攻撃で十分なダメージを与えられた。一撃で倒せなくても、その次の攻撃で止めを刺せただろう。
だが彼が放った二度目の伸閃は、割り込んできた別の武者人形によって防がれた。そしてその間に、槍を構えた足軽人形が数体、彼に鋭い穂先を向けて突っ込んでくる。颯谷は舌打ちすると、牽制に大振りの伸閃を放ち、囲まれないように逃げ回った。
櫓や塀の上には弓を持ったモンスターがいて、矢じりの切っ先を颯谷に向けている。ただ今のところ矢は放たれていない。同士討ちを警戒しているのだ。このあたりも集団戦慣れを感じさせる。
(離されてるな……)
繰り出された槍を籠手で滑らせ、足軽人形の懐に入り込んで蹴り飛ばす。視線を少しだけ動かせば、正門がいくぶん遠くなっていた。それはつまり、撤退が難しくなっていることを意味している。かといってこのままでは天守閣へ向かうのも難しい。
(流れを変えなきゃ、だな……!)
颯谷は月歩を駆使して大きく跳躍した。そして塀の上にあがる。着地と同時に彼は脚を振り回すようにして蹴りを放ち、すぐ近くにいた弓を持つ足軽人形の脇腹を強打。塀の上から落とす。一拍の後、水しぶきがはねた。
そのまま颯谷は塀の上を走る。正面から放たれた矢を、彼は衝撃波で弾く。その余波で体勢を崩した足軽人形を彼は伸閃で斬り捨てた。そのまま彼はさらに塀の上を走る。その下を、多数のモンスターが追いかけていく。もう一度放たれた矢を、彼は塀から飛び降りて避けた。
その際、月歩を併用して颯谷は大きく跳躍する。そして塀の下で追いかけて来ていたモンスターたちの頭上を飛び越え、その向こう側に着地する。彼はそのまま全力で駆け、モンスターの集団を引き離しにかかった。
モンスターたちも黙ってそれを見ているわけではない。ガシャガシャと甲冑を鳴らしながら、彼の背中を追う。彼はある程度のところで振り返ると、足を止めて腰のところで仙樹の杖を構える。そして氣を練り始めた。
足を止めた颯谷へモンスターたちが殺到する。武者人形の繰り出す槍の切っ先が彼に届きそうになったその瞬間、彼は仙樹の杖を水平に大きく振りぬいた。放つのは伸閃・朧斬り。その一撃は群がるモンスターを一掃した。
「……っ」
よし、と歓声を上げる暇もない。放たれた矢を颯谷は衝撃波で防ぐ。そして彼は走り出した。その背中を追うように次々と射かけられる矢を、彼は切り払ったり衝撃波で弾いたりしながら防ぐ。そして一度、物陰に入って身を隠した。
「ふう……」
矢が飛んでこなくなると、颯谷は小さく息を吐いた。そして迷彩を使って気配を隠してからリュックサックを下ろし、採取してきた仙果を食べて氣の回復を図る。ちらりと視線を上げれば、そびえ立つ天守閣が見えた。
(やっぱり……)
やはりコアの欠片はあそこに反応している。であるならば行くしかない。ただ城内にはまだ多数のモンスターがいるはず。そいつらがまた群がってくると面倒なので、颯谷は迷彩を維持したまま見つからないように動き始めた。
さてそのころ、敵城の水堀を挟んだ正門前には、浩司が送り出した即応部隊(先遣隊)が到着していた。颯谷が大立ち回りをしたことは、本部を介した監視役からの報告で拓馬も知っている。つまり敵の数はかなり減っている。正門が開け放たれているのを確認すると、彼は突入を命じた。
即応部隊の面々はそれぞれ高々と武器を掲げ、鬨の声を上げながら駆ける、なんてことはしない。彼らは一塊になると、周囲を盾で覆い防御を固めながらゆっくりと進む。その理由は塀や櫓の上に弓兵がまだ残っているからだ。ただ一方的に射られるままというわけでもない。
――――ダァァァァン!!
大きな発砲音が響き、今まさに矢を射ろうとしていた足軽人形が塀の上でひっくり返る。そしてそのまま城の内側へ落下した。狙撃されたのだ。撃ったのは先遣隊のメンバーで、水堀の外側から対物ライフルを構える者たちが三人いた。
銃火器はモンスターに対し、必ずしも有効な武器とは言えない。今回の異界でも、対物ライフルで倒せるモンスターはいなかった。先ほど狙撃した足軽人形も倒せたわけではない。ただ倒せないとはいえ、その運動エネルギーが無力化されるわけでは決してない。
つまり衝撃自体はあるのだ。むしろ貫通しない分、当たった時には運動エネルギーがダイレクトに作用する。またこの異界の場合、装備を含めたモンスターの重さは重くてもせいぜい150kg程度。つまり突き飛ばすことを目的とするなら、対物ライフルは十分に有効だった。
三人はそれぞれ、立て続けに引き金を引いて塀や櫓の上からモンスターを排除していく。彼らは訓練を受けたとはいえ、特別優秀なスナイパーというわけではない。だが狙っている範囲は最大でも200m程度。場合によっては50mを切る。その程度の距離であれば、外すことなどまずない。
繰り返すが決して狙撃でモンスターを倒しているわけではない。だが突入の援護としては十分。先遣隊は死傷者を出さずに敵城へ侵入をはたした。敵が侵入してきたのを見てモンスター側もすかさず反応。迎撃のための部隊が差し向けられた。
「桐島の坊主がいねぇじゃねぇか!」
「リーダー、どうする、探すか!?」
「命令はあくまで突入経路と退路の確保だ。それに踏み込んで探そうとすれば、俺たちだって無事じゃすまない。本隊が来るまでこの場を維持するぞ!」
拓馬の指示を受け、先遣隊のメンバーはその場でモンスターを迎え撃つ態勢を取る。すぐに激しい戦闘が始まった。モンスターは続々とやって来るが、言い方を変えればそれは戦力を逐次投入しているということ。先遣隊は数的優位を維持しながら危なげなく戦況を維持する。そしてこれが、図らずも身を隠しながら動く颯谷を援護する格好になった。
物陰に隠れながら、颯谷は慌ただしく動くモンスターたちの動きを見ていた。そして一体集団から外れた足軽人形に狙いをつける。彼はスッとその足軽人形の背後に忍び寄ると、逆手に持った仙樹の棒を首元に突き刺す。膝から崩れ落ちた足軽人形を左手で支え、ゆっくりと地面に転がした。
足軽人形が黒い灰のようになって消える。仙具はドロップしなかった。まあドロップしてもどうせ放置していくことになるのでそれはいい。颯谷は迷彩で気配を隠しながら次の物陰に潜む。そうやって彼は着実に天守閣へ近づいていた。
(忍者みたいだな)
自分がやっていることについて、颯谷は内心でそう呟いた。もっとも本物の忍者がこういう場合にどう動くのかなんて彼はまったく知らないので、これは完全にイメージの話である。そして少々困ったことに、彼はこの忍者ムーブがちょっと楽しくなってきていた。
(屋根裏とか忍び込んでみるか?)
調子に乗ってそんなことまで考えてみる。まあやらないが。そもそも忍び込み方とか分からないし。ただ屋根裏がありそうな建物は幾つかあった。
和式の城郭であるし、二の丸とか三の丸というのだろうか。とにかくそれなりの規模の建物だ。その中から足軽人形や武者人形が出てくるところも見たので、建物の中にもある程度の数のモンスターがいるのだろう。
もしかしたら何か仙具があるかもしれない。その可能性は高いと颯谷も思うが、しかし彼は建物の中に入ってそれを探そうとは思わなかった。建物に火を放って混乱を拡大させてやろうかと思ったが、それも今のところは実行に移していない。
仙具に興味がないわけではない。ただ現実問題として、それほど必要なわけでもない。すでにいくつか確保してあるし、この状況でわざわざ仙具を漁る必要はないだろうと思ったのだ。
(壺だの巻物だの、あっても困るしな)
かつて駿河家で見せてもらった一級仙具のラインナップを思い出しながら、颯谷は内心で苦笑気味にそう呟いた。アレはアレで何か使い道があるのかもしれないが、少なくとも今は手に入れても荷物になるだけだろう。壺とか、どうやっても割れる未来しか見えない。
一方で放火を実行していないのは、それで本当にモンスターが混乱するのか確信がなかったからだ。突入前に浩司と話したとき、彼は「モンスターはダンプカーが突っ込んできても怯まない」と言っていた。それと同じで、火事でモンスターが動揺するのか、分からなかったのである。
むしろ火の手が上がったのを見て、征伐隊の方が過激な反応をしないだろうか。颯谷はそちらの方を心配した。士気は上がるかもしれないが、勢いはあれども遮二無二に攻めれば、そのせいで無用な死傷者が出かねない。
(突入してきた人たちは手堅く戦ってるみたいだし、それなら変なことはしない方がいいだろ)
そういう判断だった。ちなみに彼が独断専行で敵城に突撃をかましたことについては、すっぽりと頭から抜け落ちているらしい。ともかく彼は敵に対しても味方に対しても気配を隠しながら、一歩また一歩と慎重に天守閣へ近づいた。
そしていよいよ、彼は天守閣の入り口まであと20mほどの距離まできた。ここまで来ると、コアの欠片が他でもない天守閣に、それもその一番上に反応していることがはっきりと分かる。つまりそこにある、もしくはいるのだ。核か主が。
耳をすませば、正門の方からは変わらずに喧騒が聞こえてくる。その規模はむしろ大きくなっているようだ。もしかしたら増援が到着したのかもしれない。周囲の気配を注意深く探ってみても、モンスターたちはやはり正門のほうへ向かっていく。
「引き付けてくれてるな……。よし……」
小声でそう呟くと、颯谷はニヤリと口の端を吊り上げた。そして念入りに氣を練り始める。最後に一度大きく深呼吸してから、彼は天守閣に向かって走り出した。天守閣からは矢が放たれるが、彼はそれを無視して突き進んだ。
(突入? 御冗談を!)
天守閣の入り口まで残り数メートル。彼の浮かべた笑みが好戦的に歪んでいく。彼は仙樹の杖を大きく振りかぶり、そして鋭く振り下ろした。放たれるのは伸閃・朧斬り。氣功的エネルギーに特攻性能を持つその刃は、天守閣を上から下まで文字通りに一刀両断した。
一拍の静寂。天守閣から放たれていた矢は止まっている。そして次の瞬間、天守閣はバキバキと轟音を立てながら潰れていった。土埃が舞い上がり、颯谷の視界を遮る。左手で顔を庇いながら、しかし彼の視線は険しい。
(……くるっ!)
土埃を引きちぎるようにして振るわれた一撃。とてつもなく重いその一撃を、颯谷は何とか仙樹の杖で受けた。重い衝撃に「ぐっ」とうめき声をもらし、両足で地面を削りながら下がって弾き飛ばされるのを耐える。
何とか勢いを殺し切ると、間髪入れずに颯谷は二度三度と仙樹の杖を振るって伸閃を放つ。土埃に紛れて敵の姿は見えないが、これは牽制だ。そうやって敵の足を止めてから、彼は左手を突き出して衝撃波を放つ。ダメージは期待していない。土埃を吹き飛ばして、敵の姿を確認する。
「こうきたか……」
若干頬を引きつらせながら、颯谷はそう呟いた。土埃の中から現れた敵は鎧武者だった。ただし武者人形とは見た目からして一線を画す。顔が三つに腕が六本。三面六臂の阿修羅像を、彼は思い出した。
ヌシ「入って来いよ! 何のために待ち構えてると思ってんだよ!?」




